もう一人の仲間

 夕食を終えて、それぞれが各個人の部屋に戻る。個室の壁面照明は操作によって消すことが出来るが、食堂や大広間などの共有スペースは深夜と真昼の区別が付かないくらいには明るいままだ。時刻は二時を回ったころ、眠れない龍弥りゅうやは階段を下っていた。

 道中で、静寂を切り裂き、ごそごそという音が耳に響く。おそらく、オートノミーが活動しているのだろう。とても常人とは思えない彼女がまともな睡眠をとるのか定かではないが、ともかく彼は足を進めた。

 辿り着いたのは、昨日の通信で解禁されたという地下階第二階層だ。そこは、他の階層と似たように、突き当りが壁面の長い廊下が一本あり、左右に部屋を構えた構造になっている。龍弥は、既に人気のある左手の部屋に入ることにした。

 規則正しい呼吸音、ぱっと跳び上がるがっしりした身体、勢いよく叩き込まれるボール、豪快な音の後に激しく揺れるゴールポスト。左手の部屋、屋内バスケットコートを備えた体育館のような白い空間では、二条令吾にじょうれいごがダンクシュートを決めていた。

「どうした龍弥。眠れないなら、一対一ワン・オン・ワンでもするか?」

 身長二メートル超の大男に迫られて、少し後退る。二条令吾は、その筋肉質も相まって、平均的な体格の龍弥など一捻りの圧がある。どうして初日にこれとあの気狂いの間に割って入ったのか、自分の無謀な行為を思い起こして龍弥は少し眩暈がした。

 しかし、令吾、ビジュアル系の弟より三つ年上の二四歳にしてギャングの元締めの感さえある彼は、そのこともあって、自身を見上げる小柄な青年のことを認めているらしかった。

「ロウズの様子とその怪我の痕を見る限り、何かあったらしいな。避けられることなら、あまり無理はしてくれるなよ。語って聞かせるのは得意ではないが、明日には俺も他のメンバーの説得を含めて動こうと思っている」

「ありがとう。こっちももっとしっかり施設を見て回って来るよ」

 昨日、風呂場で彼の能力を借りて、そのことを黙っている。龍弥は後ろめたい気持ちになって、いつも通り一切の陰なく堂々と振る舞う令吾の元から離れた。

 廊下の右側、もう一つの大部屋は、一言でいうならトレーニングルームだった。バーベル台とランニングマシンが二つずつ設置され、床も変わらない白ながら、触ってみると廊下よりずいぶん柔らかく感じられる。地下階第二階層は運動のためのものらしい。特におかしなところがないのを確認して、龍弥はベッドに戻った。

 時計は回って、いつものメンバーが食堂で昼食をとっていると、ゆっくりと食堂の鈍色の扉が開かれた。あの狂った男か、それとも超然的な女性か。数人が警戒の視線を送るが、それは杞憂に終わった。現れたのは、長い黒髪の女性だ。相応しい場所でなら、湯河原ゆがわらロウズ、榎木園已愛えきぞのいあ、そしてオートノミーという他の三名の女性と比べて最も若者らしく洒落た装いをしていそうな雰囲気のある彼女は、ふと立ち上がった二条市陽にじょういちはるの手招きに従って、新たに用意された彼の隣の席に座った。

「みんな聞いてくれ。突然で悪いけど、僕らの新しい仲間、大幕街おおまくまちユウさんだ」

 食事を中断して、場所が場所なら同じくらい洒落ていただろう茶髪の好青年が言ったことには、彼女はポップスで売り出し中だった若手歌手らしい。シルバー・エコー。その名前を聞いて、ガタンとロウズが反応した。これは、説明しなきゃいけないことだから。市陽はそう区切り、言葉を足す。大幕街ユウの『紋章権能もんしょうけんのう』、それは『彼女の声を認識している間、それ以外を認識出来なくなる』というもの。つまり、ユウが言葉を発したならば、その間、この場の全員が、視覚、嗅覚、味覚、触覚を失って、ただ一つ残る聴覚で、彼女の声しか感じ取れなくなる。ふいに聞けば、真っ暗闇の中で、身体がぐらついて倒れてしまう。龍弥は最初から知っていた。強大な力だ。そのため、ユウはここにきてずっと口を開かないように気を付けていたらしい。

「直接話す以外にも、コミュニケーションを取る方法はある。これからは僕ら六人で情報共有をしていきたいと思うんだけど、どうかな?」

 市陽はそう言って、辺りを見回す。ユウを除く全員が当然といった様子で頷くと、色男のもう一つの隣席に座ったガタイの良い兄が料理を取りに調理室に向かった。能力のために対話を恐れ、拒んでいた彼女を、昨日と今日で、市陽と令吾、そして已愛が何とか口説き落としたらしい。

 ユウは界隈では、透明な歌声と清楚な出で立ちから歌手としてかなり有名なようで、そのことを知っていた様子のロウズが恐る恐る話しかけると、彼女も彼女で緊張しながら筆談で応じた。

 それから、流石に手馴れて雰囲気作りが上手い市陽と、市陽には劣るがそういったものが苦手ではない龍弥が場を盛り上げ、昼食の終わりに食堂でまさかのカラオケ大会が始まった。食事をした直後に声を出すのはタイミング的に最悪であったものの、歌の巧拙は関係ないという雰囲気は、事実上の監禁生活で疲れた誰しもの心をほぐした。

 楽器はなかったので、中学時代吹奏楽部だったロウズが大きなボウルを叩いて下手ではあるが拍を取り、已愛がそれを補助し、思ったより何でもできる令吾が口笛を吹いた。最後に歌ったのはユウで、プロというだけあって圧倒的に上手かった。漆黒に染まった世界で、白銀のステンドグラスのような彼女の声が木霊する。ユウの能力は、魅力的な彼女の歌をさらに数段良いものにした。


 

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