⑩決着
その手が振り下ろされることはなかった。神様の腕が何者かによって掴まれていたからだ。
視界がグラリとして良く分からないけど、彼を視認したとたん神様の顔がだんだんと青ざめていくのが分かった。
彼女の手の力が抜けたことで、僕は壁を滑るようにして尻もちを付いた。
「…………ごっ、ごめんなさい」
神様は小さく謝った。けれども、
「ほらよ、これ」
篠宮天祷は僕の手に握り締められた『恋愛目録』を、中身を見ることなく元の持ち主に返してあげたのだ。
ライオンに襲われる小動物のように、小刻みに震える神様。けれど、アマトの反応に小さく口をポカンと開けた。
アマトは僕の顔を見定めて、
「全く、イーさんは最低な男だな。女の子の大切なものを盗んで、挙句の果てには中身まで見るとは。本当に見損なったぜ」
「……えっ、アマト?」
アマトは虫けらを見るような目で、軽蔑するように僕を眺めた。そうして神様を心配するように、
「神様、どっか痛いとこないか? 一応イーさんも男だからな、その綺麗な顔が殴られでもしたら大変だぜ」
ポカンとしていた神様は、徐々に口を開けた。
「……許してくれるの? アマトくんの友達のほっぺを叩いたのに?」
「あん? こんなのもう友達じゃねーよ。神様は大切なものを盗み見されたんだろ? 怒って当然だ、そんなの。もう安心しろ、俺が守ってやるからさ」
心の底から僕の気持ちを踏みにじるような一言をぶつけてくれる。そうしてそんな僕の存在を視界から除け、神様は目尻に溜まった雫を指で拭いアマトに抱き着いた。
「…………ごめんなさい、ごめんなさいっ。ゲームは私の負けでいいから、その…………」
「……その?」
「……たった今、自分の気持ちに気が付いて……。――――私、アマトくんのことが好き」
神様はそう言い切った。
アマトは爽やかに微笑んで、神様の耳元に口元を近づけ、
「――――俺の勝ちだ」
「「…………え?」」
アマトは両手で神様の肩を持ち、ゆっくりと離れた。そして僕の元に近づき、
「大丈夫か、イーさん。わりぃな、痛い思いさせちまって。イーさんに手を出させないことが俺の目標だったのによ。あー赤く腫れてんなぁ、俺と一緒に保健室行くか? 肩貸すぞ?」
アマトは僕に肩を貸してくれた。そのおかげで僕はふらつきながら立ち上がることができた。
アマトは背後の神様に向かって、
「俺を好きだって気持ちも、時間が経てば変わるだろうな。『普通の女の子』として構ってほしい気持ちが強かったから、今は正常な判断ができないだろうし。つーか、たった五日程度で人を好きになるのって相当難しいぞ? これまでの神様の抱える悩みと相まって色々と混乱してるんじゃねーの? 今の神様が俺に抱く気持ち、頭冷やして考え直してみろ」
「でっ、でも……。アマトくん相当ひどくない? ドロップアウトは今朝できたはずなのに……。今の仕打ちはどういうこと? ねぇ……?」
「イーさんにも言ったが、正真正銘このゲームを終わらせるためさ。あそこで俺がドロップアウトすれば、また別の『ラブゲーム』の犠牲者がでる。ここで俺が終わらせる、そう決めた」
そうだ、アマトは言っていたのだ。――――このゲームを終わらせよう、と。
「それに悪いが、俺の相棒を傷つけるようなヤツは恋人なんかにゃできねぇよ。ま、ゲームは俺の勝ちってことで構わないよな?」
種明かしをすると、実はアマトは五限目の体育の時間にこっそりと女子更衣室に忍び込んで、神様の『恋愛目録』を盗んだのだ(今回女子更衣室に忍び込んだことは許してあげてほしい)。とにかく『恋愛目録』を神様の前で見せびらかせって。後は俺が何とかするって。途中、僕が騙されてるんじゃないかって思ったけど、やっぱりアマトはアマトなのだ。
アマトは誰よりも仲間を大事にするって、僕は知っているんだ。
「ふふっ、今回は神様の悩みに付け込ませてもらったぜ。どんな悩みかは知らんが、さしずめ人間関係あたりで困ってたんだろ? 俺に勝ちたかったなら機械の心でも準備するんだったな」
数秒の間があった。そうして、
「…………ゲームに負けたままじゃ腹の虫が治まらない。だからアマトくん、私に一言言わせてもらえないかな?」
何だろう、僕は思った。
神様はガバッと勢いよく顔を上げる。そして、アマトに向けて人差し指をピンと向け、
「――――アマトくん、今度は私がキミをデレさせてやるんだから!!」
「いや、もう帰れよ」
理不尽な恋愛ゲームに篠宮天祷の【破天荒】は通用するか? 安桜砂名 @kageusura
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