題材のない人生でした。

黒い百合

第1話 

私が嘘を覚えたのはいつでしょうかと聞かれると、そんなものはわかりません。思い出すことすら恐ろしくてたまらないのです。

いつしか息をするかのように嘘を吐き、それを真実にすべくまた嘘をつきました。

初めこそ私に巣食う良心が痛み、蝕まれ、それこそまだ見えぬ死に希望を抱いたのは私が6歳か7歳の頃だったでしょうか。

それからすぐ、私は嘘を吐く事以外に自らを捻じ曲げることを覚えました。人と意見が食い違う、争いに繋がりそうになる。そんな時の逃げ道に、私は自分の心を偽ることを覚えました。誰かに嘘を吐く訳ではない、これは私にしか不都合がない。それは私にとってこの上ない救いに思えたのです。

覚えてしまえば楽でした。誰かの思うまま、自分の考えなどをぶつけるとこもなく、誰からも嫌われることなく、平和に生活ができました。

私は自分を初めて殺しました。だけれど仕方が無かったのです。そうでもしないと本当に私は命を落としてしまう。私が逆らう事を望まない魔女に殺されてしまうと本能が、まだ残っていた生への執着が告げていたからです。

この時叫ぶべきでした。「もう殺してあげてくれ」と。

過去の私へ、君は7歳にして限界なのです。その生への執着を全て捨てて、未来の私を楽にしてあげてください。もう手遅れですが。


子どもの首を縦に振らせる事は至極簡単なです。恐怖や力でねじ伏せれば良いのですから。大人の手一本あれば、簡単です。その手で傷をつければ良い。掌でも手の甲でも簡単に幼い心に傷は残せます。

幼さ故に忘れませんでした。その傷も痛みも魔女に逆らえば命はないという事も。

そんな事ばかり覚えてしまって、私は他に覚えなければならない大切な物をこぼれ落として行ってしまいました。偽りと本心の両方を抱えて生きていける程、この時の私の腕は広く無かったのです。

だけれど忘れてはならないのは本心を捨てたのは私だということです。これは紛れもなく私が選択した生きる道なのであって、この選択を誰かのせいにしてはならないのです。

魔女に逆らう勇気のなかった私のせいなのです。魔女を殺す選択肢も私には与えられていたはずなのに、それを取らなかった。

私は自分を殺す選択をしたのです。

これは私の蝕みのほんのひとかけらです。醜い人生ですが、もう何もないので構いません。書いている間に死を選んでしまわない程度に書きたいと思います。

希望も絶望も、ときめきも苦しみも。もう何もないのです。それは正しいでしょうか。こんなにも言葉、思考、感情を持つ生物として、生きる糧が無いのは人として正しいでしょうか。失うものがあるとするならばそれは私自身、私の命です。

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