第583話 うやむや

「っていうか、空にこの口喧嘩も流れてるんだよね」

「ああ。もうそのことを忘れているようだね、二人とも」


 兄弟妹の三人の前で、シノブとマクラは止まらない。


「そういうわけでハニーは素敵極まりないのよ! きっと布団の中でも熱いパトスをたぎらせてくれるわ!」

「肝心なところで女の子にへたれるに決まってるよ! それで、布団の中では女の子を気遣わずに独りよがりになるんだよ! お子様のシノブちゃんには分からないだろうけど!」

「独りよがり? 結構じゃない! つまりそれだけ私が魅力的だということでしょう?」

「え? なに? 魅力? 絶壁なのに?」


 ジャポーネ王都の滅亡を左右させる戦いを繰り広げていたはずが、いつの間にかただの少女の幼い口喧嘩。

 話題に出されているアース本人は頭を抱えてのたうち回る内容。

 しかし、それでもその二人に妙な壁はなく、ただ本音でぶつかりあっているのは目に見えた。


「人の身体的特徴を責めるだなんて、それこそお子様だわ!」

「違うよ! 大人になればなるほど女の容姿は大事になるんだよ? テクニックもね? 私の人生そうだったもん!」

「大事? それが人生で大事だと? なら、それであなたの人生は満足なものになったと? 幸せだと? 誇らしいと?」

「そんなの―――――」


 だが、だからこそ感情を爆発させているからこそ……



「誇らしくなんてあるわけがないよぉぉおおお!!!!」


「……マクラ……」



 気づけば、本当に幼い少女のようにマクラの瞳には大粒の涙があふれ……


「誇らしくなんてない……幸せなんか……私はシノブちゃんとは違う……野望があって、心から好きな人がいて、キラキラ輝いて身も心も綺麗な今のシノブちゃんとは違う……もう……もう私は……そんな風になれないんだから……だけど……だけど仕方なかった! これしかなかった! 私にはこうやることでしか……こうやることでしか……幸せになれなくても、私にはこういう生き方しかなかったんだから! 穢れきった身も心も、精神を保つには……誰に嫌われようとも……そうするしか……私にだって……好きな人がいた……私だってシノブちゃんみたいに……ただ純粋に好きな人を振り向かせる努力だってしたかった……」


 始まりは、病気になった両親のために金が必要だった。

 しかし、それを得るためにマクラが選んだことは、マクラの精神と心を大きく蝕んだ。


「シノブちゃんはずるいよぉ! 強くて、才能あって、美人で、何でもできて、血筋も……それでいて、アースくんたちのようなすごい人たちが困ったら助けてくれる……」


 狂ったように贅沢とワガママと癇癪でそれを誤魔化そうとしても、こうしてシノブと心の壁を取り払って喧嘩をしたことで、改めて本来の自分を突きつけられて苦しみだす。


「誰も私を助けてなんてくれなかった!」


 それを見たシノブは、蹲るマクラに優しく手を置いた……



「それだけを知りたかったわ……マクラ……」


「……え?」


「私はね……もうあなたが変わってしまったのか……贅沢を覚えてもう昔のあなたはどこにもいなくなってしまったのか……それとも、そういうふうに振舞うしかなかったのか……ただ、それを知りたかったの」



 シノブがマクラと話したかったのは、自分が知るかつてのマクラはもういないのか、それともいるのか、それだけを確認したかったのだ。



「マクラ。あなたがしでかしてしまったことは決して許されるものではないわ。圧政で多くの民を苦しめ、人々の生活や財を奪い、壊し、そして今回なんて一歩間違えれば多くの死者を出していた……ジャポーネ史に残るほどの大罪よ……その罪はやはり誰かに裁かれなければならないわ……あなたが死をもって裁かれることを望む人が多いと思うわ」


「……分かってるよ……」


「でもね、別に今は何者でもない私であれば……あなたをどうにかしたいと思うことは許されるはず……別に私は叔父の不在の王位に父がどうとかとかそんなの関係ないし、そもそも抜け忍だしね……だから……どうにか―――――」



 まだ昔のマクラがいるのであれば、どうにかして救ってあげたい、どうにかしたいと思っていいのだと分かっただけで、シノブは十分だった。

 だが、そんな決意をしたシノブだったが――――



「ぬわはははははは、くだらぬ小便小娘同士の生温い友情ゴッコなど反吐がでるのじゃ……だっつーのぉ!」


「「ッッ!!??」」


「「「?」」」



 その空気をぶち壊すかのように、品のない笑いがその場に響き渡った。

 振り返るアースたち。

 するとそこには……



「ぬわははははははははは、登場なのじゃ! セイレーンの登場なのじゃだっつーのぉ!」


「「「……え?」」」



 気づいたらゴクウやウマシカと共に姿を消していたセイレーンが再び姿を見せた。

 しかも、そのセイレーンの表情、口元の笑みが、先ほどまでのセイレーンとはどこか違う、極めて下品な笑みであり、一瞬アースたちは戸惑ってしまった。

 すると……



『アースっち~それにアースッちの弟妹にシノブちゃんも~、俺っちだけど聞こえる~? 聞こえたら、顔や声に出さずに頷いて~』


「……え?」



 そのとき、アースたちの耳元に誰かの声が聞こえた。

 アースにとってはよく聞き覚えのある声。


『俺っち~オウナだよ』

「ッ?!」

『あっ、反応しないで~、今、俺っちはアースっちたちにしか聞こえない周波数で話しかけてる~。コマン……じゃなくて、ほら、闇の賢人パリピの部下の謎の覆面の協力で~』


 突如セイレーンが再び姿を現したというのに、なぜかこのタイミングでオウナの声が聞こえる。

 あえて自分たちにしか聞こえないように工作しながら。

 その理由が分からずに思わず声に出しそうになったが、その前に……



『マクラ王妃の件をうやむやにするため……ちょっとセイレーンを使ってひと芝居を打つことになったんだ』


「?」


『とりあえず、アースっちたちはこれから起こることを食い止めないで。今からセイレーンに……いや、セイレーンに化けた人がマクラ王妃を攫うから』


「「「「ッッ!!??」」」」



 それは訳の分からない指示だった。

 そもそもどうしてセイレーンがそんなことを? セイレーンに化けてる? マクラを攫う?

 マクラの件を有耶無耶とは?

 一同が訳が分からずにどう反応していいか分からない状況だった。

 しかし……



「ぬわはははははは、むこ……じゃなかった、アース・ラガン! 我ら組織の目的であるウマシカ国王の誘拐及び、マクラ王妃を操ってジャポーネを混乱させて滅ぼそうとするわらわたちの目的をよくも邪魔してくれたのじゃ!」


「え……あ、いや……」


「本当にムカつくのじゃ! お前なんて、あの六覇一プリティなノジャと交尾しまくって孕ませまくっていればいいというのに! 誰もが認めるお似合いな二人でさっさと結婚してろなのじゃ! クロンやシノブよりもお似合いのノジャとさっさとブチュッとしてろなのじゃだっつーのぉ!」


「は?」


 

 とりあえず、「セイレーンに化けている」という意味だけは、アースたちはすぐに理解した。



「ムカつくからこうなのじゃだっつーの! そーれ、パンツをお尻に食い込ませて~、プリンプリンのテーバックとやらからの~、おしりぺんぺ~ん、おしりぺんぺ~ん、食い込み食い込みぷりぷりりん♪」


「「「(な、なにやってんだノジャッ!?)」」」



 セイレーンの格好で、パンツ一枚になって、尻の割れ目にパンツを食い込ませてプリンと尻を剥き出しにした状態で、尻を振り振りしながらお尻ぺんぺん。



「ぬわはははは、お股ぱんぱーん、お股ぱんぱーん! お~いえ~なのじゃ~」



 今度は正面を向いてガニ股の姿勢になって、自分の股を叩いて挑発したり……



「あ~、鼻くそホジホジ~、あっ、屁もでそうなのじゃ。セイレーンことウチは人前でケツも出すし股も広げるし鼻もほじるし屁もぶっこくのじゃ~からの~ちくびーむなのじゃ~! そーれ、ちちくりまんまんちちくりまんまん~♪」


「「「ぶぼっほぉ!? ちょ、脱ぐなァァあ!? 引っ張るなァァあ!?」」」



 もし、ガウルたち天空族の存在が世に認知されなければ、セイレーンこそ翼の生えた天使や女神のように人類は思ったかもしれない。

 何よりもその魅惑の大きな胸を始めとする煽情的な肉体に、多くの者たちがセイレーンが初登場したときには目を奪われた。

 しかし、そんなセイレーンが、女としてはありえないほど最低なふるまいを「全世界」に見せているのである。

 世界がショックで硬直するのも無理ないことである。

 そして……



「それ、隙あり~なのじゃ! 煙幕~!」


「「「ッッ!!??」」」


 

 アースたちも呆気に取られていたのだが、そこでセイレーンは煙球を投げてアースたちの視界を奪う。

 そして……


「きゃ、え、なに?」

「ぐわはははは、大人しくするのじゃ! 覚悟するのじゃ! 貴様を史上最強の凌辱の刑に~、じゃなかった、攫ってやるのじゃ~!」


 アースたちの虚を突いて、そこで何が何だか最初から理解できていないマクラの悲鳴が聞こえ……



「ぬわははははは、ではマクラ王妃をわらわたちが攫って行くのじゃ~、さらばなのじゃ~!」


「「「はっ!?」」」


「え? うそ、ちょ、どういうこと!? マクラッ!? ッ、煙が晴れ……い、いないわ! マクラが……マクラ、どこ!? マクラッ!」


「マジかよ、いや、ほんとどういうつもり……どうなってんだよ!」」



 これはフリである。だから、手を出すな。そう唐突に指示が出された中で起こってしまったセイレーンによるマクラの誘拐。




 その一連の流れを目の前で起こされ、流石のアースたちもどう反応すればいいか分からず、しばらく立ち尽くすしかなかった。


 




 そして、連れ去られたマクラは……


「なに?! あなたは一体、私をどうする気……」

「運が良かったのじゃ、貴様は」

「え?」

「貴様を容赦なくジャポーネで裁くというが普通……しかし、それは我が愛おしの婿殿が国のクーデターや内政干渉をしたことになる……それは望まれぬだろうゆえ、貴様を誰も裁けなくする……すなわち、攫われて行方不明になったことにするのじゃ」

「ッ!?」


 世界が見守る中、堂々と『セイレーン』に攫われてしまったマクラ。

 自分がこれからどうなってしまうのか分からず混乱するマクラに、セイレーンに化けているノジャがほんの少しだけ優しい笑みを浮かべながらそう告げ、しかし次の瞬間には……



「それに、これで貴様を裁いてクーデターを完成させ、オウテイが新国王となったらシノブが正統な王女になり、なんかもーそれに携わった婿殿がシノブと既成事実的な夫婦みたいに世界から認知されそうになっていいのかとあのオウナに言われてそれも一理あると―――げふんげふん」


「え?」


「にひひひひ、いずれにせよ貴様は覚悟するのじゃ。大人しく処刑されていた方が楽な贖いだったかもしれない……そう思えるぐらいに徹底的にわらわがお仕置きしてやるのじゃ。今回の件でわらわも色々と面倒なことになったからな……貴様をお仕置き改造調教しまくって、突き抜けるほどの雌豚奴隷にしてやるのじゃぁ♥」


「うぇええええ!?」



 史上最悪なほどいやらしい下品な笑みを浮かべ、マクラを恐怖させた。






 こうして、『ウマシカ国王』及び『マクラ王妃』の二人は、二度とジャポーネに戻ってくることはないのだった。











 そして……



「うきききききき! うーっきっきっきっきっきっき!」



 ジャポーネから少し離れた地にて、のたうち回るほど大爆笑している猿。



「……ッ……ぐっ、くだらん……ぶふっ」



 神妙な硬い顔をしながらも、必死に何かを堪えて口元がピクピクしている犬。

 そして……



「なななな、なんだっつーのぉ! ナニアレ!? ウチじゃないっつーのぉ! ウチはあんなこと絶対にしないっつーのぉ! お、お尻とか、お股とか、お鼻ホジホジ……オッパイも出して……びーむ……まんまん……ウガアアアアアアッ! あんな酷いことする奴一人しかいないっつーのぉ! ノジャあああァァああ、あの変態狐えぇええええ、よりにもよってウチの姿で何してるんだっつーのぉお! 殺すうぅぅうう、コロシテヤルぅぅぅう、地獄以上の苦しみを! 今すぐジャポーネに戻ってあいつをぉぉおお!!!!」



 雉が鬼の形相で今すぐにでもジャポーネに戻る勢いであったが、猿と犬たちに抑えられて飛ぶことができず、ただただ怒りに満ちた声を上げるだけだった。



 そして、こうしてセイレーンは全世界にその名とお下品さを――――

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