第595話 本物にしか見えない

「誰です!?」

「分かんねー。だけど、あの目……」


 クロンやブロたちにとっては状況が理解できなかった。

 突如現れた謎の女。

 人間ではないが、美しい女。

 ただ、その瞳はクロンと同じ暁色に染まっていた。


「さあ、やるがよい器よ。全てを手放し願いを叶えよ。その果てに、わちしの願いも成就される」


 クロンと同じ暁光眼。しかし、その表情はクロンと明らかに対照的で、狂気に満ちている。


「オツ……」

「うわ、これはこれは」


 ヤミディレ、そしてドクシングルも表情を硬くし睨みつける。

 クロンたちと違い、二人にとってはよく知った旧知。

 だが、そんな二人に構うことなく、現れた女……オツは、ヨーセイに命ずる。



「まずは邪魔なものを蹴散らし戦闘不能にしろ」



 その命令に対して、ヨーセイは何も発しない。

 表情を一切変えない。

 それを見て、クロンたちはゾッとした。


「そこのあなた、何者なのです! ヨーセイに何をしたのです! 心がおでかけしてしまったかのような……ヨーセイをどうしたのです!」


 ヨーセイは良くも悪くも自尊心、虚栄心、その果てで怒りや憎しみなど多くの感情をこれまで曝け出していた。

 しかし、今のヨーセイからは何も感じない。

 ただの「無」であることに、クロンたちは震えた。



「くっ……答えるのです! さもなくば……暁光眼! 荒れ狂う大津波に飲み込まれちゃいますよ!」



 いずれにせよ、オツの存在は紛れもなく敵である。

 話を聞く気もない。

 それを察知したクロンは自ら暁光眼の力を発動し、オツに魅せようとする。

 だが……


「あ、クロン様! なりませぬ! あやつにソレは――――」


 ヤミディレが慌てて叫ぶが、一歩遅かった。

 オツはチラリとクロンを見て、そしてその瞳の力を解放。



「半端な人形は黙ってろ……暁光眼・魔幻炎上」


「ッ!? わ、あ、え? 私の幻術が……飲み込まれ……っ!? 上書きされて跳ね返され……あ、あああああああああああああ!? 火が、わ、私を!? 」


「クロン様ッ!? 飲み込まれてはなりませぬッ!」


 

 突如悲鳴を上げるクロン。 

 その身には何も起こっていない。

 しかし、クロンには「見えて」いるのである。



「炎に焼かれ、無数の蛇にその身を拘束され、腐臭漂うゴミのような雄たちに精神崩壊するまで犯されているがよい……暁光眼――――」


「くっ、コンジョーですっ! ドコンジョー! 私なら、できます! プラシーボキアイダッ!」


 

 地獄のような幻術を重ねがけしようとするオツ。

 一方でクロンは、頭を抱え、必死に叫び、そして海に映った自分の顔を見て、自分自身に暁光眼の力を使う。

 自分に自分ならできるという暗示をかけ、精神力でオツの放った幻術を振り払う。

 しかし…… 


「はあ、はあ、はあ……っ、何という力です……はあ、はあ……それに、あの御方の目……」


 ほんの数秒でやつれた表情になり、そのまま疲弊して腰を抜かしてしまうクロン。

 その視線の先には、オツの瞳。

 それは自分と同じものであり……



「おい……出来損ないの作られた人形が、まさかわちしに対して同じ目を持っているとでも思ったか?」


「え……」


「わちしが本物の暁光眼……お前のものは所詮作り物だ……偽物め」


「ッ!?」



 一方でオツは認めない。

 クロンにそう告げ、自分こそが「本物」であると宣言し……


「やれ、器」

「メガメイルシュトロームアクア」


 オツはそのままヨーセイに命ずる。

 命じられたヨーセイは淡々と呪文を唱え、ゲンブの甲羅に乗るクロンたちへ容赦なく攻撃を開始する。

 魔力に包まれた海水の大渦がクロンたちに襲い掛かる。



「おーっと、させねえ! 魔極真海破蹴りッ!!」


「蟷螂鎌鼬乱舞」



 だが、そうはさせないと、ブロとトウロウが動く。

 その鋭い蹴りで、かまいたちで、ヨーセイの放った魔法を斬り裂いていく。



「ちっ、とりあえずアレぶっつぶしとくかァ~わっちがやったらァァ!」


 

 その直後、ドクシングルが飛び出す。

 高く飛び、巨大なハンマーを振りかぶって―――


「メガアイスアクア」

「ッ!?」


 その直後、高速で詠唱を唱えたヨーセイ。ブロとトウロウに砕かれた水飛沫がそのまま氷となり、無数の氷柱となってドクシングルに向かっていく。


「だァァあ、まどろっこしい!」


 ドクシングルも即座に反応。

 向かってくる氷柱全てを一振りで破壊する。

 だが……



「ギガタイダルウェイブ」


「うお、間髪入れずに……しかもギガ級!?」



 ヨーセイも手を休めない。ドクシングルの動きを僅かに止めた間に、既に別の魔法を発動。

 それはこの海に巨大な揺れを巻き起こし、そしてその揺れがやがて巨大な津波を生み出して……


「こ、これは!」

「うおお、でけえ!」

「アレは飲み込まれたらマジーっすよぉ、大将軍!」

「わ、わ、あ、お母さん! 私の幻術と違って、本物です!」


 全てを飲み込むかのような大津波が襲い掛かる。

 このままゲンブの甲羅の上に居ては丸呑みにされてしまう。

 顔を青くする一同。


「ちっ、ヒルアァ! ショジョヴィーチ! そこの小娘たちも! 飛べる者たちは急げッ!」


 すると、ヤミディレがその翼を羽ばたかせ、同時にヒルアや翼を持ったショジョヴィーチたちに指示。

 急いで全員を回収して空へと逃げようとする。



「もはや無力で目障りな将……ヤレ、器」


「ッ!?」



 空へと飛ぶことを皆へ指示し、自分は真っ先にクロンへと向かったヤミディレ。

 だが、そのヤミディレに向かってヨーセイは飛び、打撃を繰り出す。


「っ、ヨーセイッ!? うぐっ!? かは……」


 魔力を使えなくなったとはいえ、素の体術だけでも常人を遥かに上回るヤミディレ。

 だが、目の前にかつて自分が壊し、罪悪感を抱いている相手が目の前に現れ、その人物が心を喪ってただ人形となった姿に目を奪われ、その隙にヨーセイの拳がヤミディレのボディに突き刺さった。



「お母さんッ!」


「師範ッ! ヨーセイ、何してんだ! 目ぇ覚ませっ!」


「メガサンダーストーム」


「「「「ッッッ!!!???」」」」



 ヤミディレを殴っても、クロンたちの声にも眉一つ動かさないヨーセイは、そのまままた別の魔法も発動。

 空も決して安全ではないと、ヨーセイは空に雷嵐を巻き起こす。


「ぐっ、しまった……し、しかし、こ、こやつ! 魔法の連発が早い……まるでベンリナーフのような―――クロン様ッ!」

「おかあさ―――ッ!?」


 思わぬヨーセイの力に驚愕するヤミディレ。

 すると、これまでヤミディレに一瞥もしていなかったオツは嘲笑し……



「無能無力な敗戦の将……お前が導ききれなかったコレも、わちしの手にかかればこの通り……」


「オツッ!」


「無能無力を嘆いて藻屑となれ。まぁ、あのクロンという人形は……アース・ラガンを通じての交渉に使えそうなので、手足を捥ぐ程度で生かしてやらんでもないが……」


「ッ!? オツ、貴様ァ! 貴様は――――」


「ヤミディレ……わちしはお前が偽物の人形遊びをしたような『遺伝子上同じ』程度では満足しない……思考も含めて全てあの方と同じ……再びあの方を手にするためならば何でもする。中途半端な人形に愛着し、当初の目的を忘れた半端な愛……偽物の家族ゴッコに戯れ……見るに堪えん」



 何の温情も欠片もない冷たい言葉を浴びせ、


「分際を弁えるがよい、偽物どもめが」


 そのままヤミディレやクロンたちはヨーセイの魔法に飲まれ、そのまま全員海へと落下し、荒れ狂う大津波に――――



「うっさい! お兄ちゃんのお嫁さん候補に酷いことする奴は容赦なくぶっとばーーーーすっ! グーで!」


「ぶごほっ?!」



 と、そのときだった。

 誰かの拳が……


「え?」

「な、に?」


 オツの顔面を容赦なくぶん殴った。

 それはあまりにも突然のこと。

 そしてその、突如現れた人物にも……


「がは、っ、ぐっ、き、貴様は……」


 殴られたオツも当然、その予想外の事態に戸惑いの様子。

 そして……



「っと、危ない危ない! ふわふわ回収ッ!!」


「「「「「ッッッッ!!!!????」」」」」



 大津波に飲み込まれる寸前、ヤミディレやクロンたち全員が宙に動き、そのまま何かに引き寄せられる。



「造鉄魔法・海神王ノ箱舟」



 そして、引き寄せられた先。

 それは、巨大な鉄鋼戦艦の甲板。


「え……え、え? え……」

「な、ん、だと……?」


 クロンもヤミディレも、そしてブロたち全員が突如起こったことに目を丸くする。

 

「ぬっ……これは……」


 オツもまた予想外の事態に目を大きく見開く。

 そして……



「人形だの偽物だの……大層な目を持ってる割には、コレを本物と見抜けねーんだから、大したことはねーな。俺にはこの母娘……どっからどう見ても本物にしか見えねーよッ!!」


「え……」



 甲板で目を丸くするクロン、そして皆の瞳には、勇猛果敢にその右腕突き出して、頼もしく、そして洗練された巨大な渦が、迫りくる大津波に風穴を開ける男の姿が映っていた。



「大魔螺旋ッ!!!!」



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