後日談3「家族の弔宴」
和美が夕食の席である宣言したのは、秋も終わりかという時だった。
「椿ちゃんのお父さんを偲ぶ会をやります」
学と父は完全に寝耳に水。
いやツバキ本人も何のことか分からない様子。
「ほら、椿ちゃんてお父さんの葬儀をする間もなくこっちに来たんでしょ? せめて思い出話をしながら神様のところに送ってあげようよ」
盲点だったと学。
サーシェスでは葬儀だの追悼だのと言っていられない程人がバタバタ死んでいったので、そう言う感覚が麻痺していた。
「良いんじゃないか? 私もちゃんと『娘さんは立派に育てます』とご挨拶しないといけないしなぁ」
味噌汁を啜りながら父が言う。
こう言うクサいことを平然と言える父は素直に尊敬できると思う。
「じゃ、やるか」
魔族にも酒盛りしながら戦死者を造魔神の元に送る習慣はある。
この時死を悲しむより生前の武勇を褒めたたえる事を貴ぶのが、いかにも武闘派の種族だ。
「ちょっと! 私の意志は!?」
勝手に話を進める和美を睨むツバキだが、残念ながら相手が悪い。
このモードに入った和美に勝てる者は菅野家に存在しないのだ。
「椿ちゃんは、嫌なの?」
まっすぐな目で見返されては、はねっ返りのツバキと言えど白旗を上げざるを得ない。
彼女との付き合いで分かってきたが、この反応はいきなり話を出されて戸惑っているのと照れが半々だ。提案自体は嬉しく感じていると見た。
「……別に嫌じゃないけど」
案の定降伏宣言をする。
和美はじゃあ決まりと手を叩いた。
「料理は私がやるから、おにぃは食材集めて。
「そう言われてもなぁ。漫画肉とかとか帝王の花とか、こっちで手に入る食材じゃないしなぁ」
「そこは勇者の力で」
学は渋い顔をする。
無責任かつ無茶振りを仕掛けてくる妹には慣れているが、そこで無視してしまえないのがシスコンのつらいところである。
「勇者をお使いに使うなよ」
「え? 勇者って王様にお使いを頼まれる人でしょ?」
否定できないのが悔しくて、この話題は打ち切ることにした。
「ツバキ、ザンキは何が好きだったんだ?」
ツバキは指を折りながら思い出の味を回想する。
「そうね……恐鳥のもも肉とか。丸焼きにしてもスープにしても好きだったわ。それから花びら酒とか」
流石に恐鳥はこちらにいないが、大型の鳥だとダチョウがいる。日本でも飼育されていたはずだし、なんなら転移の宝珠でさくっと買ってくればいい。
花びら酒は帝王の花を漬け込んだ酒だが、日本には桜酒と言うのがあるからこちらも買ってくれば良い。
「じゃあ、休み時間にでもちょっと買ってくるよ」
ご馳走さまと手を合わせる学を父が呼び止める。
「持っていきなさい」
学はかぶりを振った。差し出されたお札は彼にとって大した額ではない。
「別に良いよ。金なら……」
「駄目だよ。お金にあかせて高いものばかり食べていると幸せを逃す。自分で食べに行くのは構わないけど、うちでやるならお金は父さんが出す」
そんな父親をかっこいいと思ってしまい、お金はありがたく受け取ることにした。
「今夜は皆空いてるよね? たまには4人で静かに過ごしましょ」
確かに倫たちが来ると騒がしくなるから、しんみりやりたいなら家族水入らずも良いかも知れない。
なんだかんだで楽しみかもしれないと、学は腰を上げた。
◆◆◆◆◆
「初めて会ったザンキは、初手で俺の防壁を砕いてきつい斬撃を見舞ったんだ。アリサの話では胸をぐちゃぐちゃにやられて肋骨が見えてたって言うから、あの時はやばかったなぁ」
旧敵を懐かしみながら、ガチョウのもも肉にかぶりつく。
味は恐鳥とは違うが、食感はサーシェスで味わったのと似ていた。
「ふん、あなたの鍛え方が足りなかったのよ。パパが本気だったら心臓と指の何本かはもらってたわ」
「もしそうならあの時点の俺は負けてたな。人差し指と小指がないと魔銃は使えないし、欠損部位を直すのは普通の魔法じゃ厳しいしなぁ」
「ちょっと2人とも! もっと穏当な話題は無いの? またお父さんが泣くでしょ!」
はっと父を見ると、既に涙でびしょびしょになったハンカチを顔に当てていた。
「つらい思いをしたんだな。父さんがいてやれなくて済まなかった」
「いや、もう終わったことなんで」
面倒くさいとばかりに話題を切り上げて、ツバキに水を向ける。
「家でのザンキはどんなだったんだ?」
「そうね……」
父を想うツバキは、まだ悲しみの色があった。
それでも、過去を懐かしむ余裕ができたことは素直に喜ばしいと思う。
「私に剣を教えてくれるときはとても厳しかったわ。骨が折れても『後で治してやるから立て』って。でも、それ以外の時は呆れるほど親馬鹿だったわ。私の誕生日に魔王軍の演習をサボろうとして慌てて止めたこともあったし。上の学校になって一緒にお風呂入るのを嫌がった時は1か月くらい死にそうな顔してたし」
「……あのザンキがかよ」
好敵手の一面を知ってしまい喜ぶべきかドン引きすべきか。
「御父上とはぜひゆっくり語り明かしたかったなぁ」
しんみり桜酒を傾ける父。
そうですね。多分家庭でのザンキは、あなたと意気投合しそうです。
「あとはそうね。紅茶にはこだわりがあったわね。もう二度と飲めないけど、あの味は忘れないわ」
紅茶の話題が出た時、学は和美と視線を合わせる。
妹は満面の笑みで頷いて、立ち上がる。
「ちょっと待ってて」
キッチンに向かうと、ティーカップを並べ始める。
「もう紅茶を飲むのかい?」
不思議がる父に、和美はチッチッチと指を振る。
「せっかく紅茶の話題がでたから。きっと驚くよー」
ツバキも何が始まるのかと和美の後姿を眺めていたが、香りが流れてくると息をのんだ。
「この香り……」
「そ、私とおにぃの合作!」
差し出された紅茶に視線を落とし、ゆっくりとカップに手を伸ばし、口を付けた。
「……パパがいつも入れてくれた味だわ」
「そ、おにぃが世界中から集めた茶葉を私がブレンドしたの。で、それをおにぃが試飲して異世界の味に近づけていったってわけ」
ツバキは感慨深げに紅茶の香りを味わうと、少しずつ大切にティーカップを傾けた。
「ありがとう。とっても美味しいわ。おかわり貰えるかしら?」
テーカップを差し出すツバキに、和美は「ありゃ?」と首を傾げた。
「どうしたの?」
今度はツバキが不思議そうに
学にしてみれば不思議そうなのが不思議だ。
「なんか、反応が淡白だなと思ってな。あれだけザンキの紅茶についてはこだわってたろ?」
「そうね……」
受け取ったティーカップを揺らすツバキにはいつもの棘が無かった。
「この味をまた楽しめるのは嬉しいけど、もう”パパの紅茶”は
彼女にここまで言われたら、もう降参するしかない。
ザンキに託された娘の未来。それはきっと彼の望んだ形でかなえられようとしている。
生者の思い上がりかもしれないが、そんな気がした。
学は言う。再びハンカチをびしょびしょにしている父に苦笑しながら。
「ありがとな。お前がいなかったら、俺はずっと傲慢なままだった。それから、家族になってくれたことも」
ツバキが持つティーカップが震え、和美は「おおー」とにやにや笑い。
「……恥ずかしい事言うんじゃないわよ。ばか」
砂糖は入れていないのに、サーシェスの紅茶はなんだか甘く感じた
異世界帰りの俺が、スクールカーストをぶっ壊す 萩原 優 @hagiwara-royal
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