曇りときどき、降るイケメン
匿名の匿
曇りときどき、降るイケメン
目覚める前の朝なんだか夢なんだかわからないふわふわした時間にわたしの枕元に神様がやってきて「私は神だ」とか言ったらさすがに自分の精神状態疑うけどその神が「お前の欲しいものを一つ思い浮かべなさい」とか言ったら叶うかどうかなんか別にしてとりあえず思い浮かべておく。外れても困るってことはないしっていうかどっちかというと当たった方が後で困るかもしれないけど困ったって別にいいかなと思ってぽーんと思い浮かべたのはイケメン・Sokshy Zoneの則島教人くんだった。自慢をするつもりはなくても自慢になっちゃうんだけどわたしの顔がいいっていうのは数年前に全国高校生美少女コンテストに応募して最終選考にまで残ったからわたしのJK姿が全国区で映像になって流れてて、そのアーカイブとか写真とか今でもググればすぐに見れるようになっているからそれを見てもらえればいい。わたしがカワイイっていうか普通に全国区レベルで公認されてるような美少女だってことはわたしが言ってるんじゃなくて日本の偉い人だかテレビの人とか美少女飽きるほど見続けてきた人たちに認定された事実なのだ。わかる。あの頃は毎日鏡見ながらそりゃー残るよなこんなカワイイ子他にいないしって思ってたし、コンテスト優勝したのは別の子だったけどそれからテレビのお偉いさんとかがわたしのところにきて「僕は君の方がかわいいと思ったけどね」なんて言ってたから最終選考に残るレベルならあとはもう個人の好みの差でしかないんだなとわたしは思った。ってことはわたしは日本一かわいいJKだったわけだけど付き合う男がどれもこれもイケメンからは程遠くてなんかわたしの周りに虫よけスプレーみたいにイケメンよけの匂いとかぶわーって出てるのかと思うぐらいわたしの人生はイケメンと縁がない。イケメンなんて好きじゃないし怖いしって子も同級生にいたけどそれは自分が釣り合わないからとか思ってるからでわたしはイケメンとこそ釣り合うと思ってるのになぜか今まで話しかけられたりした経験もほとんどない。テレビに出た時に俳優さんに声をかけられたけどそれぐらいで、それも番組の進行上の流れだったから計算には入らないと思う。楽屋ですれ違った時には目も合わされなかったし。高校では一番のイケメンと言われてた大崎くんの彼女は美奈ちゃんっていうわたしの知り合いの知り合いのそのまた知り合いで実はわたしのコンテスト参加を妬んでずーっと一人でわたしを敵視してたとか噂もある子で、その子は美人と言えば美人だったけど鼻の先がつるっとして丸くてよくそこだけ赤く日焼けしてたのをわたしは思い出してしまう。トナカイみたいだった。トナカイでもイケメンと付き合えるんだなーいいなーイケメンって思ってるわたしは本当にこれまで生きてきてクラス一のイケメンとか学校一のイケメンとか友達の友達の友達にもなったことがない。二番三番で妥協してもいいやって思ったりしてもその二番三番もどうやったら話しかけられるのってぐらい縁もタイミングも乏しくて、だからクラスの友達とかは七海はさーどんなイケメンとでも付き合えそうなのにあんまりイケメンとか好きじゃないよね、私が七海の顔だったら小坂くんとか大崎くんとかにいきなり告るけどなーとか言ってたけどわたしだって自分がわたしじゃなくてわたしの顔だったらそうしたかった。でも「したい」からって「できる」わけじゃない。頭の中でどんなに「できる」と思い込んでもいざやってみると全然そうならないことは世の中にはいくらでもある。わたしにとってイケメンに話しかけるっているのはそういうことの一つでそれは十九年そうだったんだからもう生き様? みたいなものでそう簡単には変えられないのだ。だからそういうわたしの切迫感みたいなものがこんな夢を見せているのかもしれないしわたしの十代もあと数か月で終わるんだから今のうちにイケメンをって藁にも縋る思いがあったのかもしれない。でもまさかこの神が藁みたいなものだとは思ってなくてっていうのもわたしが全力で集中してSokshy Zoneの則島教人くんの顔を思い浮かべてたら神もうんうん唸りながら眉間を親指でぐっと押して「それは」とか言い出したのだ。「実在しますか」「はい」「動物ですか」「まあ、動物のうち」「人間ですか」「はい」「女性ですか」「男性です」「何かグループに所属していますか」「はい」「そのグループは紅白歌合戦に出ていますか」「はい。去年は落ちちゃったけど」「髪の毛が赤いですか」「いいえ」「イケメンですか」「はい」
「わかりました」と神は言った。「それは元SMOUPの猫柳力司ですね」いや違いますっていうか世代が全然ずれてるしイケメンには違いないけど下手したら30ぐらい年の離れた人と付き合う趣味はわたしにはないですっていうかお前あれじゃんあの魔人じゃん・ウザってわたしは思う。神は意外そうな顔をしてそれから「まだ挑戦しますか」とか言い出したので「いやいいですっていうか当たらないともらえないんですか」と聞くと「いや、思い浮かべてさえいれば良い」。じゃあいちいち聞かんで最初から叶えとけよ・ボケってわたしは思わず大声を出してしまったけど神は全然動じないしまた偉そうな口調に戻って「強く思い浮かべるのだ」とか言った。「思い浮かべたら今ここに出てくるんですか」とわたしが聞いたら神はなんか厳粛に杖みたいなのどんと床に突き立てて(さっきまでそんなの持ってなかったくせに)「いや、降ってくる」とか言い出したからわたしは「どこから?」って聞いた。「天から」それを最後に神は姿を消した。消えたのもわからないぐらいあっという間にいなくなっていてわたしが時計を見ると朝の四時だった。外はもう明るくなっていた。でもあと三時間寝れるのにこんな早く起きる気はなかったし今だって夢かもしれないしと思いながらわたしは毛虫みたいに布団にもぐりなおして眠った。Sokshy Zoneの則島教人くんが起こしてくれる夢を何回か見たような気がしたけど起きたらその夢の通りになっているなんてことはなくて普通に目覚ましに七時に起こされた。
ずるずる布団から抜け出してふらーっと鏡に向かってくのがわたしの日課で一人暮らしで誰に見られるわけでもないけどそこでまず寝癖を軽く整えたりする。今日は疲れてるなーあんな夢みたからかなーってわたしの目の下にははっきり隈ができてて夢で悪魔とやばい契約でも交わしたみたいだった。あんまりこんな顔になったことないからわたしはついつい長い間鏡を見てしまったけどその鏡にはわたしの部屋のベランダに通じる窓が映っててそこになんか人影がばさっと現れ、なんかすごいどさって音が足に響いた。わたしは半端じゃなく嫌な予感がしてしばらく身動きが取れなかった。ベランダに何か落ちたのは間違いないしあの神の言うことが本当だったとしたらSokshy Zoneの則島教人くんは天から降ってくることになっていたし、でも天から降ってくるって言ったってこれじゃただ落ちてきただけだ。受け身とかとった感じもなかったしベランダを確認するのがわたしはすごくこわかった。でもこわくなるとこわいもの見たさもあってそれにそのまま放置して大学に行くわけにもいかなかったしどうしようと思ってとりあえず洗面所に行って軽く化粧だけ済ませてぴゃーっと戻ってくると瞬殺で着替え、ベランダの窓に手をかけて、呼吸を整えた。Sokshy Zoneの則島教人くんでありますように。せめて生きてますようにと思って窓を引き開けた。Sokshy Zoneの則島教人くんかもしれないしそうじゃないかもしれないものがベランダに転がっていた。手足は折れ曲がってたけどとりあえず体についててでも顔がもうわからなくなっていた。つぶれたハンバーグみたいなのが首からちぎれかけて転がっていてそれがSokshy Zoneの則島教人くんなのかどうか確認する勇気はわたしにはなかったしなんなら今ここで悲鳴を上げて逃げ出したかったけど意外にもわたしは冷静で部屋に引き返して警察を呼んだ。人がベランダに降ってきたんです誰なのかどこからなのかはわかりませんでも即死みたいでした。検死の結果Sokshy Zoneの則島教人くんだってわかったらどうなるんだろう。Sokshy Zoneの則島教人くんだったらテレビで訃報とか流れるんだろうなってわたしは思ってそうしたらテレビを見たくなった。わたしの部屋にテレビはなかったから隣の部屋の明子さん(年齢不詳・超美人)にお願いしなくちゃ見れなくて、明子さんは夜中に帰ってきて昼起きるような生活の人だからこんな時間に起こすのは悪かったけどわたしは気が付いたら明子さんの部屋のインターホンを連打してた。明子さんがわたしとわかってドアを開けてくれるとすぐにわたしは猫みたいにわしゃーっとなって明子さんの部屋に飛び込んでわけも言わずにテレビを点けた。明子さんが眠そうなふにゃふにゃ声でなに、こんな時間にって言ってるのがかわいかったけれどテレビの中では普通にSokshy Zoneの則島教人くんが今日のエンタメ情報コーナーに生出演していて今日もイケメンだった。え、何、きみ則島くんのファンなの? とか明子さんが聞いてくる。芸能人好きならテレビぐらい買いなよって言いながら明子さんはベッドに戻りそこに鍵あるから用が済んだらかけて、郵便受けにでも入れといてと言うとあっという間に眠っていびきをかきはじめた。わたしも長居するわけにいかなかったしすぐその通りにしたけど部屋に戻ればまたSokshy Zoneの則島教人くんらしき遺体と二人で時間が妙に長く感じられた。警察が来たのは七時三十分になったぐらいの時間だったのにわたしは起きてから三十分の長さが半日ぐらいにも感じられたし警察が帰った後には目の下の隈はますます濃くなっていた。遺体は消防車ですぐに回収するって話だった。後で署まで来て話を詳しく伺いたいとは型通り言われたけど、とりあえず今は大学に行ったりしても全然構わないし、特に何もないならお疲れでしょうからお休みになった方がいいでしょうって警察は帰り際に言っていた。でも消防車が来るまでまたこの部屋でSokshy Zoneの則島教人くんらしき遺体と二人きりの時間を過ごすのは無理だと思ったからさっさと着替えを済まして大学に行くことにした。途中コンビニに寄ったけれど食べ物は全部無理だった。野菜ジュースですら吐き気がした。わたしは水だけ買って出た。第二波はその時来た。
なんか遠くからひゅーんって音がしてそれがどんどん大きくなるからなんだろうって目に片手をかざして上を見たらどんよりした曇り空を背景に黒い影が視界をしゅっと上下に過ぎ去ってすぐさまどさっとコンクリートに叩きつけられた。周りで誰かの悲鳴が上がってわたしはでもすべてが予想できていたからゆっくりと死んだみたいに視線を動かしたら見えてきたのは手足が折れ曲がって埴輪みたいになった身体と今度はしっかりちぎれて転がった血まみれの頭だった。コンクリートだし直接地面まで落ちてきたからかベランダで見た遺体よりさらにぐしゃぐしゃで胴体も胴体の形は保っていたけどミンチみたいにぐずぐずだった。多分これもSokshy Zoneの則島教人くんなんだろうとわたしは思う。わたしの後ろからコンビニを出てきたOLさんらしいスーツ姿の女の人も「え、あれ、Sokshy Zoneの則島教人くんじゃない」って口に手を当てながら途切れ途切れそう言った。そしたら停まってたトラックからジャージ姿のおじさんが出てきて「あれ、Sokshy Zoneの則島教人くんだよ」と大声を出した。「今テレビに出てるけどそっくりだ。本人だよ」おじさんの言ってることは矛盾しているけどその矛盾はついさっきわたしも経験したばかりだからよくわかった。おじさんのトラックに人が群がってきてみんなそのカーナビのテレビに映っているSokshy Zoneの則島教人くんとそこに転がっているSokshy Zoneの則島教人くん(ミンチ)とをじっくり見比べて「そっくりだ」と言い合った。警察が来てさっきのOLさんが「あれ、Sokshy Zoneの則島教人くんですよ」と言った時警察は笑ったけれどその中の一人の若い男性警官が「あ、これあの時のステージ衣装だ」と言ってそれで顔が一気にさーっと真っ青になった(けど、倒れたりはしなかった)ので本当にそれがSokshy Zoneの則島教人くんなんだってことになった。でもそのSokshy Zoneの則島教人くんは今もテレビに生で出てしゃべってるんだけど誰もそのことは気にしていないらしかった。それからそんなに経たずにまた第三波が来た。で、第四第五第六波もすぐに続いた。どれもわたしの周囲で起こったことだけど、そのたびに大騒ぎになって、そのたびにわたしは事態に慣れていった。ああ、またSokshy Zoneの則島教人くんかぐらいにしか思わなくなってきた。降ってくるのが当然になったらもう雨でも降るのとあんまり変わらないし、とりあえず自分に当たらなければ危害もなかったから気にしなければ良いだけだった。テレビでSokshy Zoneの則島教人くん自殺か、なんてニュースが一瞬流れたけど本人が生きてるしついさっきまでテレビに出ていたしワイドショーでは直接電話で本人がコメントしていたからある意味誤報ってことになった。わたしはその昼大学をサボって明子さんの部屋にいた。二人でテレビを見ながら明子さんの作ったインスタントラーメンを食べた。
警察からは「もうこれだけ同じ事件が続いたら、あなただけに話を伺っても仕方ないので、わざわざおいでいただかなくても大丈夫です」と電話で告げられた。Sokshy Zoneの則島教人くんはすでにわたしの周囲に限らず見境なく降ってくるようになっていて、そうすると半日ぐらいの内に人々は単なる自然現象みたいに捉え始めていた。パニックになったって何したって結局降ってくるならそういうものだと思うしかないのだ。明子さんの作ったラーメンは市販品なのに隠し味でもあるみたいで信じられないほどおいしかった。二人でスープまで完食しながらテレビを見ているとまたベランダでどさって音がした。明子さんの部屋の窓ガラスに血が飛んで染みができる。
「イケメンも降って来られると迷惑だねー」
「本当にねー」
とかいってその日はずっと明子さんの部屋に入り浸った。明日は晴れたらいいなとか思いながらわたしはその夜は明子さんのベッドで寝た。
曇りときどき、降るイケメン 匿名の匿 @tokumeinotoku
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