希望を探して

 人差し指の先に小さな火を灯しながら足を進める。坑道を進んで辿り着いたのは、黒焦げの壁画洞窟の内の一室。扉で守られ、かつ距離が離れていたために、赤い鶴と馬のぶちまけた熱波から守られた部屋。第六区画、第一分区、トループ薬草園だ。

「来て、来て。芽が大きく!」

 赤い焼け跡の残る鋼の扉は、部屋のバッテリーによる独立電力で起動しているだけあって、自動起動システムを失っていなかった。叩くと、淡く光って、ゆっくりとスライドする。いの一番に飛び出し、駆け寄ってきたのは、一二歳の少女、ミネルヴァ・マイルキューレだった。彼女は金髪をなびかせ、青い瞳に薄い涙をため、いつかぶりの笑顔をみせながら、足を進める。

 手を引かれるままに部屋に入る。ケーニッジ写字室と同じくメゾネット方式の部屋の壁の前には、図書の代わりに多くの土の塊がプラスチックケースに入れて置かれていた。旅行カバンのような大きさの容器には、それぞれ植物の名前とその概略を書いた紙が貼られている。

 トループ薬草園は、植物の種子や球根が特殊保存されている区画だ。薄暗い中で目を向ければ、そのことを教えてくれたラテン系の少女、クローシェ・ケーニッジは、壁際であの戦いののち壊されずに残った三つの青く光る座布団のような小型機械『叙述された銀河たちナラティブ・ギャラクシー』の内の一つを抱き、一つを頭に乗せて下を向いていた。ちなみに、最後の一つは中央の灯火袋とうかたいに収まって充電中の緑色で部屋を淡く照らしている。

 入り口の扉から見て、右手奥に設けられた低い鉄製の実験台。ミネルヴァと同じ金髪コンビの少年の方、ファーガル・ムーアと、その隣で椅子に座ったガーネットキマイラ、ガーデナーの目が滑って、歩み来る龍弥りゅうやの方を向いた。二人の横に立つクローシェも同様だ。じゅんを除けばこれで全員。龍弥は無意識に褐色の肌の少年の姿を探したが、直ぐに表情を変えずに我に返った。

 ミネルヴァが指をさし、クローシェたちが見下ろしていたものは、鉄の台の上に置かれた腐葉土のケースだった。ただし、その箱は開かれていて、茶色の表面から緑の双葉が伸びている。エンドウ豆の芽だ。ここ二週間、ミネルヴァたちは食料を増やすために薬草園に置かれていた植物の保存を解いて育てていた。弱い光と低い気温のせいで、目に見える成果が出たのはこれがはじめてになる。

 アメリカ西海岸、大地が氷に閉ざされたサンノゼは、あらゆる命を拒んでいる。摂氏八度、最も寒さに強い植物たちの発芽最低温度に近い気温。凍る街の地下は、龍弥たちガーネットキマイラの定期的な加熱がなければ、生身で過ごしにくいほどの肌寒さだ。薬草園で栽培をする。それはこの逼迫した食料状況を解決するには悠長で博打的過ぎる手段といっていい。保存されているほかの種や球根を直接調理して食べたほうがずっと確実で、即応性がある。

「すごい、やったな」

 しかし、驚きの声を発して龍弥が見下ろすと、手を引いていた金髪の少女、ミネルヴァの表情がほころんだ。クローシェとファーガルもこちらを振り向いてほほ笑む。暖かな空気。子どもたち二人の手を握るガーデナーと頷き合う。龍弥たちが植物を育てはじめた彼らに異論を挟まなかったのは、これが理由だった。

 カノート・エスリムがいなくなったあの夜から二週間。クローシェは数日に渡って眠れない様子で、食べたものを全て戻したりするときがあった。ファーガルは反対に心配になるくらい寝込み、目覚めてからも躁鬱気味で口を開かなくなった。ミネルヴァもずっと落ち着かず、龍弥が威嚇で空を焼くと時々パニックになって姿をくらませた。ガーデナーの泥は未だ再生成されないでいる。龍弥の心も静かに深く沈んでいて、何も変わりがないように見えるのは、最も変わってしまった純だけだ。

 希望が必要だった。前を向くきっかけとなるような何かが。あの夜から数えて六日目に金髪の少年が一人で薬草園の保存容器の蓋を開けると、次の日に同じ髪色の少女が彼の隣に立っていた。そして、さらに翌日にクローシェが水やりに加わり、それらを龍弥は陰で温度調整をしながら見守った。

 温かい土から現れ、拡がった緑の双葉。一週間と少しで育った瑞々しく熱のある命。それは龍弥たちがいま一番欲しているものを与えてくれている気がした。笑顔を取り戻して一通り騒いだあとに疲れて眠ってしまった子どもたちを抱えて部屋端へ運ぶ。地下洞窟を歩き回り、炭化していない木材をかき集めて作った枠。柔らかくほぐした土を流し込んだ上に布を引いたベッド。もっと安心して眠れるところへ、早く彼らを連れて行かなくては。小麦色の肌の少女クローシェを中心に川の字になって眠る金髪の二人を見下ろしながら、ガーネットキマイラ:アーチストの彼は深く思った。

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