丹泥種行海群乙型一号
ガーネットキマイラ:ガーデナーの症例は
「優斗くんから聞いたんだ。アジア圏の
誰もが寝静まった夜。怪物二人の姿は外にあった。気温は更に下がって、五度。冷たい風が吹き抜ける、氷の覆う海岸線。満天の星の下、
「
群れるらしいよ、あの赤いのは。目の前の青年が月明かりに沈む街の残骸より暗い瞳を輝かせたのを確認して、龍弥は一人空を見上げた。
あの船の本当のターゲットが、もうすぐ、この海岸線に見えてくる。ほら、あそこ。
純の言葉に合わせて満天の星から視線を下ろすと、さっき赤く照り輝いていた星々と同じ光が、いくつか彼方の水の上に浮いている。目の焦点を合わせて分かる。四キロメートル先、夜の帳を焼き上げる圧倒的な存在感。水平をゆっくりと凪ぐ白夜たち。熱波をまとい空気を歪めて幽玄と揺らめくクラゲを中心に、水生の動物を模した
「どこに行こうか、龍弥くん」
差す月影。さっと流れる青い髪と、淡い輝きを返す白い肌。振り向いた純の表情に、龍弥は少し心拍が上がった。同じ超然のガーネットキマイラだとしても、やはり純と自分は格が違う。
「好きになってもいいよ。僕は意外に懐が深い男なんだ」
何処へ行こう。この冷え固まった水の地獄から。純に不用意な接近をされて高まった心拍を抑えながら見下ろした地面。その表面を厚く覆う氷に、反射した月が映っている。月。思い出して、龍弥は再び顔を上げた。創世記、三章第一九節をみよ。サンフランシスコからロサンゼルスに至るまでの六〇〇キロメートルの大洞窟で出会った言葉。確か、ラテン系の少女クローシェの持っていた本に手書きで記してあった。丹泥種と龍弥の力でほとんど炭と化したアカシックレコード群は、レーザー光線によって月にも描かれているという。圧倒的なガーネットキマイラの視力を以てしても、裸眼で約三七万キロメートル彼方の月を見ることはできない。少なくとも望遠鏡がいる。しかし、まともな文明の利器が無事に存在する場所は、現在の人類の領地だけだろう。そこは、もはや龍弥たちにとっては敵地で、そうそう忍び込める場所ではない。
どうあっても、ここに居続けることはできない。けれど、どこにも行く当てがない。どうしたらいい。子どもたちの安全を守るには。彼ら全員が無事でいられるには、どうしたら。純に当てられて早まった心拍がさらに熱を上げるまえに、小さな手が背後から龍弥に触れた。
「大丈夫ですか。うわ、あいたっ。っ、ひぃ、あれは……」
深夜眠れずに起き出してきたらしいラテン系の少女、クローシェ・ケーニッジは、頭に光る座布団を乗せて心配そうに龍弥に声をかけたあと、凍った大地で足を滑らせると、彼方の水平線を薙ぐ赤い怪物の群れに目を奪われて固まってしまった。
「大丈夫だよ。冷えるから、戻ろう」
燃え立つ鶴の熱を持った彼は、彼女の視線を自分の身体で遮り、水に濡れて冷え切った手を取って歩き出す。何にせよ、これ以上失われてはいけない。その思いが、彼のなけなしの超然性を強く高めた。光る座布団、『
By the sweat of your face shall you get bread to eat,
Until you return to the ground,
from which you were taken;
For you are dirt, and to dirt you shall return”
おまえは額に汗を流してパンを得る、
つちに還るときまで、
おまえがそこから取られたつちに。
ちりに過ぎないおまえはちりに還る」
多くの神話において、人間は大地の泥や灰、蝋に、命を練り込んで生まれたという。創世記の三章一九節はアダムとイブが生命の実を食べた罰について描写された最後の会話文で、類似したことが書いてある。クリーチャー。黒い蝋と赤い泥の怪物。その本当のところを知るための手掛かりは、確かに月に描かれた図画のなかにありそうだ。
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