コーヒーカップにとけた星 序文
ぽんの
第1話 無重力
星が降るそうだ。だが、そういう日に限って、空は泥まみれの灰色だ。微かに空の切れ端が頼りなそうにこちらを向いている。僕と未唯は深夜の公園のすっかり空っぽになった芝生に寝転んで空を見上げている。
「雨、もうダメみたい。流星群なんて見られないよ。ほら、周り誰もいないじゃん」
すっかりブーたれた未唯はパチンと手で顔を叩く。
「また、蚊。うざい」
僕の方の血はまずいのか蚊なんて寄ってこない。血の通ってない石像のような気持ちだ。灰色の雲たちは東へと腕を広げて伸びていく。時々、ちぎれたりくっついたりせわしなく大きな巨人が空に浮かんでる。何千年も、何億年も前から空は巨人たちの世界だ。
雨は小ぶりから段々に雨粒を大きくして、持ってきていた中学の時から使っている折り畳み傘を開かなくてはいけなくなった。未唯がまず傘を開いた。僕はこのまま水生生物になって、ぼんやりと目の前の公園の池の水に打ち付ける波紋を見ていたいような気がしたが、緑のカエルになって明日学校に行く事になるのも嫌なので、渋々と傘を開くスイッチを押した。傘が開いて雨を勢い良く弾いた。
僕たちはもう空を見ていなかった。黒い池の水に刺さっている寂しげな腐った木の杭をぼんやり眺めていた。居た堪れない気持ちになった。
「なあ、宇宙ってどんなだろうな?」
蚊に刺された場所を猿のように掻いている未唯に遠慮がちに僕は聞いた。未唯は少しの間考えた、三秒くらい。
「寒いんでしょ。音がなくて、映画で宇宙で爆音とか鳴るけどあれは大嘘。だけど、私、ああいう楽しい嘘なら嫌いじゃないよ。というか、そんな嘘に腹を立てるほど子供じゃないし、、、。ああ、宇宙ってどんなだろうって質問だっけ?うーん、カピバラの瞳みたいなもんじゃない?」
「カピバラ?動物園にいる?温泉に入ってるやつ?」
嘲笑するような高い笑いを一瞬未唯はしたが、自分の笑いが急に嫌になったらしくゴーヤでも齧ったような苦々しい顔になって、
「そうそう。世界最大のげっ歯類。あいつの瞳、それが宇宙だよ」
僕は未唯の言ってる事が分からなかったので、再び石膏のようにして黙る事にした。辺りの空気は誰もいない銭湯のようにピカピカに磨き上げられて無駄に静かだった。
「何その態度、自分から聞いといて。カピバラの黒い瞳の中って何かを語ってそうでしょう、神秘的な大きな目。宇宙ってスケール大きいけど、案外、小さなものの中にもそのカケラを見つけられると思うの、ミクロコスモスっていうか」
雨が強くなってきた。石像になった僕は目だけ未唯の方に向けて少し哲学的な表情でも出来てるかなと、自分で自分の姿を想像してみた。多分、ソクラテスの胸像よりは知的な顔をしていたと思う。
「ミクロコスモスか、僕達は今日それを見にきたわけだけど。確かに、周りには誰もいないよな。こんな曇りの日に流星が見られるなんて思うのは、僕くらいのものだよね」
軽くため息をついて未唯は笑った。未唯の顔は愛情に満ちた繊細な思いやりに満ちた表情だった。僕は自分が認められている事を感じた。宇宙の神秘は確かにカピバラの瞳なのかもしれない。違うかもしれない。それは僕には分からない。90歳になって周りからすべての事を悟ったように思われても、分からないだろう。ただ、この世界をこうだと決めつける考えはごめんだと思った。
それより、僕は未唯が言うようなカピバラの瞳の宇宙の無重力の中で、まるで仕事が上手く言った日の熱い風呂にでも入るように、漂っていたいと思った。
コーヒーカップにとけた星 序文 ぽんの @popopokokoko
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