真夜中の子供たち
世界は戦争をしていて
私はママと戦っていた。
そのころの私はまだ十歳の子供で、ママと二人で暮らしていた。
ママは年の割には綺麗で仕事もバリバリこなしていたから、男の人の出入りも切れたことがなかった。だから私のことはあまりママの目に入らなかった。
ママにとって私はあまり必要でなかったのだ。
それでも仕事でいきづまったり、男の人に捨てられたり何かトラブルがあった時は、私を抱きしめて泣いたりしたから、その程度は必要だったのだろう。
ママにとって私は普段は必要ないけど、何かあった時には傍にいてなぐさめてくれる都合の良いペットか人形?
だから私はそんな自分とママが大っ嫌いで、泣いているママを抱きしめながら、ママを銃で撃ち殺すところをよく想像していた。自分でも何故そんなにイライラするのかわからないけど。
でも泣いているママを見ると、傷つけたくなるのは確かだ。
「あーそれはきっと、カルシウム不足か疲れているんだよ。だからカルシウムをとって疲労回復すれば大丈夫。ウエハースとチョコレート、食べる?」
そんな話をすると、決まって隣に住むヤジマという青年は能天気な表情でお菓子を差し出すのだった。
「んー・・・・・」
あまり気が乗らない時でもヤジマからお菓子をもらうのは、受け取ってあげないとヤジマがもの凄く淋しそうな表情をするからだ。
でもヤジマからのお菓子は最悪な気分を最高、とまではいかなくてもマシに変えてくれるから不思議。
「他の奴にはあげないんだけど、セアラちゃんだからね、特別」
特別・・・・・この言葉にも効果があるのかもしれない。それにいつもお菓子を持ち歩いているヤジマが誰かにあげているのを見たことがないのも、本当。
この黙っていれば二枚目で、下手な芸能人よりも見栄えのする男が当時の私の救いになっていたのは確かだ。
ママはあまりいい表情をしなかったけど。
でもママは仕事と男に飛び回っていて家にいなかったから、ママの目を盗むのはそんなに難しいことじゃなかった。
ヤジマも仕事柄、家にいることが多くて、結果、私もヤジマの家にいることが多くなった――というか、入り浸っていた。
最初はもちろん、ヤジマの仕事のことなんか知らなかったし、興味もなかった。私にとって重要なことは、ヤジマが隣に住んでいる、それだけだったから。
でもママがお酒を飲んで帰ってきた時に、珍しく私のやることに、やっていることに口を出してきて
「あんな何をやっているかわからない男」
と云うから、ヤジマに聞いてみたのだ。
どうせ本当のことは云わないだろうけど、と思っていたら、案の定、
「え? 仕事? うーん、遊び人かなぁ? 金さんって呼んで」
何でも一時期、トウヤマノキンサンやミトコウモンになりたかったのだそうだ。遊んで暮らせて余計なことに首を突っ込んで面白そうだから。
彼は自分のことには触れられたくないみたいで、いつも答えをはぐらかす。
それに慣れない人は、ヤジマのことをいい加減だとか無責任とか云ってイライラするみたいだけど、私にはそんないい加減さがとってもラクで、居心地が良かった。
「へーそうなの」
ヤジマの方もあまりしつこく詮索してこない私がラクだったのかもしれない。
そんな私が何故、ヤジマの仕事を知っているのかと云うと、それは、偶然。
偶然、本屋に寄った時、彼の名前の載った雑誌を見つけたのだ。それは普段の能天気な笑顔からは想像もつかない繊細な文章だったけど、すぐ彼のだとわかった。
幸い、お金には困らないほど、ママからもらっていたから、ヤジマの名前の載っている本を片っ端から買うことが出来た。
中には難しくて意味のわからないものもあったけど、それでも私は満足だった。ヤジマが傍にいるようで。
もちろん私はヤジマには何も云わなかったし、何も訊かなかった。
だからヤジマが、私が彼の仕事を知っていることを知っているかどうか、私は知らないし、そんなことはどうでもいい。
「セアラちゃーん、見てよ見て! これよこれ!」
妙に興奮したヤジマが部屋に飛び込んで来て見せたのは、複数の写真。
私は、といえばママが出張で帰って来ないことをいいことにヤジマの部屋で寝泊まりをしていた。
多分、仕事でふらふら出掛けて行ったヤジマが帰って来たのは、明け方。
ヤジマのベッドを占領して眠っていた私が妙なテンションのヤジマに起こされたのは、だから、そのころ。
「・・・・・」
無理矢理叩き起こされてボーッとしている私に、ちょっとピンボケの写真を得意気に見せる。
なに?
なんなの?
「・・・・・鳥?」
ピンボケな上に小さく点しか写ってないからよくわからない。
こんなワケのわからないものを、どうだって得意そうに見せられても・・・・・。
「やだなぁ、セアラちゃん、よく見てよ。鳥のワケないじゃない」
興奮したヤジマに背中をバシバシ叩かれる。
痛いってば。
「わかるわけないじゃない。こんなボケボケじゃ・・・・・」
それに眠いし・・・・・そういえば何時? うわっ、まだ眠っている時間じゃない。
「そうか・・・・だよねぇ、俺ってあんまりカメラの腕ないし、急だったからなぁ。撮れているだけでもいいかな、と思ったんだけど、これじゃセアラちゃんはわかんないよね。やっぱりカメラ、ちょっと勉強してみるかな―――って寝るなー!!」
「・・・・だって寝てたのよ。いつもはまだ寝てるの・・・・・」
「なーに、云ってるの。早起きは三文の徳って云うじゃない。さ、起きた起きた」
っていつもは自分がいつまでもいつまでもいつまでーもお布団と仲良くしているくせにさぁ。
「・・・・ヤジマに云われたくない」
「まあまあまあ、コーヒー、淹れてあげるから、機嫌直して。あ、紅茶の方がいいかなぁ? それともココア? ミルクにする?」
――駄目だ。聞いてない。
この写真の一体、どこにヤジマを興奮させるほどの何があると云うの?
何だか――
ヤジマの興奮状態がおさまるまで、寝ようと思ってもどうせ叩き起こされるだけなので、あきらめてペタペタとヤジマの後を追う。
「その写真じゃはっきりわからないと思うから――ちょっと待ってね」
何よ?
飲み物が出てくるまでボーッとしているとヤジマがノートパソコンを持ってきて立ち上げはじめた。
鼻歌をうたいながら、ネットを検索しはじめる。
どうやら私に見せたいものをネットからとる気らしい。
シュンシュンとお湯が沸いたので、止めに椅子から降りる。ヤジマが動く気がなさそうだからだ。
もうっ、ヤジマが何か作ってくれるんじゃなかったの!?
このヤジマという男に付き合ってたらいつもこうだ。
ヤジマのペースに乗せられて気が付いたらヤジマの思惑通りになっている。
それも才能の一種かしらねー?
「あ、セアラちゃん、俺、コーヒーね。砂糖とミルクは一個ずつ」
ほーらねっ。
「セアラちゃんっ!! 早く早く! これよこれっ」
勝手よっ!」
誰のコーヒーを淹れてると思ってるのっ!
――と思いつつ、手早くインスタントコーヒーを淹れるとヤジマの元に急いだ。
「見て見て、これこれ」
キラキラ瞳を輝かせているヤジマの顔からディスプレイに目を移す。
そこには見覚えのある、漆黒の髪と瞳をもつ男の顔が映し出されていた。
“英雄”
子供でも知っている英雄と云われる男。
どんな戦場でも、どんな状況でも、彼だけは生きて還ってくるから、陰では“死神”とも云われている。
でも、ヤジマは――
『あのね、セアラちゃん、どんな人間だって情報操作次第で神にも悪魔にもなれるのよ。それこそ“英雄”にでもね』
“作られた英雄“
いつか流れていたニュースを観ながらそんなことを云っていたのに。
何故、興奮しているの?
「彼が、どうしたの?」
言葉は慎重に。
失敗してヤジマにヘソを曲げられると聞き出せるものも聞き出せなくなるからだ。
もっともこんなに興奮していたら、そんな心配もいらなさそうだけど。
「会ったんだよっ!」
はあ?
「いやぁ、偶然なんだけどね、偶然」
ちょっと待って。
向こうは腐っても軍人でしょー?
そんな人とどうやったら偶然、会えるというのよ?
「仕事でさぁ、小さな村なんだけど、行ったのよ。そしたらさぁ、何でか知らないんだけど、いつの間にか戦闘が始まっちゃって、ありゃーマズいなーと思ってたら敵に囲まれてたのよ。そこを――」
助けられた、と。
はあ。
何をやっているの、何を。
気がついたら戦闘になってて囲まれていた、じゃないでしょう?
おんな危ない所へ行くなら、もっとこう、危機感っていうの? そんなのをしっかり持って行ってよ――って云ってもムダか。
ヤジマはどこか自分だけは何があっても大丈夫! みたいな根拠のない自信を持ってるし、抜けてるようでしっかりしているところもあるから・・・・・・まぁ、しっかりしているようで基本的なところが抜けてたりもしているんだけど。
とにかく、無事でよかった。無事で。
「いやぁ、とにかく格好良いワケよ。顔もキレ―だしさ。こんな写真よりも何十倍もいいのよ。何故、皆がキャーキャー騒ぐのか、わかったね!」
作りもの、って云ってたくせに。
子供番組の正義の味方みたいな猿回しの猿ってバカにしてたくせに。
そういえば確かに、ヤジマ好みの整った顔してるけど。
これで女の人なら――って、まさか?
まさか!?
「ヤジマ、ホモ!?」
思わず叫んでしまった。
「ブッ! 何でそーなる!? あのね、俺はフツーに女好きです! そうじゃなくてね、彼は強いから!」
ああ、そうか・・・・・この人は強いものに弱かったっけ。
子供の価値観なんだよねーって本人は笑ってるけど、ヤジマの強さに対する執着はちょっと異常だって思うくらい。
この間も、競馬で、デビュー以来負け知らずの凄い強い馬がいるっていうので、競馬友の会の会員にまでなったのに、その馬が一戦でも負けたら、「飽きちゃった」の一言でやめたほどだもの。
じゃあ、この”英雄“も一回でもヘマしたら飽きられちゃうのかしら?
それとも、ヤジマの中で綺麗に昇華されて思い出として美化されていくのかしら?
「あーあ、私も軍人になろうかな・・・・・」
「セアラちゃん? セアラちゃんも彼に会いたいの? 女の子だねぇ」
ムカッ。
ヤジマの見当違いな、ニヤニヤ笑いに何だか腹が立った。
「違うわよっ! 軍人になれば、人を殺してたくさんお金がもらえるでしょっ! だからよっ!」
そう、自信はあるのだ。
軍人になって武器の扱い方を教えてもらえれば、“英雄”のようにとまではいかなくても、そこそこ名を残せる自信は。
だって私には殺したい人がいるから。
その人に向ける殺意を他に向ければ良いだけだもの。
「確かにね、人を殺してたくさんお金をもらえる商売かもしれないけどね――って違う。そーじゃなくてね、セアラちゃんはダメ。セアラちゃんは真面目で誠実な男を見つけて、普通に結婚して幸せに暮らすの。間違っても俺みたいな男につかまっちゃダメよ」
どうして?
「何で私の人生、ヤジマが決めるの・・・・・」
「だって、セアラちゃんには幸せになってもらいたいんだもーん。だからよ」
だって、って。
だもーん、って。
アンタ、いくつよ?
「あ、でも、もしセアラちゃんがいきおくれたら、俺がもらってあげてもいいよ――っていうか、その時は是非、俺の面倒をみて下さい。お願いします」
そう云ってヤジマが頭を下げる。
矛盾してるし。
俺みたいなのにつかまるなって云ったのに、俺をもらえって。
どっち?
どっちが本当?
時々、どこまでが本気でどこまでが冗談かわからなくなる。
まあ、ヤジマの場合、全部冗談かもしれないんだけどさ。
ヤジマの、バカ。
それからヤジマはあまり、帰って来なくなった。
多分、ずっと、彼の“英雄”を追いかけ回しているんだろうけど。熱しやすい人だから。
でも、その分、冷めやすい人でもあるから熱が冷めて戻って来るだろう。いつかの馬のように。
私は、それを待っている。
だから、いくらママが私をいないように扱っても、気分次第で抱きしめても、平気。
ヤジマがいるから。
ヤジマは、きっと帰ってくるから、平気。
でも、ヤジマはちょっと抜けた所があるから、ヘマをしてないか、ちょっと心配ではあるけどね。
ヤジマ、何してるの?
カタン、と音がした。
一瞬、ヤジマが帰って来たのかと思ったけど、隣ではなく、この家の中から聞こえてきたようだから、違う、ヤジマじゃない。
ママ?
ママが帰って来たの?
しまった? ・・・・でも、ママが私の部屋まで来ることは滅多にないから、大丈夫。でも滅多に来ないママが来たら、ヤバイ時。今日は、どっち?
ドキドキしながら息を潜めていると、錯乱したようなママの声が聞こえてきた。
絶叫のような声で私の名を呼んでいる。どうやら今日はヤバイ時らしい。
うざい。
はっきり云って。
帰って来ないヤジマの部屋にいてもつまらないから、自分の部屋に戻っていたのは失敗だったかも。
「なぁに、ママ。どうしたの?」
悲鳴のような声に、嗚咽が混じるようになってはじめて、私のあきらめもつく。でも最近は、あきらめが悪くなっているような気もするけど。
「ああ、セアラ・・・・・」
私の姿を見ると、さらに嘆きが激しくなる。いつもこうやって彼女の泣き言が始まるのだ。
ここまでくるともう病気ね。
カウンセリングにでも行けばいいのに。
そして一生、病院にでもつないでもらえればいいのに。
ねえ、ママ、知ってる?
私がママを邪魔だって思ってて、殺したいと思ってるって。
普段は私を無視しているママが私を抱きしめて泣くたび、殺意と格闘してるって。
「ああ、もう駄目。生きていけない・・・・」
じゃあ、私が殺してあげるって云ったら、ママはどんな表情をするだろう?
もっと酷く泣くかもしれないから、そんなこと云わないけど。そんな面倒になること。
もし私がママを我慢しきれずに殺してしまったら、ヤジマはどう思うのかしら?
少しは悲しんでくれる?
それとも、もう私のことなんて忘れた?
でも、何で私ってこうなのかな?
普通は、親が泣いてなぐさめる子供がいても殺意をおぼえる子供はいないはず。
きっと何か欠けているのね・・・・・。
「ママにはセアラだけよ。セアラは?」
今だけね。
新しい恋人が出来ればすぐ、私のことなんか忘れるわ、ママ。保証する。
だって今までそうだったもの。
そしてその恋人とケンカするか別れるか、何かトラブルでもない限り私のことなんか思い出しもしないのよ。
どうでもいいことだけど。
「もちろん、好きよ。愛してるわ」
ああ、吐き気がする。うんざり。
最悪な朝。最悪な気分。
ママの醜態に付き合った翌日はいつもそうだ。
ママのお酒がこっちへ引っ越してきたかのよう。
・・・・・吐きそう。
キッチンに駆け込んで、ゲーゲー吐き出す。
別に何が出てくるってワケじゃないけど。
多分、これは精神的なもの。この状況を受け入れることは出来ないっていう合図かもしれない。
もうそろそろ限界なのかも。
「――わーかったから、放せって! ったくもう・・・・ぶつぶつ」
ヤジマ?
ヤジマが帰って来てるの?
部屋を飛び出して、隣の部屋へ向かう。
何だぁ、帰って来てるなら早く云ってよね。
ヤジマの、整っている割に能天気な顔を見たら、この最悪な気分も少しは落ち着くはず。
今日、学校を休んで正解だったわ。
「ヤジマ? いるの?」
・・・・・・?
何、この人たち・・・・・。
青い制服に身を包んだ数人の男たちが、ヤジマを取り囲んでいた。
「ヤジマ!? 何をしたの!?」
まさかまさかまさか、ヤジマが?
この人はちょっとお調子者でいい加減で女にだらしない所があるかもしれないけど、罪を犯すなんてことは――ある、かもしれない?
「だああっ! セアラちゃんまで! ひっどーい! ちっがーうのっ! 俺は無実だっ! 第一、最近はスピード違反すらしてないのよ。そういうセアラちゃん、学校は?」
「あ、休み」
自主的にだけどね。
気分、悪かったのも事実だから。体調不良ってことで。
「ふうん。じゃ、ちょうど良かったのかな。コレ、預かってくれる? 俺、しばらくココ、あけることになってさ。俺のママにもゴハン、あげといて」
合鍵? でも私、もう持ってる・・・・・。
前にママが男を連れ込んで、最初は二人でイチャイチャラブラブしていたのに、いきなりケンカを始めたのにうんざりして部屋を飛び出して、でも、ヤジマもその時いなくて、結果、廊下で夜を明かしたのをきっかけにもらったものだ。
だからヤジマがいなくてもヤジマの部屋に自由に出入り出来るんだけど・・・・・だけど、ヤジマは忘れちゃったの?
ちなみに「俺のママ」というのは、ヤジマの部屋に時々やってくる猫のことだ。
多分、このアパートの誰かが飼っている猫で、ヤジマが飼っているワケじゃないが、ヤジマとはもの凄く仲が良いらしい。
何故、猫がママなの? って訊いた時に。
『いやぁ、だって俺、親いないし、人としての基本的なことを教えてくれたのって猫なんだよね。だから猫が育ての親みたいなもんなの。まあ、いろいろ欠けてるってワケよ』
そう云って笑っていたのを覚えてる。
「ね?」
「う・・・・ん」
「じゃ頼んだ」
クシャクシャと私の頭を撫でて、というより髪の毛をワシャワシャにしてヤジマは部屋を出て行った。 青い制服の人たちに連れられて。
ヤジマ?
何処、行くの?
「ヤジマ!?」
追いかけて部屋を出て見ると、青い制服に囲まれてブツブツ呟きながら、ヤジマは階段を降りている所だった。
「すぐ、帰ってくるから」
片手を上げてヒラヒラさせながら、ヤジマが笑う。あの、能天気な笑顔で。
本当に?
すぐ帰ってくる?
帰ってくるの?
ほ、ん、と、う、に?
「ヤジマ・・・・」
早く、
帰ってきて――!
でも、それっきり二度とヤジマが戻ってくることはなかった。
生きているのか。
死んでいるのか。
何故、あの時、青い制服に連れられて行ったのか。
何もわからない。
わかっているのは、あの時、ヤジマが追いかけていたのは“英雄”ということ。
きっと“英雄”を追いかけていて、何か、マズいことにでも首を突っ込んでしまったんだわ。自分でも思ってもみないことで。
あの人は、猫に育てられたと云うだけあって、好奇心も猫並みにあったから。
あとさき、考えず首を突っ込んでしまって身動きがとれなくなってしまったんだわ、きっと。バカな人。
だから“英雄”はヤバイって・・・・。
政府をあげて作り上げた人形像だもの。ヤバイことの一つや二つ、あるに決まってるじゃない・・・・。
――何だって、そんなものを追いかけたのよ。
『だって、強いんだもーん』
どこからかヤジマの能天気な声が聞こえてくるような気がする。
『んー・・・・・俺の理想なんだよね。絶対的な強さって、もしあるのなら見てみたいと思わない?』
ヤジマが一体、“英雄”の中に何を見て、何を求めていたのかわからないけど、わからないけど、“英雄”の中に自分の理想を探していたのは事実。
――でも、それで自分の首をしめることになったんじゃないよー。
『・・・・・まぁ、それはそうなんだけどさ、いいじゃない。やるだけやったし、俺は後悔してないよ』
――アンタはそうかもしれないけどね。私は・・・・私は?
あの能天気な笑顔が見れなくなって淋しい。
もう二度と見れないの?
会えないの?
声も聞けないの?
――そんなの、イヤだ。
こんな、ワケのわからないままの状態で一方的に奪われたまま終わり、なんてイヤ。
サヨナラする時はきちんとヤジマの口から聞きたいし、私もサヨナラを云いたい。
だから、ヤジマが彼の理想を追いかけたように、私もヤジマを追いかけることに決めたのだ。
それでもし、自分の夢に喰われたとしても後悔はしないはず。ヤジマのように。
だから、ヤジマが心配したようなことは何も起こらなかった。
ママも殺さなかったし、誰も殺すこともなかった。軍人にもならなかった。
他人にすがって泣くことしか出来なかったママのことも少しは許すことが出来るようになった。
ママを捨てることによって。
でも、相変わらず私は弱肉強食のルールに生きていて、弱い者は強い者におとなしく喰われるべきだと思っているし(そんなトコはヤジマに感化されたのかも?)、ママのように泣くだけしか出来ない弱さをまだ全部許容できるような強さを持っていないから、ほんの、少しだけど。
――ヤジマ、私、ママを捨てたのよ。
――でも、そうしないと、私達、お互い、ダメになってた。ママを殺してたかも。
そう云うと、ヤジマはどんな表情をするだろう?
あの、いい加減だったけど、優しかった人はどんな反応をしただろう?
困ったような表情をして「ダメだよ、セアラちゃん、そんなことを云っちゃ」とたしなめる? それとも「でも殺さなかったんでしょ? 偉い偉い」とほめてくれる?
どっちでもいい。
会って話したいことが山のように。
だから――
――絶対、見つけ出してやる。
終
少女 あぷろ @apuro258
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。少女の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます