第582話 壁を作るな

「……死んでねーよな?」


 命がけの戦いの中で、アースは自分でも威力不明だった新技をぶつけた。

 その想像を絶する威力に、巨大怪物のゴドラは完全粉砕。

 残骸の山だけが大地に積み上げられ、その中に居たと思われるマクラがどうなったかは分からない。

 向こうが殺す気で来ていたので、甘いことは言えない。とはいえ、殺してしまったというのであればあまりにも後味が悪すぎる。

 だが……



『問題ない。そこら辺は調整済みだ。あのガラクタの中の小娘の位置と、今の童が出せる威力をちゃんと計算した。コクピットはまず間違いなく無事だ』


「そ、そーか……ならよかった。あとはこの瓦礫の山の中からどうやって探すかだけど……レーダーでも―――」



 トレイナがそう言うのであれば一安心。ならば後はこの瓦礫の山からマクラを掘り出すだけ。

 戦いとは違う意味で面倒な作業になると思われる膨大な瓦礫に少しアースも顔が引きつる。


「……場所的に……ああ……感じる……そこら辺の瓦礫の奥底に……」


 とりあえず、マジカルレーダーで人の気配を確認。

 すると……


「だいじょーぶだよ、お兄ちゃん!」

「探し当てるぐらい訳ないよ」


 自信満々に胸張ったエスピとスレイヤがアースの隣に並んだ。


「ふわふわクリーニングッ!」

「造鉄発掘・樹鉄森林降誕!」


 エスピが能力を発動して瓦礫の山をならしてどかし、同時にスレイヤも瓦礫の山に対して魔法を発動してその奥底からイメージしたものだけを掘り起こす。

 まるで鉄の根を伸ばして芽が出るように、鉄の球体が地上へと、アースたちの眼前へと掘り出されて出現。

 それが……


「おっ、出てきた……そして感じる……中から……」

『うむ、コクピットだな……』


 マクラがその中にいる。

 この四人にかかれば、こうやって人一人を瓦礫の奥底から掘り出すのは朝飯前。

 さらにそれが固く閉ざされて密閉された物体であったとしても、閉じこもって隠れることも不可能。


「出るもんが出て来たな……」


 コクピットの中から、気を失ったマクラを完全に引っ張り出した瞬間だった。


「っ……う、うう……」


 むき出しになったマクラは意識が朦朧としている様子。

 だが、見たところ目立った外傷は特にないように見える。

 それは、それだけコクピットが頑強だったのか、それともトレイナがそれすらも計算してアースに技を発動させたのかというところだが、いずれにせよ……



「……ッ!? ここは……私は……あっ……」


「いよう。随分好き勝手にやってくれたようだが、ようやくこうして顔を合わせることができたな」


「っ、あなたたちが……あなたたちが私を……」


「おいおい、先に色々とシャレにならねーことをしてきたのはそっちだろうが」



 マクラとアースたちは面と向かってようやく顔を合わせることができたのだった。

 ゴドラを破壊され、その中から掘り起こされたということに戸惑い、状況把握に少し時間を要したマクラだったが、その視界にアースたち元凶の姿を見て、その目は再び憎しみに歪む。


「何を! それならさっきにそっちがウマシカ国王を……王に手を出し……」

「いやいや、それをやったのはゴクウ……(いや、一応俺らもそれに加担してたけど)……ってか、人の友達の家族を……シノブの家族をヒデー目に合わせようとしたのもそっちだろうが」

「何言ってるの?! 国家反逆の疑いのある人たちを捕えようとするのは……それともソレが帝国の意志?! それとも、アース・ラガンくんは私たちが悪だと思ってテロに加担してるの?! 内政干渉――――」


 そして、身勝手な自分本位の文句を喚き散らしてアースにぶつける。

 だが、アースはそんなことで揺らぐことなく、ただ当初の頃から抱いていた……



「どっちが正しいとか、ジャポーネの内政がどうとかそんなもんじゃねえよ。シノブは俺の友達だ。だからこそ、俺は正しい方じゃなくて、あいつの味方である方にいるだけだ」


「ッ、シノブチャン……ガ……ッ、シノブ――――」


「それに、あいつも別に王族の血を引くからどうとかじゃなくて、あいつはただあんたと――――」


 

 アースはシノブの味方。どっちが正しいとかではなく、アースの立ち位置は最初からそうだった。

 その言葉を受けたマクラは、シノブの名前が出た途端に改めて顔を歪ませる。

 すると……



「ありがとう、ハニー」


「あっ……」



 その場にようやくシノブが駆け付けたのだった。

 

「ありがとう、ハニー……私の味方でいてくれて……」

「何言ってんだよ。お前がこれまで何度俺の味方になった?」

「ふふふ……役に立ったことなんてないけれどね……」


 息を切らせながら、その表情は切なそうに微笑みながらアースの横に立つ。

 

「エスピさんもスレイヤさんも――――」

「水臭いよ! お兄ちゃんのお嫁さん候補なんだから、当然♪」

「ま、僕はお兄さんが選んだ立ち位置であればなにも文句ないしね」


 そう言って、何の労いも不要という三人の様子に、シノブは余計に申し訳なくなっていた。

 自分や家族では何もできず、本当ならただ殺されるしかなかった。

 それを救い、更には打倒し、こうしてかつての友と対面する場を設けてくれて、その上で「気にするな」と軽く答える。

 改めて自分の無力さを実感しながら、ただ深く感謝するしかなかった。

 その上で……


「さて……マクラ……」

「……シノブちゃん……」


 シノブは覚悟を決めてマクラと向かい合った。


「……よかったね……シノブちゃん……ほんとに昔からシノブちゃんは恵まれてる……私とは全然違う星の下だよ……血も、才能も、そして集まる人も……私とは違う……」


 そんなシノブに対して、マクラはアースに向けたのとはまた違う、嫌味も込めた歪んだ笑みと言葉をシノブにぶつけた。

 一方で、シノブは自嘲気味な笑みを浮かべた。



「あら、才能ないから何度も己の無力さに悔いているのだけどね。結局今回私は何もできなかった……とはいえ、出会えた人に恵まれていたのは事実だけどね。こうして、あなたともう一度ちゃんと話をしたいという願いだって叶えてくれた」


「話……今更何を? 私に対する憎しみ? 嫌味? 自慢? ジャポーネのこと? それとも私を反王政として断罪するってこと?」


「父と母は別にして……私にあなたを断罪する資格なんてないわ」



 シノブが話したかったのはそういうことではなかった。



「あなたが……叔父を愛して結婚したわけではないことは分かっていた……自分が生まれて初めて恋をしたことで、私もようやく愛してもいない相手と結ばれること……触れられることの苦痛がどれほどのものかを理解してしまった……」


「…………」


「そして、あの独裁的な人が国王であり続けることで、ジャポーネがどれほど悲惨なことになるか予想もついていた……それなのに私はただ、忍者としての生きがいを求めて国を捨て、外へ飛び出し、そしてその後は惚れた男のお尻を追いかけ回していた……国のことも民のことも、体を穢されて心が壊れてしまう友に背を向けてね……私も正気の沙汰ではないわね」



 王家の血を引くものとしてや、今のジャポーネの体制に反旗を翻すものとしてでもなく、ただかつて友だった者として。


「私があなたと話をしたかったのは……今のあなたの望みが何なのかを知りたかったから。どのような理由にせよ、王妃の地位にたどり着いたあなたは、一体これからは何を望んでいるの?」


 今のマクラは何を思って生きているのか、ただそれを知りたかった。

 だが、そこに深い望みがあるわけではないことは、これまでの言動からもうすでにシノブも分かっていた。

 マクラもそれを自覚している。


 最初は、病気の父と母を救うため、どうしても裕福な暮らしを望んでいた。


 シテナイ総合商社にもそこをつけこまれた。

 だが、今はもうそれだけではなくなっていた。

 

 一度贅沢を知ったからか、もっと強欲になったのか、自分の思い通りにいかないことにも耐えられなくなった。



「……この世が自分の思い通りになること……思い通りにならないものや人は力ずくでどうにかしちゃえるぐらいになる……ただ、いつまでも我儘でいたい……私はそんな人間になっちゃったよ……シノブちゃん……」



 女としての苦痛に堪えて生きて来たからこその反動だったのかもしれない。

 それをマクラもどこかで自覚はしていたが、もう引き返すことも、改め直すこともできなかったし、しようとしなかった。

 だからこそ、こうして改めてシノブに突き付けられても……


「……どうにか……ならないの?」

「ならないよ」


 今更遅すぎる後悔も懺悔をすることもない。


「……それでもあなたは王妃になった以上、責任は伴ってくる……無責任な私に言われてもかもだけれど―――」

「じゃあ、言わないで。聞きたくないよ」

「ッ……マクラ……」


 それどころか、マクラはもうシノブに対して、こうして面と顔を向かい合わせても壁を作って拒絶するどころか、ただ突き放すように、そう口にした。

 そこまで拒否されてはシノブにはもう言葉はない。

 俯き、唇を噛みしめ、拳を握り締め、ただただ変貌してしまってもう元に戻ることも引き返すこともできない友を見つめることしかできない――――


「あ~……あ~……もう限界……だ」


 はずだったのだが……


「お兄ちゃん?」

「お兄さん?」


 ずっとそれを眺めていたアースが……



「もう限界だぁ! シノブ! そしてマクラ、お前もだ! イライラすんだよお前ら! 何だこの会話は!」


「ッ、ハ、ハニー?」


「……なに?」



 頭を掻きむしりながら不満を爆発させた。


「大体、シノブ! お前もお前だ!」

「え、え?」

「お前はもっと遠慮なくガンガン言いたいこと言う奴だっただろ! 会うたんびに照れながらも超ガッツリと俺にこ~、こっ恥ずかしいことをガンガンぶつけてよぉ、好きとか、嫌いとか、結婚もどうとか、ムカつく相手にもドギツイこと言ったり、そういうのがお前だろうが!」

「っ、あ、の、は、ハニー?」

「お前が壁作って話をすんなよ! 俺たちは少なくとも、こんな余所余所しい会話を見るために大暴れしたんじゃないんだからよ!」


 それは、シノブとマクラ、かつて友だったと思えないぐらいの壁のある会話にイライラしたからだ。


「王家の何たらじゃなくて、友達として話がしたいってなら、口喧嘩でもいいからもっとぶつけろよ! そうやって、全部吐き出したからこそ……俺も……」


 このとき、アースの言葉は自分自身の経験から出たことでもあった。

 かつて、天空世界で……



「俺は少なくとも……全部を吐き出したからこそ、フィアンセイと仕切り直すことができたと思っている」


「あ……」



 フィアンセイと互いに色々と勘違いがあり、その果てで子供みたいな口喧嘩を互いにしてぶつかり合い、だがそれ故に互いの本音を知ることができた。

 アースはシノブにもソレをしろ。むしろお前の方がもっと思ったことを口にする奴だろう。そう思っているからこそ言った。

 そしてシノブもまた、マクラとこんな壁のある会話をしたわけではなかったと気づかされた。

 だからこそ、アースの言葉を噛みしめ……


「ふぅ……マクラ!」

「…………」

「本当に素敵でしょ? 居場所も忍者としての仕事も無くなって抜け忍に堕ちた私が出会った運命の男! 私の今の夢は、彼と並び立つぐらいの強さを兼ね備えた女となり、そして! 交際結婚妊娠出産、一姫二太郎、サクラとサスケの最低四人家族で暮らすことよ!」

「……は……?」

「かつて私は一生恋なんてしないとか興味もないとか言ったような気もするけど、アレは前言撤回するわ。恋、最高だわ」


 と、急に人が変わったように……いや、これがアースにとってのシノブ……普段はクールに振る舞い、そしてジャポーネの民たちもそういう認識だったシノブの突然の変貌に、マクラもポカンとした。

 だが、すぐにハッとなり……


「ナニソレ……私に対する当てつけ? 気持ちの悪いに醜い男たちに体を穢されてきた私に対しての自慢?」


 ムッとした顔でシノブに皮肉を込めて問い返すと、シノブはそれに対して笑みを浮かべたまま……


「ええ、そうかもね。確かに私はあなたに比べて恵まれてるし、幸せね。好きな人がいて、未来への野望もあって……毎日が充実よ。ただの贅沢な暮らしを手放せないだけで見苦しい子供のように癇癪を起すあなたを、ほんっと見てられないわ」


 マクラに対してきつい言葉を返した。

 すると、マクラは更にムッとして、言葉に少しずつ熱がこもり……


「……うるさいなぁ……私のことを何もわからないくせに!」

「知らないわよ! しばらく会ってなかったんだから! こうして話をしたの何年ぶりだと思ってるのよ! 数年あるだけで人は変わるんだから! 数年前まで男がどうとか恋愛がどうとかに興味を示さなかった私は、もう今では毎日ハニーとキスしたいとか、いやらしいことをしてみたいとかそういうことだって考えちゃうのだから!」

「な、何なの急に! 人を子供みたいにって……子供みたいなのはそっちじゃん! ……そう、子供なのはシノブちゃんじゃないの? まだ、処女のくせに!」

「あら、経験の有無がそれほど重要かしら? 別に私は将来的にはハニーに貫いてもらうのだから、そんなもので大人か子供かなんて議論はナンセンスよ?」

「ほら、子供だよ! そういうこと何も分かってないんだから! 体の相性って大事なんだよ? それが原因で別れる人もいるし、私の身体に溺れて妻とも側室とも別れる大名もいたし、意外とアースくんとエッチしても気持ちよくないかもよ? そうそう、アースくんって童貞だから下手だろうし!」

「ハニーは童貞だけれど、戦闘と同じで布団の中でもとてもテクニシャンだと思っているわ! 仮に技術的に乏しくても愛する人と結ばれるだけで私は幸せというものよ!」

「はん、本当に子供だよね、夢見がちなお子様だよね、シノブちゃんは! エッチはそんな程度のモノじゃないんだから! それにさー、問題はアースくんだけじゃなくて、シノブちゃんの身体も問題かもよ? アースくんって、巨乳好きなんでしょ? シノブちゃん、胸が無いでしょ? そんなのアースくんも楽しくないんじゃない? 男の子は女の子のおっぱいを揉んだり赤ちゃんみたいに甘えるのが好きなんだから! 普段気が強くて、それで巨乳好きの男子は、布団では女の子に赤ちゃんみたいに甘えるの好きなんだよ? アースくんも絶対におぎゃるタイプなんだから! あのサディスって人にだってそうでしょ?」

「ハニーはお尻だって好きなのだから問題ないわ! それに、私は体が丈夫だし柔らかいから、ハニーが望むあらゆるハードな要求にも応えられるわ!」


 気づけば、ソレはどこにでもいる普通の思春期の少女たちのようで、本来の趣旨から大きく外れた口喧嘩に発展した。


 だが、それこそアースがさせたかったものだった。


 まずは互いに壁を無くして本音を全てぶつけろと。


 それを目の当たりにしたアースは……



「いや……喧嘩しろとは言ったけど……俺を話題に出すなよぉ!!!!」


「ははは、お兄ちゃんドンマイ」


「お兄さん、気をしっかり」



 顔を真っ赤にして蹲っていた。

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