原材料入手

 スーパーでの提案から二日後。


 土曜日の午前中、先日、憑き物のおじいさんが憑いた着物を持ち込んだ少女――山田紗枝ちゃんが西御門邸を訪れた。


 彼女が手に持つビニール袋には、摘み取ったばかりの八重桜が溢れんばかりに詰まっている。

 パニエのように柔らかなふうわりとした薄桃色の花弁がはらりと一枚、玄関先に舞い落ちた。


「すみません……。今、時雨がちょうど留守にしていまして」

「あ、いいですいいです。これ渡したかっただけだから。西御門さんから、お姉さんに渡してほしいって言われて……。でも、こんなにたくさんどうするんですか? 室内でお花見とか?」

「いえ、お茶を作りたいんです」

「あっ、桜茶だ! あたし大好き。おばあちゃんも昔よく作ってましたよ」

「ええ、そうじゃないかなって思ったんです。おうちに八重桜があると窺ったので。おじいさまが飲みたがっているお茶って、もしかしたら桜茶のことなんじゃないかなって……」

「あっ、なるほど! だから「そろそろ時季」なんだ! うーん、名推理だね寿葉さん」


 唸った拍子にまたひらりと一枚落ちた花びらを、彼女が指先で拾い上げる。髪につけて「女子力ー」と笑うところなど、本当に今時の女の子といった雰囲気だ。


「でも、こんなにたくさん摘むのは大変だったでしょう。ありがとうございます」

「ううん、これくらい全然。むしろ花摘みなんて女子力が上がった気がして楽しかったー。桜っていいですよね。見ているだけで和むっていうか。かわいいのおすそ分けしてもらえた気がするっていうか」


 少女は花が咲くように屈託なく笑う。だから、私もつられて微笑んだ。


「そうですね。私も好きです。ところで、なかでお待ちになりますか? もうすぐ時雨も戻るかと思いますが」

「いやいや、今日は遊びに行く途中に寄っただけですし」

「じゃあお菓子を持って行ってください。紗枝ちゃんが来たらお出ししようと思ってたお煎餅があるので」

「やったー! ありがとうございます! なに味ですか?」

「ザラメとお醤油と塩の三種類です」

「ザラメ好き!」


 いくつかお煎餅を渡した後。

 友達と約束があるらしい紗枝ちゃんを見送って、私は桜を台所に運び込んだ。


 桜茶の準備はまず、桜の塩漬け作りから始まる。


 ボウルに移した花弁に水をたっぷりと注いで、汚れを洗い落としていく。それからキッチンペーパーで水気を取った後、適量の塩を混ぜてタッパーに移す。下ごしらえはなんとこれだけ。


 あとは一晩塩に漬け込んで、花の水気をさらに飛ばす。明日になったら梅酢を入れて、重しを乗せて、今度は三日間置く。次にキッチンペーパーに広げた花びらを三日間天日干しして、最後に塩を加えて完成だ。


 桜の塩漬け作りは時間がかかるけれど、手間がそれほどかかるわけでもないので、材料さえそろえば一般家庭でも簡単に挑戦できるのである。


「……よし、こんなところかな」


 私は第一段階の準備を済ませた。紗枝ちゃんの持ってきてくれた桜の花はなんと大きめのタッパーいつつ分に及んでいる。かなりの量なので、収穫も大変だったはず。


 完成したら、ぜひ彼女にもおすそ分けすることにして、私はキッチンの隅にタッパーを安置した。


(さて、じゃあ次は夕飯づくりだ。今夜はカレー、カレー……)


 そうして一仕事終えた私は、さっそく次の仕事に取り掛かったのだった。

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