耳鳴り

@ito810

第1話俺様の猫と影だけの男

「あのこが、ないている…」

「たすけに…ぼくが、たすけに…」

「からだ…うごいてくれ…うごいて…」

「おねがいだ…あのこが、ないている…」

 パシャン、夕日に照らせている川に小さな波紋が、広がった。真っ白い毛並みの猫が、川に飛び込んだのだ。まだ、寒さの残るこの季節なのに何のためらいもなく犬かきならず猫かきでスイスイと泳いでいる。

ふわふわの毛並みが、一瞬でペタンコになって身体全体にはりついている。

川岸から10mほど泳いだ先に、手作りのような布製の男の子の人形がプカプカと浮いているのが見えてきた。近くまできた白い猫は、数分間その人形を見つめていた。泥やらでひどく汚れている。本来の生地の色もわからないほどだ。

おまけに、あちらこちらで、縫い目がほつれて身体に詰めていた綿が、むき出しになっている。

野良犬にでもかじられてしまったのだろう手足が、とれかかってぶらんぶらんしている。

目の代わりに取り付けていた釦も縫い糸が、ほつれて口のところまでぶら下がっている。いつ、とれでもおかしくない状態だ。

「お前、そうとう悲惨な状態だな。」

白い猫は、ぽつりと言うと人形にそっとかぶりつき岸の方に戻って行った。

プルプルっと川岸に戻った白い猫は、全身を震わせて濡れた毛を乾かしはじめた。

人形は、白い猫の足下に置かれている。

「安心しろ、お前さんの声は、俺様にちゃんと聞こえているからな。」

白い猫は、前足を舐めながら優しく呟いた。

だが、人形は、何も答えない。

再度、全身の毛をブルブルっと震わせた。

再び、そっと人形くわえて川岸に沿って歩きだした。

いつの間にか日も暮れて、まわりが暗くなってきた。

月の光だけが、白い猫の行き先を照らしてくれた。

白い猫の足が、止まった。そこは、廃校になった小学校の校舎の前。校門の門の下をくぐり、運動場の真ん中辺りまで来たところで人形をそっと地面に置いた。

口の中に泥やむき出しになっていた綿が入ってたのを我慢していたのだろうゲホッゲホッとしばらく咳き込んでいた。

「おーい。ム、居るのか?」

白い猫は、まだ、咳き込みながらも誰かを呼んでいる。

「おい、もうしばらくの辛抱だからな。俺様とムで、お前さんのあの子を助けてやるからな。」

地面に横たわっている人形に向かって優しく呼びかけた。

「お待ちしてましたよ、ネコ。屋上に居ますよ。」

暗闇の中から姿はなく声だけが、聞こえてきた。

「ケッ、俺様に屋上まで来いとは!ムの奴!」

少しイラつきながらも人形にたいしては、優しくそっとくわえて、ムが、開けといたと思われる窓から校舎の中に入っていった。

真っ暗な階段を一段一段歩いて行く。

猫なので暗闇でも平気だ。

時折、階段の踊場の窓から月の光が、白い猫と人形を優しく照らしてくれている。

「ネコ、お疲れさまです。」

白い猫が、屋上に着くとねぎらいの声は聞こえて来るのだが、姿が見えない。白い猫は、一先ず人形を足下にそっと、置いた。

その時、雲に隠れていた月があらわれ屋上を照らし始めた。

「わたしは、ここですよ。」

その声とともに白い猫の前にあらわれたのは、人のシルエット…人の影が、3Dアニメのように動いている。

「ム。相変わらず、どこに居るのかわからない奴だな」

「ネコ、仕方ないじゃないですか。わたしたちのようにこの世に生きていないものは、月の光の下でしか動くことができないのだから。でも、不思議なのは、ネコもわたしたちと同じはずなのに。太陽の光の下でも動けているんですよね。」

「ケッ、俺様は、唯一無二の俺様の猫だからな。お前らとは、格が違うんだよ。」

白い猫は、誇らしげにしっぽを上げて自慢げにムを見て言った。

「ネコに聞こえていた声の主は、その人形ですか?」

影だけの男は、ムと言うらしい。白い猫には、名前がないのだろうか?

「大分くたびれているけど、俺様には、しっかりとこいつの声は、聞こえた。」

「分かりました。人形さん、わたしとネコが、あなたのあの子を救いだしますから安心してください。」






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