STEP7:元恋人とさよなら!

「というわけで、後は冬木先輩に任せました……」


「あー。へぇ……そう」


 店に戻ってきた俺を出迎えてくれた二人に事情を説明する。

 秋山先輩先輩が納得をしたような表情になったので俺の判断は間違っていないはず。


「お疲れ様! 飲も」


 夜さんが、キンキンに冷えたビールのジョッキを手渡してくれたのでありがたくいただくことにした。

 さっきまでムワッとする暑さの中にいたから余計にビールの冷たさとのど越しが疲れた心にみる。


「いやー。本当に最悪でしたよ。なんでメンヘラは死ぬ死ぬ詐欺をしてしまうのか……冬木先輩はそんなメンヘラに全然怯まずに送り返してくれるからかっこよかったですよ」


「すみませーん! このお酒を冷やで」


 俺の話を完全に無視して、秋山先輩が新たにお酒を注文する。いくら飲んでもお酒が消えていくマジック。鯨とネギのユッケもおいしい。さっきので酔いが一気に醒めた気がして俺もお酒を飲むペースを少し上げる。


「秋山先輩聞いてます? アレが修羅場慣れって言うんですかね……」


「いやあ、まあ、アレは真似しない方がいいんじゃないかな」


「ですよね。真似したくても出来ないですよ」


 ちょっと話がかみ合わない気がする。首を傾げながらも頷くと、秋山先輩が子供を見守るような、少し悟りを開いたみたいな笑みを浮かべて日本酒を口に運んだ。


花咲冬木さん、いつ帰ってくると思います? 私は90分後にこの唐揚げを賭けますよ」


「……でもあいつ、ここの会計持つって言ってたし、言っても20分くらいで帰ってくるんじゃないかな」


 秋山先輩が時計を見ながらそう呟いた。夜さんは「えー」と言いながら、俺の顔を見て笑いかけてくれた。

 真面目な顔をしてるとちょっと冷たい印象だし、SNSだと言葉遣いも少し乱暴だけど、こうして笑っているとすごく人懐っこい女の子だなって思えてくる。


「宇美野くんたちそういえばLINEしてるんでしょ? 私とも交換しようよ連絡先」


「え? うん。いいよ」


 スマホでQRコードを表示させる。

 早速「友達では」のところに夜さんがSNSでもアイコンにしている蛇がサジェストされてくる。


朝居あさい 芽依めいが私だよ。よろしくね」


 俺のスマホ画面を、彼女のカラフルなネイル付きの指がタップしていく。

 あっと言う間に俺の連絡先一覧に夜さんが登録された。


「ただいまー」


「無事だったんですね冬木先輩!」


「お。はやかった?」


 扉を勢いよく開いて、腰に手を当ててどや顔をしている冬木先輩がきちんと五体満足なことを確認する。

 冬木先輩に縋り付くように抱きついた俺の視界の隅では、夜さんと秋山先輩が時計を見て目を丸くしているのが見えた。


「冬木くん」


「ちがうんす! まだ! それより見て見てこれー」


 秋山先輩が、席に座ろうとする冬木先輩を呼び止める。

 一瞬体をビクッと竦ませた冬木先輩は、すぐに表情を明るくするとスマホを取り出して俺たちの真ん中の席にすっと滑り込ませてきた。


『死にたい』

『別れちゃったんだーって実感するの嫌だな』

『生理来てないこと言えば考え直してくれたかな』


 うわっと思わず顔をしかめると、夜さんが冬木先輩の画面をタッチして最新ツイートを読み込む。


『新しい恋、してみようかな』


「んー。これどうかな」


「ムカつきはするけど、俺に来ないならまあ」


 夜さんがにっこりと微笑んだので、ちょっと唸りながら頷いた。

 さっきまであんなに引き下がってたのにあっさり新しい恋を見つけてくれるかな。わかんない。


「冬木、次の店も宇美野の分は奢ってやれよ」


 秋山先輩が会計を見ながら冬木先輩にそう言ってるのが聞こえた。

 

「え? さっきも庇って貰ったのに……そんないいですよ」


「いや。ここは奢られておきなさい。な、冬木」


「ここはね! 奢らせて! お兄さんに! 任せてくださいよ」


 カードで支払いをしていた冬木先輩に、秋山先輩が微笑む。

 冬木先輩も渋るどころか妙なテンションで快諾してくれたので、俺はよくわからないけど先輩たちのお言葉に甘えることにした。


「家に来ちゃった♡とかされないですかね」


「まあ、今日飲むはずだったお金が浮いたんだし、一応鍵とかは変えておいてもいいと思うよ」


「ですよねー」


 ちょっと痛い出費だけど、まあ仕方ない。刺されたりするよりマシだ。

 明日になったら大家さんに電話して鍵を変えられないか相談してみよう。

 会計を済ませて、みんなで駅まで歩く。


 「うち、一人暮らしだから避難しに来てもいいからね」


 夜さんが、俺の顔を覗き込みながらそんな優しい言葉をかけてくれる。インターネットでは物騒な発言をしてるのに……。ギャップと優しさを噛みしめながら俺は夜さんの小さな手を握った。


「ありがとうございます! でも、女性の家にいきなり彼氏でもないのに行くのは申し訳ないですよ。いざとなったら冬木先輩か秋山先輩の家にやっかいになります」


「まあ、宇美野くんがそれでいいならいいけどさ」


「夜ちゃん、俺も行っていい?」


花咲冬木さんはダメです」


「ええー?」


 妙にすっきりした気持ちになりながら、俺は真夏の湿った空気の中で深呼吸をする。

 不快だったはずのジメジメして暑い空気も、莉子という肩の重しがなくなってからはなんだかとても美味しいものみたいに感じた。


 ブルルとスマホが震えたので、咄嗟にスワイプをしてしまった。

 画面には莉子からのメッセージが現れた。


莉子 < 縁を戻したくなったらいつでも戻っていいからね。また付き合いたいな


「宇美野くん、置いて行かれちゃうよ。行こ」


 立ち止まって舌打ちをしていると、夜さんの声が聞こえた。秋山先輩と冬木先輩は、俺が立ち止まってる間にホームに向かったみたいで姿が見えない。


「夜さん、待っててくれたの? ありがとうございます!」


芽依めいでいいよ。ほら、宇美野くん、行こう?」


 俺は、スマホを操作して莉子をブロックすると、夜さん……いや、芽依めいちゃんが差し出してくれた手を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Feel so Alive 小紫-こむらさきー @violetsnake206

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ