第2話 家族の意味
「ん。おかわり」
白米をお漬物とともにかきこんでから言う。
「はい。いつもよく食べるよね」
お茶碗を素早く受け取って、おかわりを盛り付けて返してくれる。
「運動部だと腹が減るんだよ。それに、飯が美味いしな」
ご飯の炊き加減といい、味噌汁といい大したものだ。
「また、うまいこと言うんだから」
言いつつも、まんざらでもなさそうだ。
親父は既に手早く朝食をかきこんで出ていったあとだ。
本当に忙しない。
「そういえばさ、明日、映画に行かないか?休みだし」
思いついていた事を話す。
「え?」
びっくりして目を大きく見開く理恵。
「あ、別に変な意味はなくて。お礼だお礼。いつも家事やってもらってるし」
そう誤魔化す。
「そっか。お礼、か」
その声からはどんな感情かを読み取ることはできなかった。
「それに、見に行きたい映画あるって言ってただろ?チケット代は奢りで」
「家事はやりたくてやっているんだけど。でも、ありがたく受け取るね」
「ああ、そうしてくれ」
そんな短いやり取りで決まった映画デート。
だったのだが、それからどうも理恵の様子がおかしくなった。
登校中はやたらとスマホで何やら調べているし。
授業中も教師の目を盗んでスマホをいじっている。
何かを調べていることはわかるのだが、なんだかわからない。
そして、放課後も。
「あ、今日はちょっと色々買い物しなきゃだから。先に帰るね!」
「お、おい」
びゅーと逃げ去るように教室から立ち去ってしまう。
明らかに様子が変だ。
夕食のときも。
「なあ、明日の予定だけど」
「……えっと。何?」
「明日、映画以外にどこ行く?って聞こうとしたんだが」
「別に明日決めればいいと思うけど」
「言われてみればそうか」
別に今更肩肘はってどうこうする仲でもない。
そうして、どうにも様子がおかしいものの、一日が過ぎていったのだった。
◇◆◇◆
今日はデート、しかし理恵にとってはお礼、の当日だ。
前に買っておいたデート用の服装を衣装ケースから取り出して、
着替えてみる。まあ、こんなものか。
洗面所で洗顔にひげ剃りをして、髪をチェック。
最近、ひげが生えてくるようになったのは、少々不便だ。
そして、リビングに出ると、そこには驚くべき光景があった。
水色のロングスカートに、シルバーのニット。
うっすらと化粧もしているし、香水の香りも漂う。
そんな装いの理恵が座っていたのだった。
こいつは、普段スカートを好まないし、香水や化粧もあまり見ない。
だから、ちょっとドキっとしてしまう。
「どう、かな?」
上目遣いで感想を求められる。
「綺麗、だと思う」
月並みな言葉しか出てこない自分が呪わしい。
「そっか。ありがと」
なのに、それは嬉しそうにこいつは微笑むのだった。
そして、映画館へ出発する俺たち。映画館まで約20分といったところ。
(手を繋ぎたい……)
ちらちらと様子を伺うが、嫌がられたらどうしようかと思う。
そんな事を考えていると、中指がこつんと当たる。
一瞬、びくっと引っ込めるものの、再びそろりそろりと近づいてくる。
(ひょっとして、理恵も?)
時折手のひらが空を切ったりしている。それなら。
手のひらを掴んで、ぎゅっと握る。
「あ……」
「嫌、だったか?」
「ううん。嫌じゃない」
短い言葉だったけど、少し照れているようにも見える。
「それなら良かった」
少し安心して、手をつないだまま映画館に到着。
理恵が見たいと言っていたのは、『プライベート・リオン』。
第二次世界大戦末期のノルマンディー上陸作戦を舞台にした兵隊たちの物語だ。
いかにも理恵らしいチョイス。
そして、そこにあったのは、ただただ悲痛な物語だった。
戦争の中、ひょんな事でどんどん命を落としていく人たち。
その死にはドラマはなく、理不尽に人が次々倒れていく。
隣の理恵を見ると、真剣に見入っている。
こいつは何を考えているのだろうか。
理不尽に唐突な事故で亡くなった両親のことだろうか。
ラストシーン。戦争終結後、数十年後のこと。
主人公のリオンがかつての戦友の墓を訪ねるシーン。
「私は彼が望む人生を生きただろうか」
そんなセリフが印象的だった。
映画館から出たあと、俺達はゆっくりするために喫茶店に。
「なあ、なんであの映画見たかったんだ?」
理恵らしいチョイスだとも思うが、少し不自然さを感じた。
「お母さんとお父さんの命日。もうすぐでしょ?」
「ああ、そういえばそうだな」
こいつの言う通り、理恵の両親は10年前の5月5日に亡くなっている。
三人家族で出かけた帰りのことだったらしい。
運転を誤ってガードレールに衝突した結果として。
理恵は、運良く後部座席で、運良く軽傷で済んだ。
一方、助手席と運転席に居た両親は重症。ほどなくして死亡。
そんな結末を迎えたのだった。
「さっきの映画って、理不尽に人が死んでいくよね」
「そうだな。別に、悪役だったわけでもないし、その反対でもなかった」
あえていうなら、戦争が生み出した死なのだろう。
生き残った主人公と死んだ戦友に何か差があったわけでもない。
「それで、お母さんとお父さんの死について考えてみたかったの」
理恵の人生観に未だに大きな影を落としているのが両親の死だ。
やたら暗い小説を読むのも、そのせいだと思っている。
「で、結論は出たか?」
こいつの両親には俺も世話になっている。
しかし、実の肉親が死んだ悲しみはこいつにしかわからないだろう。
「ううん。やっぱり、世の中は理不尽だなって思っただけ」
理恵はそうつぶやいた。
「そっか。で、後はどこに行く?」
「それじゃあ……」
ということで、次に行くことになったのはカラオケボックス。
「~~~♪」
情感を込めて歌う理恵。
家族をテーマにした英語の歌謡曲だ。
初めて聞いた曲だが、不思議と心に染み渡る。
その後は、交代で俺が歌う。俺はノンジャンルで適当に。
お互いに拍手をして称え合って交代で歌い合う。
そんな事を繰り返したのだが、やたら暗い歌ばっかりだった。
カラオケを終えた後。そろそろ帰るかと思ったのだが。
理恵は行きたい場所があるという。
というわけで、その場所を訪れたのだが。
「公園?」
そこは、なんの変哲もない、そして昔よく遊んだ公園だった。
「そういえば、昔、ここでよく遊んだよな」
「お母さんたちが亡くなった後は、色々迷惑かけちゃったよね」
「それが普通だろ。気にするなよ」
こいつに付き合って、二人でぼーっとブランコに座った日々を思い出す。
理恵の両親には俺も世話になっていたから、悲しかった。
「久しぶりにブランコ乗ってみない?」
「ああ、それもいいな」
言い出すや否やブランコに駆け出す理恵。
「なんか、ちっちゃいね」
少し可笑しそうな声。
「そりゃ、子ども用だしな」
「もう、子どもじゃないんだよね。私達」
「経済的には親父に面倒かけてるけど」
「ところで、今日はなんで誘ってくれたの?」
気がつくとじっと俺の方をじっと見つめている。
「そりゃ、お礼だって言っただろ」
「そうじゃなくて、ホントの理由」
嘘は許さないとばかりに射すくめられる。
何故だかわからないが、そのことを確信してるようだった。
なら、仕方ないか。
「デートしたかったんだよ」
正直にそう打ち明ける。
「やっぱり」
「わかってたのか?」
「たぶんそうだろうなって。だから、私もちょっと張り切っちゃった」
照れくさそうな笑みを浮かべる理恵。
「なるほどな。服とか気合い入れてるなと思ったけど」
デートだとわかっていたなら納得だ。
「ひょっとして、昨日様子が変だったのも?」
「うん。ちょっと、服とか色々買いたかったから」
そう恥ずかしそうに告白する理恵がかわいい。
「それで、どうだった?デート」
決定的な事を聞こうとしているのに、不思議と緊張しない。
「いつも通りだったよ」
「いつも通り?」
「うん。ドキドキしないし、わくわくもしない」
そんな事を何故だか嬉しそうに言うこいつ。
「ちょっと、それは傷つくぞ」
俺なりに気合い入れたつもりなんだけどな。
「ごめん。でも、いい意味でだよ」
やっぱり嬉しそうなのだけど、よくわからない。
「私ね、陽太の事が好き」
あまりにいきなりな告白。頭が追いつかない。
「家族として、じゃないよな」
つい予防線を貼ってしまう俺。
「どっちも。区別なんてできないと思う」
「確かにそうかもな。理由、聞いてもいいか?」
告白に応える用意はあるけど、聞いておきたかった。
「私のことをわかってくれるからかな。今日だってそうでしょ?」
「別に普通だっただろ」
特別気を遣った覚えはない。
「その普通が嬉しいの。初デートで、暗い映画みて暗い歌を歌わないでしょ?」
「そうかもな。お前のことだし、と思ってたけど」
「そんな風に、何も言わずに受け入れてくれるのが嬉しいの」
万感の思いを込めて言う理恵。
「そうか。ありがとう」
そんな風に想われていたとは知らなかった。
「だから、家族として、恋人として、これからは付き合ってほしいな」
「家族として」を強調する理恵に、今までの俺の思い違いを悟る。
二つは別のものではなく、こいつにとっては混ざり合ってるのだなと。
「じゃ、返事するな」
少し、頭の中で考えをまとめる。
「うん」
「俺も、おまえのことが好きだ。家族として、恋人としてやっていきたい」
結局の所、俺も同じだったのだ。
家族である部分はもう変わらない。だから、家族を否定しなくてもいいのだと。
「それじゃ、これからは恋人同士だね」
「ああ」
少し変な告白になってしまったけど、それはそれでいいのだろう。
「でも、ちっとはドキドキさせたいな」
男としては、そんな事をつい言いたくなる。
「別に無理しないでいいと思うけど。でも……」
そう言って、理恵にぎゅうっと抱きしめられる。
「どう。ドキドキ、する?」
顔を赤くして、そんなことを言う理恵。
夕日に照らされたその顔はとても綺麗だ。
「そりゃ、ドキドキ、するけど。おまえはどうなんだよ」
「う、うん。私も。ドキドキ、する」
「さっき、ドキドキしないって言ってたのにな」
なんだか嬉しくなってくる。
「なあ、もっと、ドキドキさせていいか?」
くいっと、理恵の顔を持ち上げる。
「え……と。うん」
一瞬戸惑ったようだったが、目を閉じて受け入れる理恵。
そして、その瑞々しい唇に俺は口づけたのだった。
「なんだか、不思議な気持ち。ふわふわしてる」
キスを終えて、帰る途中にふと理恵が漏らす。
「俺もだ。親父に気づかれるかもな」
「知られたくない?」
じっと見つめられる。
「いや、ちゃんと言いたいな。将来の家族ができたって」
ちょっと調子に乗ってみる。
「調子に乗りすぎ。でも、そうなったらいいな」
そんな事を語り合いながら帰ったのだった。
こうして、俺に、暗くて地味だけど、大切な恋人ができたのだった。
そして、いつか、家族を作ることができれば。そんなことを思う。
家族なあの娘に恋した俺 久野真一 @kuno1234
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