焼き鳥丼とザーサイサラダ

 お茶の入れ替えの目安は、だいたい三十分毎だ。


 今から急げば、コンビニに行って戻ってくることもできるだろう。地図を見て、私は判断した。そうと決まれば善は急げ。さっそく西御門邸を飛び出す。


 外には瑞々しい暮れの空気が満ちていた。鎌倉の街と雲の合間をカラスが縫うように泳ぐ。宵の迫る住宅街を歩いていると、どこからともなく鐘の音が響いてきた。この街には時代に置いていかれたような、独特の空気が横たわっている


 だいぶ日が伸びてきたとはいえ、すでに暮色蒼然の街を行く。夜の気配に追い立てられて飛び込んだのは、蛍光灯が燦然と輝くコンビニだ。


 さっそく総菜エリアに向かって、私はコンビニサラダとザーサイ、きゅうりを入手した。最近のコンビニは野菜まで売っているから大助かりだ。まさにコンビニエンスの名を冠しているだけある。


 さらに、近くの女子高に通う部活上がりの学生さんたちでにぎわう店内をぐるりと巡ってみる。レトルトご飯、焼き鳥缶、トマトジュース、コンソメと伸びるチーズを買い物かごに足して、私はレジに並んだ。


 そうして買い物を済ませた私は、西御門邸に大急ぎでとんぼ返りする。


 すでに家を出て、十五分ほど経っていた。六時までに間に合わせるべく、戻ってきた台所で急ぎ夕食づくりに着手しようとした時だ。


「ああ、買い出しに行っていたんですね」

「ひゃっ」


 突然、背後から声をかけられた私は買い物袋から取り出したてホヤホヤのきゅうり片手に飛び上がった。


 その勢いで振り返れば、いつの間にか時雨さんに背後をとられている。


「し、時雨さん。いつの間に」

「ちょうど今。山田さんはお帰りになりました。姿が見えなかったので、てっきり貴女もお帰りになったものかと思いましたよ」

「いえ、そんな……。すみません。お客さまのお見送りもせず。気づかなくって」

「構いませんよ。帰り際にはすることもさしてありませんから。お茶、ありがとうございます。おいしかったです」


 シンクには、湯呑がふたつ下げられていた。


「あの、しずくちゃんは外食に出ています。それで夕飯ですが……。すみませんが、今日は時間がないので簡単なものになっちゃいます」

「いえ、むしろ来て早々にすみません。僕は作業場で仕事をしていますから、なにかあったら声をかけて」


 残った仕事を片付けるべく、作業場に戻った時雨さん。私は彼の背中を見送って、夕食づくりに着手した。


 まずはレトルトご飯を温めている間に、きゅうりを洗って斜め薄切りに。ザーサイと混ぜ合わせて、ごま油と塩で味を調える。


 次に、温め終わったご飯の上にコンビニサラダと焼き鳥缶の中身を乗せて、マヨネーズをかける。これで簡単焼き鳥丼とつけ合わせのザーサイサラダの完成だ。


 本当に簡単なものだけれども、これが意外に癖になる味でおいしい。


 私はテーブルにお皿を並べて、作業場に声をかけにいった。


「時雨さん、ご飯の支度できましたよ」

「ああ、すみません。これから電話での打ち合わせが入ってしまいまして。少し時間がかかるから、お先にどうぞ」

「そうですか……、わかりました。じゃあ先にいただきますね」


 私はダイニングに戻ると、時雨さんとしずくちゃんの分を避けた。もしも、しずくちゃんが夜食を食べるのなら食べてもらいたかった。不要なら、これは私の明日の朝ご飯になる。


 それから、私はひとりの食卓についた。


「いただきます」


 手を合わせて、まずは焼き鳥丼をぱくり。


 じゅわっと濃いタレが絡み合った、ぷりぷりの鶏肉の肉汁が口のなかいっぱいに広がる。千切りキャベツのシャキシャキ感と、もちもちのご飯がいいコンビネーションを醸し出していた。マヨネーズのコクが決め手の一品だ。


 お次はザーサイサラダ。フレッシュなきゅうりとゴマの香るザーサイはいくらでも食べられてしまう。お酒のお供にもピッタリだ。


 気が抜けたのか、知らず知らずのうちにため息が零れてしまう。


「はあ、酎ハイがほしい……」


 ついでにいえば、飲み友達も欲しい。


 しんと静まり返った食卓で、私は早くも傷だらけメンタルが一層打ちひしがれていることに気づいてしまった。


 しずくちゃんには明らかに歓迎されていないし、時雨さんはよくわからないけれど、私は彼のペットを逃がしてしまったようだし。


 初日からこれでは先が思いやられる。次に地元に戻る時は、きっと友達を誘って飲みに行こう。

 早くも前途多難の気配にまたもつきかけたため息を飲み込んで、私はほかほかの白米を口にした。


 うん。


 それでも人間、おいしいものを食べている間は幸せな気持ちに浸っていられるらしい。

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