John 3:16
John 3:16
For God so loved the world, that he gave his only begotten son, that whosoever believeth in him should not perish, but have everlasting life.
「『神はただ一人の子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠の命を得るためである』……だっけ?」
「あぁ、確かにそう書いてある。ヨハネによる福音書、第三章一六節だ」
「女性の声を聴いて、ここまで来た。心当たりはあるか」
「僕も同じさ。間違いなくここなんだけど……そうだ、龍弥くんこれ壊してよ。君なら中身を傷付けずに出来るはずなんだ。違う?」
サイコキラーの青年は数歩前に進んで、握った瓦礫片で石柱をトントンと叩いた。カーンという、内部に空洞がありそうな間延びした音がする。シェルター。それがこの部屋でなく、この柱のことであって、その機能を維持するための設備が壁面のモニターや電子機器なのだとしたら、なるほど、まだ生存者がいる可能性は否定しきれない。
「外に、誰か居るんですか。何が起こって、私は……」
音に反応したのか、声がする。見上げる。声は石柱本体からではなく、そこから伸びるパイプを伝って、天井付近に設置されたボロボロのスピーカーから聞こえる。返答をしてみるが、反応は変わらない。むこうからこちらの声は認識できるが、こちらの声は物音としてしか認識できないらしい。恐らく石柱内に外部からの声を通すための収音用のマイクがこの部屋に設置されていたのだろうが、見当たらない。黒い怪物が破壊してしまったようだ。壁面に並んだ壊れた機器。外部から正規の方法でこの石柱を動作させることが出来るとは思えない。石柱を叩いてモールス信号でまず会話を試してみることも考えられたが、相手が心得ているか定かではないし、やはり純の判断通り、壊した方が早そうだ。
右手に炎熱を発する剣を握る。そして、切っ先を石柱に当て、慎重に表面を削っていく。名の通り
棚の上部に掘ってある『
「息苦しい……。何ですかこの音、誰か、誰かそこにいるんですか」
相変わらず、聞こえる声は一つだけだ。保存されたうちの五三人は、この二週間の間、生命を保てなかったらしい。大勢の死を前にしても、相変わらず龍弥の心は凪いでいた。代わりに動揺したかのように、彼の握った炎の剣が風に揺れる。近付き、引き出しに手をかけてみるが、すっと引き抜くことは出来ない。周辺の機器から何かしらの手続きをすればロックが外れ、安全に外に出られる仕組みなのだろう。この棚のどの部分が、あるいはパイプとコードの内のどれがまだ生きていて、声の主の女性の生存に関わっているか分からない以上、無理矢理引き抜いたり、周囲を削って抜き出したりするわけにはいかない。龍弥の横に座って、掘削作業を眺めていた青年は、ふわっと立ち上がって声を飛ばした。
「僕はジュン・タケヒラ。君は、クローシェ・ケーニッジであってるかい」
「やっと聞こえた! ジュン? 日本の方ですか? あの、ええと、何て言ったらいいか……私、記憶が、ないんです。目が覚めた時には、この訳の分からない光る青い箱に閉じ込められていて……。あなたは、何か知っていますか?」
「――あぁ。全て知っているとも。いまから君に全部教えるね」
ため息を吐くように嘘を吐いて、青年は龍弥を
「さっきのは気にしないでくれ。俺は
「あ、その、リュウヤ、え? ええっと……」
「大丈夫だ、落ち着いてくれ。ゆっくりでいい」
天井の木漏れ日が差すパイプに腰を下ろす。直後、射撃音と爆発音。振り向くと、背後の壁面に大穴が開いている。長い銃を肩に担いだ気狂いは、つまんないから先に帰るよと口だけ動かして自身の瞳と同じくらい暗澹とした闇色の中に姿を消した。
それから女性が言ったことには、彼女は仰向けに寝転んだ状態で引き出しの中にいる。彼女から見て目の前、引き出しの天井部に『覚醒を確認しました』の文字と、『起動パスワード』と題名が付してある入力欄、それからパソコンのキーボードが浮き出ている。当然ながら、記憶のない彼女はパスワードとやらに全く心当たりがないらしい。
困った。恐らくそれが分からなければどうしようもない。彼女の記憶喪失もまた、周辺機器の破壊から来るトラブルなのだろう。知らないはずの英語を理解した自分の超常的な脳に問いかけても、流石に答えは返ってこない。そうなると、いよいよ問答無用で力業に頼らざるを得なくなる。
「こっちでも探してみるよ、しばらく待ってて」
そう言って、一旦青く光る棚から離れて辺りを歩き回ってみる。今日はあのビーチで夜を越すつもりで、そうでなくても一度食料品などの荷物を持って行かなければならない。この街は、龍弥が離れた瞬間にまた黒い蝋の群れに覆われる。石柱だったころはまだ無事で済んだだろうが、この棚の状態であの巨大な怪物どもの攻撃を受ければひとたまりもない。
ガーデナーなら何か分かるかもしれない。一旦高く飛び上がって、彼女を呼びつけてみるか。そう考えた龍弥がふっと紅蓮の双翼を拡げたところで、眩いばかりのその光に煽られて、一つの死体が目に入った。視界の右端に映る、電子機器の残骸が積まれた壁面に強く打ち付けられた男性の死体だ。
科学者然としていた他の亡骸とは違い、それは、ボロボロの司祭服を身に着けており、拉げた背中には黒い蝋が付着していて、皮膚を抉り、腐敗した臓物を泡立てながら煙を上げている。龍弥はそんなグロテスクな様子など意に介さず、もっと注目すべき、彼の指元に焦点を絞った。その圧倒的なまでの視力で確認する。
God may save them.
Password “Creatures”
神よどうかかれらを救い賜えかし。
凄惨な亡骸。骨を砕かれ、肉をじわじわと熔かされながら男性が血文字で壁に書き残したらしい文章は、この場で龍弥が最も欲しているそれを提示しているように思われた。
ガーデナーから聞いている。クリーチャーズ。漢字文化圏以外での黒蝋種などの怪物の総称で、世界的に見れば主要な呼び方はこちららしい。後から現れたより強力な丹泥種を黒蝋種と区別して、それぞれ単体をレッド・クリーチャー、ブラック・クリーチャーというようだ。
瓦礫を踏み潰しながら近付き、司祭服の男性の横に立った龍弥は、彼とこの街の全ての亡骸に向けて深く頭を下げた。そして、振り向いて一閃。横凪ぎに剣を振るい、唯一の生存者である記憶喪失の彼女に声を飛ばす。
「お待たせ、分かったよ。パスワードは――」
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