誰かのために

 「それで、僕は先輩のために何かしなければいけないんですか?」

あっさり負けを認めてしまった自分が不甲斐なく思いながらも、

いうことを聞く。

しかし、

「うーん、なんか納得いかないなぁ」

と、先輩は疑問の様子。


「と言いますと?」


「キミ、結構でしょ?

 なんかあっさりとしすぎて拍子抜けしちゃったし、

体触ったときに思ったんだけどさ、キミ細マッチョで筋肉質多め。」


「家で筋トレしてるんですよ。暇ですし。」


「それに抵抗はしてたけれど、『痛い』とかは一言も言わずに

ガッチガチに羽交い絞めされてたよね。

あれ、昔、私を襲ってきた人に同じようにしたら、

相手が痛さでしたくらいだよ・・・

もしかしてだけど、本当は何か隠して・・・」


「話はそれだけで終わりですか?先輩?」


「・・・っ!?」


おそらく、さっきとは全く違う声に驚いただけだろう。

逆に脅してしまっただろうか?

だが、これ以上は触れられてはいけない。


一瞬教室がしんとまた静まる。

「まあ、いいですよ。それで、『お願い』っていうのは何ですか?」

 

 と声色を元の調子に戻してみると、心なしか先輩の緊張が

少し緩んだように見えた。

そして、数秒の時間が空いたあと、先輩はもう一度僕に質問を投げかける。


「・・・キミ、本当にあの脅し、いや、キミにとっては茶番だったと思うが

本当にあれで納得したのか?キミは。」


「いや、だから勘違いですって先輩。それに『隠れて生きる』

というのが僕のモットーなのですが、関わってこられたら一旦従う。

穏便に解決するのが一番です。」

 ただし、と僕は付け加える。

「僕の能力について、本当はどこから聞いた?

それに、先輩はどこまで知っている?

本当の事を聞かせていただきたい。

それによっては少々をしますが、まあ仕方のな・・・」


「えっと、勘違いしているところ悪いんだけど、本当にキミの

お姉さんから聞いた話で、『弟には能力がある』ってことを

聞いただけだって・・・」


「だから・・・それは絶対にありえない。絶対に違う。

姉さんに限ってそんなことは絶対にありえない・・・

そうだ、場所は!どこで聞いた!? いいから答えろ!!」


「ちょっ、ちょっと待ってよ・・・本当に何があったの?

どういうことなの? 分かった、今から私の知ってること全部話すから

その・・・

肩がっちりつかんでるの、離してくれないかな・・・?」


先輩は何か言っていたのだが、そんなのは頭に入ってこない。

そうだ・・・


と、自分のスマホから姉に電話をかける。

プルルルル・・・ 

「・・・もしもし勇気?今、家にいる~?

今日ちょっと用事で買い物いけないと思うからカップラーメンでも食べて・・・」


「そんなことはどうでもいいんだ!! 

それよりも、寺田リノって後輩に教えたのか?

いつ、どこでだ!!」


正直、にしていないのだが。その理由というのが・・・


「アレ・・・?ああ、居酒屋から帰ってきた後、酔ったついでにゲロったわ~(笑)

ゲロだけに あっはははは!! 家帰ってから話すわ~!

というわけで、なんかゴメンね~ じゃあ~!」


プツッっと勝手に切れてしまった。

ダメだ・・・これは完全に酔ってる・・・

呂律もちゃんと回っていないし、変なテンションになってる。

電話越しだったが酒の匂いがこっちまで伝わってくる。


どうやら、先輩も唖然とした様子で聞いていた。


「本当に、あの時お酒飲んでたんだ・・・

私に絡んできたときも正直顔以外、全く口調違ってたけど、やっぱり・・・」


やっぱり絡んでいたのか。うちの姉は酒癖が悪い以前に、素が厄介だからな・・・

容易に想像できる。


「なんか、本当にうちの姉がすみません・・・

ただ、正確な確認が取れない以上、信用できないですね・・・」


「ううん、キミが悪いわけじゃないし、

そもそも私がキミにお願いしようとしたのが間違いだったかもしれない。

やっぱり、自分の問題は自分でけり付けなきゃいけないよね・・・」


と、諦めの感情をにじませている。

ただ、それだけじゃない。なぜか、『恐怖』に近いものを感じた。

今にも泣きだしてしまいそうな、そんな表情。

理由は知らない。

情報も信用しにくい

強引な手を使えば写真なんて

いくらでも消すことができる。関わらないという手も無くはない。


でも、そうじゃない。今、この人は僕に助けを求めている。



そう、どうしても、見過ごせなかった。少しでも、この人を助けることが

僕にできるのなら。

曖昧な理由を持って、僕は口を動かした。

 「分かりました。先輩、うちに来て話しませんか?

僕にでもできることなら、相談に乗りますよ。」


 最初、先輩は一瞬ぽかんとした表情を浮かべてから、

急にかっと顔を真っ赤にした後、すぐに涼やかな顔に戻ると、

少し僕のことをからかうような声でこう言った。


「キミ、私をとするって度胸あるね?もしかして誘ってる?」


最初、言っている意味が分からなかったが、自分が言ったことを振り返ると・・・


「ふぇっ?いっいや、そういうこととして言ったんじゃなくて単に先輩が・・・」


「だって今の言い方だけだと、こうとらえられても仕方ないんじゃないかな?

それに相手私だし。」


「だっ、だからそういうつもりじゃないんですよ・・・

ああ、なんていえばいいのか分からない・・・」


これも嘘だ。本当は・・・

格好つけて言うのが恥ずかしいだけだ。

先輩がふふっと笑う。




そして、僕の人生が大きく変わる。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰かに与える勇気が欲しかった 二重跳び @nijuutobi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ