第559話 胸をぶつける

(なんだ……俺様は今、やばいバクバク高鳴ってる……)


 片膝を着き、拳を突き出しているアースを見上げながら、ゴクウは自分の内から湧き出る感情を抑えきれなかった。


(これまで戦った奴らと全然違ぇ……バサラとも……ハクキとも……。技術がどうのっていうなら、ミカドの小僧なんだけど……でも、アレとも違う。アレはどっちかっていうと、小細工見てーな感じで……だけどアースはパワーとスピードと戦略と……いや、もう言葉では説明できねえけど……とにかく分かってるのは……アースってヤベエ! スゲエ!)


 ゴクウから溢れ出るのは、それは素直なアースへの賞賛だった。


(これまで皆、俺様と戦うと広範囲の攻撃をぶっ放すとか、魔法で動きを鈍くしたりとか、拘束して動きを止めるとかそういう感じだったのに……、アースは違う! 俺様は自分が臆病だとは思わねえけど、確かに俺様はこれまで全ての攻撃を見切れちまうから何でもかんでも避けちまう癖があった……ソレを……なんでも避ける習性を逆に利用するとか、超ヤベー!)


 そしてソレを自覚した瞬間、更なる想いも溢れてきた。


(もっと見てみてえ……アースがどこまでなのか……今の俺様とアースがぶつかればどうなるのか……もっと……もっと遊びてえッ!!)


 もっとアースとこの一時を続けたい。

 その想いでいっぱいになり、ゴクウは笑う。


「ウキキキキ♪ 膝ぁ、コンジョー! コンジョー!」


 立ち上がろうとしてもまだ震える膝を、ゴクウは自分で叩いて無理やり立ち上がる。


「おっ、立った……」

「当たり前だぁ、アースぅ! へへへへ、もったいねーじゃん! こんな楽しいのに座るなんてもったいねーじゃん!」


 初めて公園で遊ぶ子供の用に目をキラキラワクワクさせて、ゴクウはハシャグ。

 そして……



「俺様はまだまだできるぜ、アースぅ! だから……もっと遊ぼーぜ! 俺様はもっと速くなる!」


「ぬっ?」


「いっくぜー! モード変更ッ!」


「ッ!?」



 ゴクウが構え、全身を発光させる。

 その光は……


猿魔えんまモード!」


 全身の体毛が逆立ち、ゴクウの顔つきを人間寄りの容姿から、より獣寄りへと変貌させるものとなり、筋肉の付き方も変わっていく。

 しかし、それを目の当たりにしてもアースは揺るがない。


「へへ、分かってるさ。まだまだお前にも上があるってな。だが、それならこっちも……ブレイクスルーッ!」


 そして、ここからもう一ランク自分も上げようと、アースも応える。


「うおおおお、なんかあのゴクウってのが変身した!?」

「なんか、より猿っぽい顔に!? 牙も出て……」

「でも、ラガーンマンのあの全身を包む光も……」

「ああ、ブレイクスルーだ!」

「いいぞォ、二人ともぉ! やれやれー!」


 そんな二人に民衆は大熱狂。

 そして……


「……あ……あの、ハニー? ゴクウ? (劇の切り上げは……?)」


 打ち合わせと違う流れにシノブだけポカンとしていた。

 しかし、そんなシノブの「アレ?」という様子などもはや気になっていない二人は、互いに笑みを浮かべている。 

 そして……


「ウキー! 伝説のブレイクスルー! いいねぇ~、ウキキキキ♪」


 ゴクウは抑えきれない興奮で飛び跳ねた。

 そんなゴクウの興奮ぶりにアースは苦笑しながらも、ただそれでも心の中ではゴクウの変化を注目する。


(雰囲気というか……筋肉の付き方も明らかに変わってる……変形というのか変身っていうのか……とにかく、ブレイクスルーの俺のように身体能力をアップさせているモードかもしれねえな。今まで以上に集中しねえと……集中……そしてカウンターで斬り裂く!)


 これまで以上に神経を使い、更に集中の海に入ろうとするアース。

 だが、その時だった。


「んじゃぁ、行くぜぇ~アース♪」

「ぬっ? ん? え……?」


 どんな高速の動きを見せて自分に襲い掛かるのか? どんなスピードでも見極めてカウンターを叩き込んで見せる。そう意気込んだアースは目を疑った。

 それは、ゴクウが両手を頭に乗せて、そのままゆっくりと真っすぐ歩いてきたからだ。


(なんだ? 両手を頭に乗せて……歩いて……どこかで急に加速する? 走る? 何をする?)


 何をするのか分からない。より一層鋭い目で身構えるアース。

 だが、


「へへ~♪」

「……ん?」


 ゴクウは何もしない。

 ステップを踏むわけでも加速するわけでも急に攻撃するわけでもない。

 ただ両手を頭に乗せて本当にただ歩いてきた。

 そのあまりの無防備ぶりにアースも思わず戸惑ってしまった。


(何だ? 無防備に……隙だらけ……何もしないのか? このままだと本当に俺のジャブの間合いに……)


 戸惑うアースに構うことなく、ゴクウはただ歩いてきて、そのままアースの目の前に。

 そして、そこでアースはハッとした。



(だ……いや、ダメだ! これ――――)


『遅いぞ……』



 アースが気づいた瞬間、トレイナが傍らでそう漏らした。

 

「ウキキキ~、ここまで近づいちゃったぞォ? アース~」


 まるでイタズラが成功した子供のように笑うゴクウは、アースがファイティングポーズをして突き出している拳に触れるかどうかの至近距離まで近づいて止まった。

 そしてアースも苦虫を潰した。


(近い……この距離からなら少し手を前に出すだけで誰だろうと当てられる……だけど……ゴクウには当てられない。『俺から攻撃』を仕掛けてもゴクウに攻撃を当てられない……)


 アースはゴクウが何の裏表もなく正直に正面から歩いてきたことが、返って深読みしすぎてしまった。


『ふふ、バカではあるが、たまにこういう相手が嫌がることを天然でやるのだ……ゴクウは』


 そんなアースの失態にトレイナは「やれやれ」と肩を竦めた。



「アース。お前は俺様が攻撃したり、走り回ったりする動作の中で色々とやってくるから……俺様はもう何もしねえ! ただ、ひたすら避ける!」


「ッ……」


「俺様は今からお前に絶対に攻撃しねえ。ず~~~っと避け続けるぞ!」



 少し手を伸ばせば触れられる距離。だが、アースは分かっていた。この状態になれば、自分の攻撃はゴクウには届かないことを。


「ほら~、来てくれよぉ~アースぅ♪ もっと近づこうかァ?」

「ッ!?」


 そう言いながら、ゴクウは本当にもう半歩近づき、本当にゴクウの顔の体毛の毛先にアースの拳が触れそうになる。


「ッ、だらァッ!」

「ウキ♪」


 思わず反応して拳を突きあげるアース。

 だが、その拳をゴクウは完全に見切ったうえでの首を僅かにズラすだけで余裕の回避。


「ぐっ、ぬぬぬ、ぬっ!」


 しかもそれだけ完璧に避けておきながら、ゴクウは一切反撃やカウンターをしなかった。

 両手を上げたまま笑みを浮かべている。それは、本当に攻撃をしないという意思を示している。


「っ、大魔ワンツーラッシュッ!!」

「ウキキキキ~!」


 単発ではなく連続攻撃。

 しかしゴクウはソレも全て余裕をもって回避。


(こ、こいつ、来たパンチをただ避けるだけで、それ以上のことはしない……ゴクウのスピードは常識外れ……だから俺は、周囲を走り回るゴクウの動きを先読みして誘導したり、逆に俺に対して攻撃を誘ってカウンターをしたりと、色々と策を使った……ただそれは全て、ゴクウが動きまわったり、反撃しようとしたりする意識を利用することが前提だった……でもこれじゃァ、先読みもクソもねえッ!)


 人から見れば目にも止まらぬアースのブレイクスルー状態でのパンチ。

 攻めているのはアース。

 しかし、顔を歪ませているのはアースの方だった。


(無駄だ。完全に避けることだけに徹されてしまえば、童に当てる術はない)


 トレイナは「あちゃ~」という様子で苦笑している。

 そして……


「くっ、マジカルフットワークッ!」


 このままでは駄目だ。そう判断し、たまらずアースは一旦ゴクウから距離を取って離れようと足を使う。

 しかし……


「うっきっき~♪」

「ぐ、う!?」


 どれだけ足を織り交ぜ、激しく切り返し、フェイントを交えても、見てから反応できるゴクウがずっとアースの正面から消えぬままどんな動きにもついて来るのだ。


(くそ、振り切れねえ……フェイントをどれだけ織り交ぜても、俺が実際に動いてから動くことで十分に追い付かれる……そこまでスピードの差があるのかよ!)


 どこへどう逃げようとも、アースを真正面に捉えたまま逃がさない。

 その状態にアースの背筋が寒くなる。


「ウキキ♪」

「!?」


 さらにゴクウは、避けながらまた少しずつアースに近づいた。

 反撃はしない。

 ただ、ほんの少しずつだがアースに接近。

 拳を伸ばして当たるどころか、拳を折りたたんで振り切れる距離のさらに内の超接近戦の距離。

 そんなゴクウにアースは顔面だけでなく、ボディ攻撃などを交えたり、あえて防御を疎かにして自分の顔を曝け出してゴクウが攻撃してくるように誘い込もうとしたりするが、ゴクウは両手を頭に乗せたままその誘いに乗らない。


(こいつ、いくらでも攻撃のチャンスあるのに、ちっともしてこねえ……本当に避けるだけで……)


 避けるだけ。しかしその避けるだけでアースに徐々にプレッシャーを与えている。

 どれだけ攻撃を繰り出しても当てられず、どれだけ逃げ回ろうと追い付かれ、更に相手は距離を離すどころか余計に近づいてくる。

 攻撃を誘っても攻撃を仕掛けてこないことが、逆に「いつでもお前を倒せる」と言っているようにもアースは感じた。


(しかもさらに近づいて……このままじゃぶつか――ッ?!)


 避けながら近づいて、このままではぶつかると思った時、本当にゴクウはアースにぶつかった。

 両手を頭に乗せたまま、胸を張ってアースの身体にぶつける。


「アーイアイッ♪」

「ちょまっ!?」


 それはまるで、喜びを分かち合うハイタッチのように互いの胸と胸をぶつけあうような行為。

 しかし、ゴクウのはそれだけでない。

 ほぼゼロ距離からの胸同士のタッチ。

 ただし、その勢いと威力はゴクウの超人的な瞬発力から放たれたもの。


「うおお、おおお!?」


 ブレイクスルー状態のアースがふっとばされ、そのまま屋根の上を激しく転がっていった。


「ウキキ~、ようやくぶっとんだァ~♪ それに、カウンターも取れなかったなァ~♪」


 ゼロ距離から胸をぶつけるだけ。


「ぐっ、胸を突き出すだけでこの威力かよ……なんつぅ理不尽な……」


 転がり、瓦に体をぶつけ、痛む体を起こしながら、ゴクウの理不尽な身体能力に呆れてしまうアース。


「ハニーッ!?」

「な、ラガーンマンが!?」

「ラガーンマンがふっとばされた?!」

「いやいや、攻めてたのはラガーンマンだろ?」

「なんで? 何が起こった!?」


 離れて全体を見ていても何が起こっているか分からない者たちがほとんどで、民衆もアースが吹っ飛んだことに騒ぎ出す。

 するとゴクウは……



「さあ、どうする? アース。言っておくけど、このモードの俺様でも、まだバサラやハクキよりヨエーぞぉ?」


「ッ!?」


「だから当然……トレイナよりヨエーし、そのトレイナを倒したアースの親父さ――――」


「大魔ソニックフリッカーッ!」


「おろ?」


 

 その瞬間、アースが即座に立ち上がって、離れた位置からの高速の拳による衝撃波を放つ。

 当然ゴクウにソレは当たらない。

 だが、話の途中で衝撃波が飛んできたことに少しゴクウは驚いた。仮面で顔を隠しているから見えないが、まるでアースが怒っているように感じたからだ。

 すると、アースは……



「その論法に親父を入れんな……」


「え?」


「大魔王トレイナを倒した親父とか言うなよ! どーせ、一対一ならトレイナの方がずっとずっと強かったんだからよぉ!」


「……え? いや、……親父さんと仲良くないからって、キレるとこそこ?」


「そこが重要なんだよ!」


「え、ええ?」



 アースのキレたポイントを理解できないゴクウは「?」を浮かべて戸惑いを見せ、そしてトレイナは……


『ウムウム!』


 両手を腰に添えて胸を張ってニンマリと嬉しそうに頷いていた。

 そして……


(くっそ……とはいえ、どうする? 手も出してこないならカウンターの取りようもねえ……俺のパンチも本当にパンチを放たれてからでも避けられるならフェイントのかけようもねえ……いつでも俺を殴れるのに、それこそ初めて会った時みたいな超スピードで俺の背後に回り込んで首をコツンと叩いて気絶させることだって今のこいつなら―――――後ろから!?)


 どうすべきか? そう思った時、アースの脳裏に一つ閃いた。

 そして、アースは笑みを浮かべ……


(そうだな……俺のパンチを見てから避けられるなら……見えないパンチをお見舞いしてやる)


 また、ゴクウに一矢報いることを閃いた。





――あとがき――

3月忙しいのでちょっと遅いの勘弁ちて


さて、なんかまたカクヨムでも色々とやってるようで、ヨムマラソンという読んだ分量に応じて何かが当たるとか当たらんとか、つまり読むだけで何か貰えそうなので、みんな読書をしましょう。


https://kakuyomu.jp/special/entry/7th_anniversary#yomu


読んだことある作品も周回プレイで。別に禁ブレ読めとは言わん(笑)



また、以下~

※3月末まで毎回下記の宣伝をやることになってるので、よろしくね?


今月からカクヨムが100万人会員登録を目指す強化期間を始めるようで、ワシもカクヨム広報的ななんたらに任命されましたので、下記をご連絡します。


会員登録と本作の『フォロワー登録』よろしくです!!!!!

「★★★」でのご評価もお願いします!!!


−−−特別なお知らせ


カクヨム会員のフォロワー様に向けて、本作(禁断師弟)の特別書き下ろしショートストーリーを、2023年3月末? に2篇、メールにてお送りいたします。


カクヨム会員でない方は、


https://kakuyomu.jp/signup 


から会員になっていただき、改めて禁断師弟のフォローをよろしくお願いいたします。


※カクヨム100万人会員登録キャンペーンの一環となります。

−−−

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る