家族なあの娘に恋した俺

久野真一

第1話 スペックが高いらしい俺と地味な彼女

「陽太君、ずっと好きでした!付き合ってください!」


 春の中庭。

 一生懸命な表情で告白の言葉を紡ぐ女子生徒。美穂みほさんだったか。

 クラスで一番、いや学年で一番のルックスとして名高い、らしい。

 文武両道らしいとも。

 伝聞系なのはあまり興味がないからだ。


 少し考えて、質問の言葉を発する。


「俺を好きになってくれてありがとう。返事の前に、なんだけど」


「うん……」


 緊張した様子の美穂さん。


「俺のどこを好きになったのかな?」


 美少女人に告白されて思うのは喜びより困惑だ。

 

「ええと。陽太君はカッコいいし、陸上頑張ってるし、勉強も出来るし……」


 そう好感を持てる要素を挙げる彼女。

 カッコいいの中にルックスは含まれているのだろうかと思ってしまう。


「ありがとう。それで、返事なんだけど……付き合えない。ごめん」


 端的な一言でばっさり振る。


「……せめて理由を教えて欲しいな」


 落ち込んだ様子だったけど、それは知りたいらしい。理由、ね。


「今はそういうのに興味を持てないから」


 ありきたりな返事で誤魔化す。


「そっか。いきなりでごめんね。これからも友達で居てくれる?」


「ああ、もちろん」


 彼女との間に友達と呼べるほどの付き合いがあるのか疑問だけど。


◇◆◇◆


 放課後、部活を終えて二人で帰路につく。

 隣を歩くのは北沢理恵きたざわりえ

 親父以外でたった一人の家族。


「美穂さんからの告白、断っちゃって良かったの?」


 少し遠慮気味に理恵が切り出す。

 さっぱりとしたショートカットは、彼女曰く「髪が邪魔」なため。

 ほどほどの身長で、鋭い瞳、無表情に見える顔が特徴だ。

 よく見ると全然無表情じゃないのだが。


「いいんだよ。大きな声では言えないけど、表面的なとこだけしか見えてないし」


 こいつにだけ、本心を打ち明ける。もうひとつの理由はまだ言えない。


「気持ちはわかるけど。陽太はちょっと贅沢だと思う」


 他の人の前では物静かな彼女だけど、俺の前でははっきり物を言う。

 そして、不満そうなこともよくわかる。


「わかってるけどさ。お前は知ってるだろ?別に勉強を頑張った覚えはないし」


 普通に授業を受けていたらなんとなくわかっただけだ。


「外から見たら普通にポイントアップだよ」


 呆れたように言う理恵。


「陸上だって、身体動かすのが楽しいだけだし」


 頑張ってる奴がもっと評価されて欲しい。


「スポーツ出来るのは、ポイントアップだよ」


 やっぱり呆れたように言う理恵。


「知ってるだろ。頑張ってない事を評価されるのが嫌なんだよ」


 我ながら偏屈な性格だと思う。

 こんな様子を知れば、あるいは告白されないで済むだろうか。


「頑固なんだから。その調子で断り続けるつもり?」


 心配そうな表情の理恵。


「そうだな。ほんとに俺の事を見てくれる人が出るまではな」


「理想が高いんだから。そんなんだと、誰とも付き合えないよ?」


「いいんだよ。その時はその時で」


 そうして本音を誤魔化す。


◇◆◇◆


「夕食、何が食べたい?」


 俺がカートを押す横で、何やらメモを見ながら聞いてくる理恵。


「なんでもいいよ。お前の、なんでも美味しいし」


「なんでもいいが一番困るんだけど」


 鋭い目つきで睨まれる。


「覚えてるけどさ、理恵が好きなの作ればいいんじゃないか?」


 そしたら、俺だって美味しいに決まってる。


「そうじゃなくて、、陽太の好きなの作ってあげたいの」


 照れの一つでも見せてくれればまた意味合いも違うんだろうけど。

 やっぱり、家族として、なのか、と思ってしまう。


「わかった、わかった。じゃあ、野菜炒め辺りで」


 頭の中で考えた好物をリクエストする。


「手抜きじゃなくて、もっと作りがいのあるのがいいのだけど」


 また、妙なわがままを言いやがる。

 というか、野菜炒めが手抜きなのか。


「それで十分美味しいから。な?」


「わかった。でも、今度はもうちょっと考えておいて」


 なんだか不満そうだ。


 かれこれ2年以上こんなやりとりが続いている。

 俺の想いがいつか伝わる日が来るのだろうか。


◇◆◇◆


「ごちそうさま。美味かったぜ」


 理恵の作った夕食を食べて一息つく。

 さすがにこいつが作ってくれる夕食は舌に合う。


「どういたしまして。それじゃ、洗い物しちゃうね」


「いつも言ってるけど、それくらい俺がやるって」


「駄目。、台所を預かるのは私の役目だもの」


「おまえも頑固だな」


「お互い様だと思う。毎日細かく家計簿つけて、心配性だと思うよ」


 定番になったやり取りを交わす。

 そんなやり取りをしていると、玄関のドアが開く音が聞こえる。


「ただいまー」


 帰ってきた親父は赤ら顔だ。職場の付き合いで飲んできたな?


「パパ。夕ご飯要らない時は言ってって、あれほど言ったの忘れたの?」


 飲み会で食べてきた事を知った理恵はかんかんだ。


「いや、悪い悪い。後輩に誘われて、断りづらくてな……」


「それもいいけど、ちゃんと連絡して?」


「いや、それはそうだな。ほんと悪かった」


 ぺこぺこと謝る親父。全然威厳がない。

 ともあれ。


「はい、水。酔い過ぎ」


 ミネラルウォーターをコップに注いで渡す。


「ふたりとも、いつも気が効くな。ほんと、助かるよ」


 どこか疲れた表情で言う親父。


「親父こそ、無理するなよ。付き合いって言っても、無理したら本末転倒だぞ」


「ただ、後輩が悩んでるみたいだからほっとけなくてな」


「気持ちはわかるけど、身体、大事にしてくれよ」


「そうよ、パパ。ただでさえ脂肪肝気味なんだから」


「いや、ほんとそれは悪かった」


 こんなやり取りが俺たちの日常だ。

 俺は幼くして母親を亡くして、男手一つで育てられた。

 一方の理恵は、幼い時に両親が運悪く同時に事故死。

 引き取り手がいなかったので、後見人として親父が面倒を見ることになった。


 成長するにつれ、忙しい親父を見かねて理恵が家事をやると言い出して。

 俺は俺で、どんぶり勘定な親父を見かねて、家計のやりくりをはじめて今に至る。


 俺はずっと理恵と一緒に居たいと思っている。

 頑固でめんどくさい性格や神経質な一面も知っているのはこいつと親父だけ。

 地味だと言われている容姿も含めて俺はかわいいと思っている。


 しかし、未だに告白には至っていない。

 俺たちは家族同然だ。

 もし断られたら、毎日気まずい空気になる。

 それを思うと、とても言い出せなかった。


 あいつにとって、家族というのは一体どういう意味合いを持つのだろう。


◇◆◇◆


「また家計簿?」


 お風呂上がりの理恵がひょこりとリビングに顔を出す。

 俺はといえば、パソコンで家計簿にデータを打ち込み中。


「ああ。今日の買い物と、それから、学校で使った分と……」


「やっぱり細かすぎない?」


 俺は毎日、用途別にきっちり収支を入力している。

 飲食費、交際費(主に親父の分)、光熱費、などなど。


「細かすぎて困ることはないだろ?」


「陽太が疲れちゃうと思うのだけど」


「平気だって、これくらい」


 もう慣れてしまった。


「こういうところ見せれば、変わるのかな」


 ふとした拍子に出たような言葉。


「こういうとこってクラスの連中にか?」


「うん。もうちょっと不器用なところ見せた方がいいと思うの」


「お前だから出せるんだよ。だからな」


 その言葉に、一瞬目を丸くしたかと思うと、


「そう。仕方ないんだから」


 そんなことを言いつつも、理恵が少し微笑んだ気がする。


◇◆◇◆


 家計簿の入力を終えたら、あとは読書タイムだ。

 我が家は3LDKだ。片方は父さんの部屋。

 あと2つは、俺と理恵の部屋。

 なのだけど、何故か俺の部屋に理恵が居座っている。

 不思議と俺の部屋でこいつは本を読みたがる。


 ちなみに、俺はノンジャンルで何でも読む。

 理恵はもっぱら小説を好んで読む。


「なんか、また暗そうな本読んでるな」


 タイトルが『ジェノサイド』だ。

 中身は知らないが、たぶん暗い小説だろう。


「ちゃんと面白いところもあるよ」


「暗そうってのも否定しないんだな」


「そこもこの本の味だから」


 両親が亡くなってからだろうか。

 理恵は、「死」を取り扱った小説をよく読むようになった。


 しばらくして、24時を過ぎているのに気がつく。


「そろそろ寝ようぜ」


 早寝早起きが我が家のモットーだ。


「まだ、読み終わっていないんだけど」


 不平不満を垂れる理恵。


「いいから。ほらほら、出てった出てった」


 少し強引に押し出す。


「……続きは部屋で読む。おやすみ」


「ああ。おやすみ。夜ふかしするなよ」


 そして、俺は部屋に取り残される。


 目を閉じて、少し考える。

 思うのは、理恵のこと。

 どうすれば、意識させられるだろうか。

 でも、いきなり告白をして玉砕は避けたい。


 そう考えていたところに、名案がひらめいた。


(これなら)


 遠回りなことだと自分のことながら思う。

 しかし、これくらいしか思いつかなかった。

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