人間畑

藤枝伊織

人間畑

 私の生まれた畑で何人かの弟妹が生まれた。収穫しながらトウサンが、今年の土壌はいい土壌だ、と言った。今年の、という言葉が引っかかって、トウサンに言い返そうと思ったけれど、自分の口から言葉は出なかった。

 不作だった年に生まれた私は、全然大きくならず、ため息をつかれながら収穫された。一輪車の中から涸れている私の生まれた土壌を眺めた記憶がある。まず、畑の色が違う。同じ畑のはずなのに、記憶の中のものと、目の前に広がる畑では土の色が違う。これが土壌の良し悪しなのだろう。


 そして多分、トウサンも不作の年の人間なのだろう。小さな体にやけに長い腕を見て思った。

 土の上に一列に並んだ頭はどれも形が似ている。同じ土壌だからだろうか。頭頂部が出ているだけで顔は出ていない。顔が出ている子は育ちすぎていて、硬くなっている。時機を逃したなって顔でトウサンが収穫した。

 私はまず、私の足元で頭が出ている一人に手をかけた。重い。なかなか抜けないなんて幸せなやつだ。それだけ土壌がよくて離れがたいのだろう。力任せに引っ張るとやっと一人収穫できた。大きな子だ。頬も腕も丸々としていてハリがある。みずみずしい。


 自分のカサついた頬を汗が伝った。

 麦わら帽子は少しの日除けになるが、暑さはどうしようもない。

 私が一人に骨を折っている間に、トウサンは慣れた手つきで次々と収穫していった。あっという間にトウサンの押す一輪車は弟妹でいっぱいになった。

 洗ってくる、そう言ってトウサンは雨水を溜めてある洗い場の方へ一輪車を押して行った。水は貴重だ。いちいち一人ずつ洗うなんて水がもったいない。一輪車の中にいる弟に目を向けた。土がついていて目も開かない弟。そのくせ大きな欠伸をし、弟は手足をぐぐっと伸ばした。


 よく泣く子と泣かない子がいる。この子は泣かないらしい。そのうえ寝息をたてはじめた。この子はすごいな。さすが土壌がいい世代はのびやかで自分勝手だ。たくましくなるだろう。

 次に収穫した子は先ほどの子よりもやや細く、繊細な泣き声を上げた。三人目を収穫するころには私もとても慣れてきた。頭を無理やり引っ張ってはいけないのだ。腰を落としてまっすぐ引き上げた。素直な子はすっと抜け、やや曲がった子は足を曲げて抜けまいと踏ん張る。お前は人間だろう。素直に抜ければいいものを。それとも収穫されるのが嫌だったか。言葉をまだ話せない弟妹に意地悪な質問を投げかけたのに、やっぱり曲がって生まれてきた弟は肯定するように大きくうなずき、腕なんて組んで見せた。可愛げのない。かといってせっかく収穫した弟を畑へ投げ捨てることはできない。トウサンに怒られてしまう。

 小さな声で泣く子、大きな声で泣く子、すやすや眠る子。いろいろうるさい一輪車を押して私も洗い場へ向かった。

 トウサン以外にも人がいた。今日は収穫日和なんだな。洗い場はとてもやかましかった。泣く子たちの声に混ざって人間の言葉が飛び交う。

 あらお久しぶりね、声の方を向くと小母さんがいた。誰だっけと考えていると、あなたを収穫した時の天気を覚えているわ、と小母さんが話し始めた。オバサンかぁと考えたけれどまったく記憶になかった。トウサンより少し前の土壌で生まれ収穫されたであろうオバサンは私の倍ほどの大きさがあり、体はどこも樽をつなげたような形をしていた。

 重くないですかと聞こうとして止めた。どうも私は無意味なことをしたがる節があるらしい。オバサンの声は聞き苦しいから返答を訊くのも嫌だった。それなら最初から下手な質問はしないに越したことがない。こういう人間は人間がみんな豊かな場所で生まれたと信じてやまないのだろう。太ましい体はたっぷりの栄養を吸い上げてから収穫され、それを今も取り続けられていることを物語っている。

 私とトウサンは細くて小さい。畑は同じなのだ。そのはずだ。この洗い場にいるということはそういうことだ。別の畑ならきっともっとわかりやすく違う瞳とか唇とかの色が違う。私たちは同じ土の色をした瞳だし、髪だ。土の栄養の差はあれど私たちは同じだ。


 私はオバサンに会釈をして別れ、一輪車からひねくれた弟を出して洗った。水は好きらしい。指先で目についた土をぬぐってやると、目をぎゅっとつぶってから開いた。大きな瞳の子だ。収穫されるのを嫌がったくせにこの子はみんなから愛されそうな顔をしている。可愛げはないけれど、容姿はかわいい。ずるい子だ。私は歌いながら弟を洗った。私の歌に合わせて弟が楽し気な声を上げた。

 きれいに洗えたら一人ずつ瓶詰めにする。出荷してそのうち大きくなったらこの畑に戻ってくるだろうか。いや、この子は曲がっているからしないかもしれない。最初に私が収穫した弟の方がまだ見込みがある。あの子はやかましく泣く弟妹の中でいっさい起きようともしなかった。水で洗いはじめると、仕方ないといった感じで目を開けた。いい顔つきだ。私やトウサンよりも畑を上手に回せそうな子だな。勝手にいろんなことを考えて、弟の頭を撫でた。よせやい、とでも言うのか弟は肩に埋もれている首を回して私の手から逃げようとした。


 大きなこの子を入れる瓶を探すのが大変だったが、何とか見つけ蓋をした。私たちはここまでだ。あとは出荷専門の人間がやることだし、そのあとは育てる専門の人間がやることだ。そのあとはまた個性を判別するのが得意な人間が、人間に育った子たちを選り分ける。どう考えても私が畑に選り分けられたのはおかしいだろうけれど、そもそも不作だったから人間に育った個体が少なかったのかもしれない。

 麦わら帽子を深くかぶり直す。私は畑を耕す。種作りの人からもらった種を撒いて畑を育てるだけだ。トウサンの後を追いながら私は一輪車を押した。

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人間畑 藤枝伊織 @fujieda106

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