第27話 たくらみ
「ふう、疲れましたわね」
道中は順調に過ぎ、一行は夕方に予定していた
3日目ともなると皆慣れたもので、テキパキと両家の執事であるマルクスとパンピリウスが指示して部屋割りを伝え、必要な荷物だけを運ばせた。一日目は大混乱で戦場のようだったが、もう半分の時間で皆が部屋に落ち着くようになっていた。
その夜は宿が小さい為にユリアとポンポニア、ルシウスとプブリウスが同室だった。
「まあ、ポンポニアと一緒の部屋で寝るのは初めてですわね。寝言などうるさく言ってましたら申し訳ないですわ…」
恥ずかしそうにソファに座って言うユリアの側に寄り添ったポンポニアは、優しく親友の金色の頭を撫でた。彼女の滑らかな髪を触るのは何とも言い難い幸せを感じる。
「私の可愛いユリアの寝言など、いくらでも聞いていたいに決まっているではないですか?!ぜひ聞かせて下さいませ」
(ルシウス様もきっとユリアの寝言を聞きたいでしょうね、ふふ…そうですわ!今夜ルシウス様の寝所にユリアを誘導しましょう。そのためには…そうね、ティトゥス様に手伝ってもらうのがいいですわ。彼と私の目的は同じようですしね。これは楽しくなってきましたわ!)
ポンポニアはユリアの何も知らない顔を覗き込んだ。この無垢さが今夜自分の奸計によって奪われるのだと思うと、ポンポニアの身体の芯から快感が背中を走る。そのような自分の邪悪さを隠すように彼女はユリアをぎゅっと抱きしめた。
「まあ、どういたしましたの?苦しいですわ」とユリアはのんきに可愛らしく笑うのだった。
「では道中の無事を神に感謝して。さ、食べようではないか」
夕食は毎回豪華だった。ルシウスの方針で使用人も同じ食事を取ったので皆はしゃいでいる。料理人は興味深く味わっていた。
そんな中、ティトゥスはカエサル家と友好関係を作る為と称して飲み物やワインを注いで回っている。
「さ、ユリア様とルシウス様はこちらの葡萄酒をお飲みください。ユリア様のグラスにはハチミツを垂らしておきましたから」
「まあ、ありがとうございます!大好物ですのよ」
「さすが気が利くな」とルシウスに褒められてティトゥスはグラスを二つ持ったまま得意げに二人にウインクした。
ユリアが笑みを浮かべてティトゥスからグラスを受け取り、飲もうと口につけた瞬間、
「道中はなかなか安全だったな。山賊には昨日の夕暮れ時に一度出会っただけで済んだ。これも皆の心がけの
彼はいいことをすべて自分のおかげではなく皆の心がけだ、とか、ユリアのおかげだとか謙遜して言う。ユリアはそういうルシウスの謙虚な所がとても好きだが、いつもその言葉を聞くと『自信をお持ちくださいませ、すべてあなた様の御力ですのよ!』と叫びたくなるのだった。
そして悪い事はすべて自分のせいにした。これも困ったもので、『俺のせいなのだ』と落ち込む彼を見ているとユリアは
「そうですわね、あの時は驚きましたが、ルシウス様とプブリウス様、ティトゥス様の三人がいらっしゃるので全く怖くなかったですわ。そうですわ、
ユリアが顔を紅潮させて言うと、「さすがに盗賊100人一気はきついな」とユリアの隣のプブリウスがルシウスを見て笑った。ルシウスはユリアのあまりの高評価に苦笑いをしている。
そこで宿の料理人が声を上げた。
「さあ、名物豚の丸焼きのご準備が出来ました!庭においで下さいませ」
歓声が上がって、皆が庭に出た。ユリアの手を自然にルシウスがとるのを見て、プブリウスは少し顔を歪めた。兄に嫉妬しているのか、ユリアに嫉妬しているのかわからなくなっていた。
「すいません…ちょっと胸が
デザートを食べ終わってすぐにポンポニアが言った。ユリアが見ると明らかに頬が赤い。
「まあ、大丈夫ですか?わたくしお連れしますわね」とユリアが心配して立ち上がろうとすると、プブリウスがさっと立って彼女をいきなり横抱きにした。何も言わずぼんやりしたポンポニアの代わりにユリアが尋ねた。あまりに情熱的で面食らったのだ。
「え…?あ、ありがとうございます…あの…」
「2階だからユリアでは無理だ。オレが連れてってやる。危ないしな」
プブリウスが危なげない足取りでポンポニアを抱いて食堂を出て行くのをユリアが不安そうに見ていた。
プブリウスを目で追うユリアにチリチリと嫉妬を感じながら、ルシウスは「どうした?」と少し不機嫌に聞いた。
「いえ、プブリウス様もなんだか赤いお顔をされていた気が…声も熱がこもっているような…でも足取りがしっかりしてましたし、大丈夫ですわよね…」
ユリアの答えにほっとしながらルシウスが答える。
「ああ、あいつは酒が強いからな。ワイン一杯などで酔うことはない」
「お二人ともお強いのですね…」とじっとユリアは彼の顔を見た。獣頭でわかりにくいが、まったく酔っていないように見える。
「そうだな、多分戦場で飲むから酔えなくなったんだろう。いつ敵に襲われるかわからないしな…」
「まあ…それは残念ですわ。酔い潰れるところを見せてはもらえませんのね…」
思わず本音を言ってしまってユリアは両手で顔を覆った。
(わたくしあわよくば酔い潰れたルシウス様の寝所に忍び込もうと毎晩思っていましたが…旅行に乗じてとはいえよく考えるとなんてはしたない!…しかし、それくらいせねばいつまで経ってもルシウス様の本物の恋人になれない気がして不安なのです…)
ルシウスはもちろんユリアの女心などわかっておらず、柔らかい金色の髪を大きな手で撫でた。ユリアのそばでなら安心して酔いつぶれることも出来るかもしれないなと思って、はっと気を改めた。
(いや、だめだ!ユリアは俺が危ないとなるとあのトーナメントの時のようにためらいなく自分の身を危険にさらすだろう。俺が酔い潰れた時にそんなことになったら…俺は…)
婚約者である二人が方向違いのことを考えている前で、ティトゥスは青くなっていた。
自分がユリアとルシウスに仕込んだ媚薬入りのワインを何故かプブリウスとポンポニアが飲んでしまったのは間違いなかった。
(ヤバいっス、なんでこんなことに…?ポンポニア様は人妻だから大変だ、これはルシウス様に知られたら殺される……でも部屋に入ってく勇気もないし…困ったっス…)
ティトゥスは散々悩んだ挙句、男らしく忘れようとワインを飲んで潰れてしまった。
「ティトゥスめ、仕方ないやつだ」
このメンバーで酔い潰れた彼の身体を運べるのはルシウスしかいなかった。
「うううっ、すいましぇんっス…ルシウスさまぁ…」
罪悪感から可愛らしく謝っているが、24歳の大男である。
「バカ者、俺より先に潰れるとはいい度胸だな。ユリア、俺はティトゥスを部屋に運ぶ。おまえももう部屋に戻れ、明日も早い」
ルシウスはまったく軽い荷物を持つようにティトゥスの巨体を肩に担いだが、実際は大人3人でやっと運べるほどだ。
「はい。おやすみなさいませ」
ユリアはルシウスと皆に挨拶し、何の考えもなく自分とポンポニアの客室に戻った。ほんのりと酔っていたが、一歩入って一瞬で全身が凍り付いた。ポンポニアとプブリウスがベッドで熟睡している。それも真っ裸で。
ユリアは思わず手が胸元の水晶を探して掴み、くるりと彼らに背を向けた。
(ひゃあっ!な、なんでこんなことに…わたくしルシウス様の裸も見たことないのに、なんでプブリウス様のを…いや、今はそれどころではございません。ポンポニアは、人妻…だ、だめですわ、これは誰にも言えない事ではないでしょうか…とにかくここにはいられません。二人の為になんとか知らないふりを…しなくては…そうですわ!)
ユリアは珍しくにんまりと笑った。
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