⑨恋愛目録
一体どうして、アマトはゲーム続行という選択肢を選んだのだろう? 勝ち負けはともかく、ここで終了すれば片瀬さんも前川さんも助かるのだし、不利になることはないはずなのに。
アマトは普段通りに過ごす。僕や西野くんやらと楽しくおしゃべりしたり、片瀬さんや前川さんとも交流をもったり。対照的に、神様は教室の隅で浮かない顔をしていたけど。
――――そして放課後
お手洗いを済ませた僕は、人のいなくなったであろう教室に入ろうとした。だが、
「……チッ、ホントにナニ考えてるんだろ……私?」
窓際に身体を預けるようにして、一人の見知った女の子がそこにはいた。
――――神様。
彼女は苦い表情で、右手で頭を抱えていた。頭痛に悩まされている、そういう様子には見えない。
「……あー、嫌なこと思い出した。どうしてだろ……今になって思い出すのは……」
ぶつぶつとひとりごちる彼女。
「……あの時は楽しかったな。……あーもうっ、どうして今になって思い出すんだろ……」
右手で艶のある黒髪をクシャっとする神様。そうして彼女は近くの机に腰掛け、
「……さてと、今日で終わりか。楽しいラブコメの時間は。ふぅ…………ん?」
胸ポケットに突っ込んだ手を、ゴソゴソとさばくる神様。
「……あれ? ちょっ……」
手の動きを速めつつ、胸ポケットを開き、スカートの端をパンパンと叩き……。
「……あれっ、…………ない……目録がない…………」
そして神様は廊下に向かって早足でやって来た。
「……うわっ! ってちんちくりんか……。ちょっとそこどいてよ」
彼女は手で僕をどかすように、廊下に設置されたロッカーに手を伸ばした。
「――――『恋愛目録』なら、ここにあるよ」
えっ? と響く気の抜けた声。
サッと、黒髪を靡かせて振り向く美少女。
「神様の探し物ってこれだよね? こーれっ」
文房具を取り扱うお店ならどこにでも売ってそうな、手のひらサイズの手帳。題字にはシンプルに『恋愛目録』とだけ記されていた。
僕の手の中にあるその『恋愛目録』、頭の位置にまで持ってきて、ペラペラとページを捲ってあげた。
「どうしてキミが持ってるの?」
声に含まれるのは怒気、それとちょっとばかしの声の震え。
「たまたま教室の隅に落ちているのを見つけちゃった。返してほしい?」
「……あのさぁ、たまたま落ちてたって言われて、ハイ信じますと言うとでも思った? 絶対におかしいでしょ? それに落とし物は親切に人に返してあげるのが流儀だよね? 返してほしい、なんてわざわざ訊くのはナンセンスじゃない?」
「『――――対象は冴えない高校二年生、
「……それ以上調子に乗らないでくれるかなぁ? 神様、怒っちゃうよ?」
僕は彼女の言葉に耳を貸さない。いや、無理矢理にでも貸さない、そう言い聞かせる。
神様に見えるように、僕は再びペラペラとページを捲った。あっ、と紙を一枚一枚触れるたびに、彼女の唇、肩は小さく揺れ動く。
「今読んだみたいな冴えない人はそんなに狙ってないみたいだね。神様が『ラブゲーム』のターゲットにしてるのは、みんなクラスの中心人物だったり、アマトみたいな人だったり」
「……キミの狙いは何なの?」
神様はゆっくりとだが、確実に僕との間を詰めてくる。
怖い。
昨日の公園と同じように。――――怖い。
ここから逃げ出してしまいたくなるくらいに。
けれども――――僕は――――――、
「――――それ以上近づかないで。アマトにこの『恋愛目録』の内容を全部バラすから」
ピタリと、神様の腕の動きは止まる。
「…………え? ちょっ、ナニ言ってるの? それとこれとは今、関係ないでしょ?」
僕の一言に、アマトの名を持ち出したことに、彼女は明らかに動揺していた。
「神様はアマトのことが――――好きなんでしょ?」
「……えっ、えっ?」
「神様なんかじゃなくて、普通の女の子として扱ってくれるアマトのことが気になるんでしょ? 見え見えだよ? ゲームを止めるなんて言い出して。それってアマトが他の女の子と一緒にいるのが許せないんでしょ? 要はそういうことなんでしょ?」
「すっ……好き? えっ……好き……なの? いや……この気持ちって……え? えっ……?」
わなわなと、神様の肩が震えた。それに呼応するように、宝石のように綺麗な瞳も震えを増していく。
「わっ、分かってるならさ…………、そのことは言いふらさないって約束しない?」
「嫌だ、絶対に『恋愛目録』の内容を片っ端からアマトに伝えてやるから、覚悟しろ!」
「き、昨日のことは謝るからね? その、大人しく返してくれれば、キミには何もしないであげるから? ね?」
「嫌だ! 今まで他人の恋心を踏みにじってきたクセに! 今度は僕が神様の恋心を踏みにじってやる!」
絶対に退いてはならない。たとえどんなことがあっても、僕は退かないと心に決めた。
「…………え……どうして………、ヤダ……、やめてったら…………」
次第にうるうると水分を増やし、そうして気が付けば決壊寸前な神様の瞳。憎い女だけど、そんな姿を見て僕の心もギュと締め付けられる。
だといえども僕だってアマトを護りたい。アマトの力になりたいんだ。アマトは僕に託してくれたんだから、僕はそれに応えなくちゃならない。
「…………返してよぉ………、お願いだから…………」
――――そして、ペタンと尻もちを付いて、
「…………えぐっ、んっ………助けてぇ…………アマトくん、助けてよぉ…………」
円らな瞳からはボロボロと涙を零し、溢れ出す雫を両手の指で拭っていく神様。弱弱しい嗚咽を上げ、彼女の想い人に助けを縋る。
神様ではない、普通の女の子としての助け。僕にはそう思えた。
――――突如。
「うわっ! ――――ぐっ!」
神様はギロリと睨みを利かせ、僕の胸元を掴み上げた。突発的な彼女の行動に、僕の頭と身体は全く反応しない。そのまま壁際に身を叩きつけられてしまった。
「…………はっ、放し…………」
どんな腕力をしてるんだ! 必死に身を捩っても、まったく神様の腕を振りほどくことができない!
「……ふぅ、…………はぁ…………」
彼女は何も言わない。
そして、パチンと右手で僕の頬を叩いた。
とても強烈な一撃。それは目の前の景色がクラリと大きく揺れたほどだった。脳にも振動が伝わったのか、吐き気みたいな気持ち悪さが込み上げてくる。
「……はっ、放して……」
「……許さない、絶対に殺してやる…………」
そう言って、神様はゆっくりと腕を振りかぶった。
そしして――――――――――、
「これ以上はやめてやれ」
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