少女

あぷろ

私の、美しい金魚




 ふうと私は息を吐いた。

 初夏の日差しは強く、店の中に入るとホッとする。

 今、私は車で3、40分の所にあるホームセンターのペット用品売り場に来ていた。

 いつもは車で15分ぐらいのドラッグストアに猫のオヤツを買いに行っからているのだが、今日はそのホームセンターの近くにある洋菓子店から新商品の案内ハガキをもらい気分も乗ったため、このホームセンターにまで足をのばしたというわけだ。

 ペット用品の売り場は、本館とは別の建物で一階は犬・猫などのフード売り場、二階は犬・猫・ウサギなどの生体を売っていた。

 せっかくここまで来たのだからと、二階を冷やかしてオヤツを買って帰るのがいつもだが、この時期は一階の奥の方にある熱帯魚とかのコーナーを見て回るのがお気に入りだ。

 朱い金魚が水の中を泳ぐのは楚々として可愛い。

 でも、私は一番美しい金魚を知っている。

 あれは、もう数年前になるだろうか。

 仕事の帰りに通勤定期を更新した後の事、駅に金魚の展示会の案内が貼ってあった。

 場所は駅から近く、次の電車まで時間があったため、ちょっと行ってみるかという気になった。

 日も長くなった季節のため、まだ明るかったせいもあるだろう。

 でなければ猫に帰ってくるのが遅いと文句を云われるため真っ直ぐ帰るところだ。

 そこは駅に隣接しているショッピングセンターの第二ビルで、英会話教室とかが入っているような場所だった。もちろん英会話を習っていない私が普段は立ち入らない。

 その細い階段を上っていくと、受付所があって、しかし無人だった。

 一瞬ためらったものの入場は無料と書いてあったためそのまま入場する。

 何か云われたらその時はその時だ。

 暗幕が張ってあるためか薄暗かったがその分照明とも相まって幻想的だった。

 これは、あれだろうか・・・・・・最近流行っている金魚を美しく夢幻的に見せる展示会なのだろうか・・・・・・? 普通の展示即売会ではなく・・・・・・?

 それにしては人がいないのが気になる・・・・・・と思いつつも、水槽の中でヒラヒラと泳ぐ朱に惹かれて近づいて行った。

 まあ、たまたま夕方だし、人がいないのだろうと思って。

 だが水槽の中にいたのは厳密に云えば魚ではなかった。

 赤や黒や色とりどりの着物を着た少女たちだった。

 ・・・・・・なるほど、金魚。

 驚くよりも何よりも納得したのを覚えている。

 こうして見るとなかなか金魚も愛らしい・・・・・・。

 子供の頃、夜店で金魚すくいをした思い出しかない私でも、そこの金魚には目を奪われるものがあった。

 一つ一つ眺めていって、そして彼女を見た。

 彼女は一際美しい金魚だった。

 年の頃は17、8ぐらいだろうか。

 赤一色の着物を着て、伏し目がちの表情が角度によっては微笑んでいるようにも見える・・・・・・。

 「ほぅ・・・・・・」

 思わず息がもれるほど美しかった。

 しばらく見惚れていると、スッと隣に誰か立ったのがわかった。

 それでも構わず眺めていると、その相手から声をかけられた。

 「・・・・・・そんなに気に入られたのなら、どうです、お部屋に飾ってみては?」

 男だった。

 男は、物腰がスマートで、まるで英国紳士のようだった。

 「あ、いえ・・・・・・うちには猫がいますし・・・・・・それに置く場所もないですし・・・・・・」

 いくら彼女が美しく気に入ったにしてもこんな大きな水槽は置けない。

 「そうですか・・・・・・」

 残念そうに云う男に申し訳なくなって、せめてもとポストカードを買って帰ったのだった。

 それ以来、この時期になると思い出しもう一度観たいと思ってはいるのだが、なかなか巡りあえていない。

 こうして普通の金魚を眺めているばかりだ。





                    終

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