第596話 私たち

「アース……」


 クロンは目を疑った。

 初恋の相手。

 離れてからも想いが募り続けた相手。

 鑑賞会での日々が余計にその想いを加速させた。

 またいつか必ず再会し、生涯共にあり続けたいと思った相手が、まさに目の前に現れたのだ。


「き、貴様らは……ぐっ……ナゼ……」


 オツの表情が歪む。

 クロンとしては、同じ暁光眼を持つオツの見せている幻ではないかと一瞬疑ったほどだが、オツの反応からしてそうではない。


「うわぉ……ほんとにヤミディレがいるし……」

「それと……ふむ、何だか十数年前に見たことあるような気がするのも何人か……」


 しかも現れたのはアースだけではない。

 オツを殴り飛ばしたエスピ。

 一瞬で海の上に巨大な鉄甲船を作り出したスレイヤ。

 さらに……



「こんな形でヤミディレと再会するとはね……」


「うわぁ……あれが本物のクロンさん……実物見たらさらにすっごい可愛くてキラキラしてて……見れば見るほどアース様とお似合いだよぉ……」


「ふむ、しかしこの状況……ショジョヴィーチ殿? ん? んん? あのダークエルフ……ん? って、それよりアミクス?! 何故お前まで?! ま、まさか、巻き込まれて?!」



 ガアル、ラルウァイフ、そしてアミクスまでも登場。

 アースだけではなく、その面々は鑑賞会で十分世界に知れ渡った面々である。



――なぜここに?



 誰もがそう思っていた。



「ギガサンダーストーム」



 そんな戸惑い、驚き、状況が理解できずに混乱するクロンたちに向け、虚無のヨーセイは空気も読まずに構わず大魔法を放つ。

 空全体が荒れ狂い、その影響で海まで大きくうねる。

 まさに天地雷鳴、全てを破壊する巨大な力。

 だが、クロンの前に現れたアースに慌てる様子は一切ない。

 それどころかチラッと振り返り、クロンを見て……



「クロン」


「ッ、あ、あぁう……アース……」


「ヤミディレも」


「っ、貴様、な、なぜ、ほん、もの……か?」


「ブロも」


「おお! かー、お前、タイミング良すぎじゃねえかァ? どっかで見てタイミング図ってたんじゃねえだろうなぁ!?」


「ヒルア」


「んあぁああああああ、んああああああ!」



 クロンに、ヤミディレに、ブロに、ヒルアに、再会できた友に対して嬉しそうに笑った。


「あと……なーんか、トウロウたちまでいるしよぉ! んで、他にもどっかで見たことあるような……クロンの友達?」


 さらに、クロンたちのついでに助け出した、アースにとっては懐かしのトウロウやら、さらには過去に出会っているショジョヴィーチやマルハーゲンなど、アースも実は関係や経緯が良く分かっていない状態。

 どういう組み合わせなのかと不思議そうにしているが、そんな余裕はないとマルハーゲンが叫ぶ。


「お、おい、ヒイロの息k――――い、いや、違う……そう、アース・ラガンくんよ! と、とりあえず、上! あやつ、魔法を! しかもギガ級の! アレはまずいぞい!」


 そう、現在世界で最も有名な男となっているアースの登場に驚きながらも、状況が状況である。

 深海の姫。

 巨大な亀。

 さらには、大魔法を放とうとしているヨーセイ。

 危機的状況であることには変わりはない。

 だが……


「問題ねえ! だろ? クロン!」


 余裕というより、自信。

 確固たる自信に満ちた表情で宣言するアースに、クロンは一瞬で全身が熱くなり、そして高揚して震え上がりながら、自然と笑みを浮かべて立ち上がった。


「もちろんです! 何故なら、あなたなら――――」


 幻ではない。

 本物のアースだ。

 それが分かった瞬間、クロンは興奮が抑えきれなかった。



――アース、あなたなら何でもできます!



 と、かつてのように叫ぼうとした。

 しかし、今はもうそうではない。

 立ち上がったクロンは、アース手を掴んでギュッと握りしめた。

 今度はアースがクロンの行動に少し驚いて呆けるが、クロンもアースのように確固たる自信に満ちた笑みを浮かべ……



「私『たち』なら何でもできます!」



 その言葉にアースは、別れた時のクロンと根本は変わらないが、あの時よりずっと逞しく強くなっていることを理解した。

 そして、かつて二人でバサラに挑んだ時を思い出し、アースも頷いた。



「ああ、そうだ。何でもできるのは……俺じゃねえ……俺たちだ!」


「はいっ!」



 そのまま手を握りしめたまま、二人は唸る。

 本当なら、たとえギガ級の魔法が降り注ごうとも、今のアースならば一人でもどうにでもできた。

 しかし、それでもこの瞬間は特別に、かつてのように……



「いくぜ、クロン!」


「はい、あの時のように……いいえ、あの時以上に!」


「そして、見せてやるぜ、テメエらに!」


「刻んでみせます!」


「俺たちを!」


「私たちを!」


 

 触れ合いながら、アースの両手には超巨大な螺旋の渦。

 それは、かつてバサラに叩き込んだ時よりも遥かに洗練され、そして勢いを増している。


「ちょっとお兄ちゃん、クロンちゃん! その私たちの中には当然私もぉ……ううん、今は……ふむふむ」

「うーむ、先にシノブに会っていたので心苦しいが……これは……お兄さんとクロンの二人が並んでいる……これはこれで絵になる」

「ふふふふ、アレに僕ら天空世界は心を穿たれた……もう一度見せてくれたまえ」

「わあぁあ、鑑賞会でやってたアレ! アレだよね? アース様とクロンちゃん……羨ましくて妬けちゃうけど、でも、わくわく!」


 そんな二人を、駆け付けたエスピやスレイヤたちは目を輝かせ……


「おお、妹分がメチャクチャ活き活きとしてんじゃねえかよぉ! なんつーか、割って入れねえような二人だけの世界作りやがってよぉ!」

「んあぁ! すごいのん! でも、分かるのん! 僕もワクワクと、涙がちょちょぎれなのん!」


 ブロとヒルアも……


「あのとき……ワシをノジャから救ってくれた……あのときのヒーローが……こうしてまた再び……」

「ったくよぉ、すげー登場しやがってよぉ! で、あたいとダーリン並にラブラブじゃねえかよぉ、二人とも!」

「すごい! だって、あの人がいなければお父さんもお母さんも結婚してなかったし、私たちも生まれてなかったって考えると……そんな人と並んでクロンちゃんもすごい輝いてる!」


 マルハーゲン一家も……

 

「イケ」


 トウロウたちも胸を熱くし……


「ヒュ~……アレがもはやわっちらの宿敵であり大将のお気に入りでもある、アース・ラガン……つか、何をわっちの前でイチャコラしてんだゴラアアア!」


 本来であれば敵となるはずのドクシングルも……


「これが……新時代カメ……」


 ゲンブすらも目を離せない。

 そして……



「アース・ラガンが……ということは……『あなた様』もそこにいらっしゃるのですか? この光景をご覧になられているのでしょうか? アース・ラガンに問いたいこと、聞きたいこと山ほどありますが……もし、『あなた様』がそこにいらっしゃるのであれば……いかがでしょうか?」



 ヤミディレも感極まったように涙を浮かべながら……



「あなた様が手塩にかけて育て、想いに応え、誇りにすらなった男と並ぶに相応しい……そんな娘になっているかと思いますが……」



 その独白のような問いかけに、ただハッキリと……



『ふん、色恋については余は何も言わんが……この光景……悪くはない。そして何よりもそなたが……再会したときはオツと同じような目をしていたそなたが……過去ではなく今と未来を生きる目をしていることが何よりも――――』



 そう答えた。



「「超大魔双螺旋・アース&クロンスパイラルブレイクストリームッッ!!!!」」



 次の瞬間、空へ向かって放たれるその螺旋の渦は、ヨーセイが放った雷も嵐も一瞬で打ち砕き、雲ごと消し飛び、空は満天の星空が一面に広がった。


「………………」


 大魔法を打ち砕かれても虚無のヨーセイは無表情のまま。

 しかし、次の行動を起こさない。

 それは、今ので魔力をほぼ使い切ってしまったからだ。

 そして何よりも、ヨーセイの動きを司っているオツも言葉を失っているからだ。

 
















「ひはははははは、いやぁ~、まさに激烈パナイタイミングで撮れ高パナイねぇ~。つか、自分に惚れてる男や未亡人や独身筋肉の前でイチャコラとか、エグイねぇ~」


 そんな、アースとクロンの合体技を嬉々と撮影するパリピ。


「さ~って、あの頭イッてるメルヘンヒステリ深海ババアやら亀をからかったり、ボスへ挨拶……ン? いや、待てよ……」


 この大騒ぎの祭りにもなりそうな興奮場面。

 自分も参戦して一緒に盛り上がろうとしたパリピだが、そこでピタリと止まった。

 それは……


「……ボスとクロンちゃんの再会……恐らくは、色んな糸がブチっと切れたクロンちゃんがハイパーイチャラブ恋モードに突入間違いなし……チューぐらい普通にするかもしれん……それに関わるヤミディレの姐御やら、それを将来の嫁候補審査するエスピとスレイヤ……さらには乙女モードに入っている王子は? 爆乳エルフはどうする?」


 ここから起こるであろうアースやクロンたちのドタバタを頭の中で思い浮かべるパリピ。

 そしてそれを考えた上で、もしここで自分が乱入したらどうなるか?


「たぶん、これまでの鑑賞会からもボスはオレに対して超警戒するだろう……それこそ、ボスと共にあると思われるあの御方も……ヤミディレの姐御もネタ提供しないようにガードするだろう……」


 パリピは分かっていた。

 自分が登場すれば、鑑賞会のネタにされて世界中に晒されてしまうということを恐れてアースたちは警戒するだろうということを。

 だが、それならば……



「オーケー、ボス。お邪魔虫はそう簡単に皆の前に出ず、陰から盗撮……見守ることにしよう! さ、存分にイチャイチャしろい、ヒハハハハハハハ!!!!」



 自分の存在を認知されていない状況をむしろ利用しようと決め、アースたちから気づかれぬ距離で隠密行動することを決めたパリピだった。


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