第560話 でっかい
息もつかせぬ攻防。互いに一本を取り合ったと言えるような状況。
その光景にようやく世界も息を漏らした。
「ぷはっ……何という攻防だ……それに、あのゴクウという亜人……何というスピードだ!」
「坊ちゃまの拳をアレだけ軽々と回避し、その上でのあの余裕……」
「師匠の言う通り、俺たちとは次元の違うスピード……レベルが違う」
「うん。僕だったら、魔法を詠唱しようとした瞬間にやられるよ……」
フィアンセイ、サディス、リヴァル、フーもまざまざと脅威の身体能力を見せつけられて驚愕する。
「本当ッすよ……走りの技術とかそういうの抜きに……純粋に私より速い人って初めて見たっす……。それに私はあんちゃんと真っすぐヨーイドンの駆けっこをしたら勝てるかもっすけど、あんちゃんと鬼ごっこしたら捕まえられないっすもん……だけどあのゴクウってのは……」
これまでスピードだけならば誰にも負けなかったカルイも、その自分を上回る力に唖然としていた。
「ぐわははははははは、まあ、そこらへんは長年鍛えてきたアレ的なもので悲観する必要はないぞォ~カルイ。おぬしの筋もなかなかじゃ。磨けばまだまだ光るわい」
そんなカルイをフォローするバサラ。一方でニヤニヤと空を見上げながら上機嫌。
「にしても、どうやらあのバカもよほど小僧を気に入ったと見える。実に楽しそうじゃわい。滾るのぉ~いいのぉ~ワシも混ざりたいのぉ~~! それに……あのバカの天敵であるクソボケハクキは……どう思っておるかのぉ?」
と、彼方に居る自分の宿敵をも頭に思い浮かべた。
「にしても……あのゴクウとやらが脅威というのは分かったが……それはそれとしてアース……」
「マチョウさん?」
そのとき、何やら難しい顔をしながらマチョウが空を見上げ……
「色々と複雑な想いを抱いているというのは分かるが、そこまで嫌うか……自分の親を……」
「「「「「あ……」」」」」
そこで皆がハッとした。
アースが先ほど―――
――大魔王トレイナを倒した親父とか言うなよ! どーせ、一対一ならトレイナの方がずっとずっと強かったんだからよぉ!
「ず~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
その言葉を受けて、結局今日の鑑賞会もヒイロはへこんでいた。
「あの子も容赦ないわね……というか、コレ、私たちが見ていることをあの子は気づいてるの? 気づいてないの?」
落ち込むヒイロの傍らでマアムも苦笑するしかなかった。
人の目や、ましてや本人が聞いているということもアースは意識していないのだとしたら、それはもはや忖度無しの純粋な言葉。
だからこそ余計にヒイロや、ヒイロと共にトレイナと戦った七勇者である自分たちを抉る言葉であった。
「ふふふ、ふははははは、まったく……貴様らが嫌われているのか、それともあの方が愛されているのか……」
ハクキはハクキで「いい気味だ」と上機嫌。
と、口では言いながらも……
(まぁ、確かにアース・ラガンの言う通りかもしれんが……アース・ラガンはアース・ラガンで……ヒイロの当時の底知れなさは知らんのだろうがな……。とはいえ、ヒイロが当時のように『とにかく何も考えずに突っ込め』的なことになるのも面倒ではあるし、こいつはこのまま常識だけが身に付いた中途半端な大人のままでいてもらったほうがよいか……とはいえ、それはそれでつまらぬ気もするが……悩ましいところだ)
内心では少し違うことを考えていたりもした。
「ただ、それはそれとして、あのゴクウっていうの……やるわね……大戦の時でもアレほどのスピードにはお目に描かれたことは無かったわ」
「あ~……マアム?」
「より野性味ある変身もして……だけど、まだまだ力の底を見せていないって感じよね。アース相手に戦っているというよりは遊んでいるという感じで……」
「…………」
マアムのそのゴクウに対する見立てを聞いて、項垂れていたヒイロも少し間をおいて頷く。
「たしかにな……本気で殺す気で戦ったりしたらどうなんのか……やべーだろうな」
「ええ。ヒイロ……あんたなら、もしあのゴクウと戦うことになったらどうする?」
「……ん~……」
そして、その上で「もし自分なら?」と考えて、それでもヒイロが出せた答えは……
「アースと同じだな。相打ち覚悟。相手の攻撃をくらっても構わねえ……いや、むしろあえてくらう。そうすりゃ相手もそれだけ近づいてるってことだし、貰う覚悟さえしてりゃ根性で耐える。手の届く範囲にいるならとにかく何発もらおうがぶん回して、それが僅かでもどこかに当たれば、そこから切り開ける」
と、技術度外視の根性論だった。
「やることはアース・ラガンと同じでも、奴は様々なプロセスを経て技術で達成するものであり、貴様のそれとは違う……が、ヒイロのタイプだとそれが正解であろうな」
「ハクキ?」
「貴様のパワーと魔力と耐久力ならではの理論であり、貴様ならばゴクウ相手にも有効の手段。しかし……そのパワーと耐久力がアース・ラガンにはない……ある意味、これまで貴様が息子を中途半端に指導したりしなくて正解であったな」
「ぐぬううっ!?」
ヒイロならではの理論と攻略法であり、ハクキもそこは否定しない。
しかし、ヒイロとアースではタイプが違う。
「問題は、あのアースがここからどう攻略するのか……ね。あの子……アレだけのスピード差を見せつけられているというのに、驚くことはあっても臆してはいないもの」
ならば、アースはここからどうするのか?
それは現代において最強クラスと言われているヒイロ、マアム、ハクキ達でも注目するものであった。
「信じられねえ、なんだあのゴクウっていう奴は!」
「六覇相手に渡り合ってきたアース・ラガンを……いや、ラガーンマンを!」
「しかも、ブレイクスルー状態なのに……」
今、もっとも世界で有名な英雄にもなっているアースの力を寄せ付けない、新たな怪物の出現にジャポーネの民たちもどよめく。
「ハニー……ッ、えっと……(これ、本当にどうなるの? シナリオは?)」
もはや当初の予定からどうなるか分からなくなってしまった展開に、シノブも頭を抱える。
「やってくれるじゃねーかよ……ゴクウ」
一方で、アースはまだまだやる気満々。
桁違いのスピードを見せつけられ、まともなやり方ではゴクウに触れられる気すらしないアース。
しかし、そこで降参するほどアースの引き出しは少なくはない。
「ウキキ~、見たかアース、まいったか!」
「ああ……まいりはしないが、たまらねーな」
ふっとばされた体の傷や痛みを「大丈夫」と確認しながら、アースは再び構える。
ゴクウのスピードに脱帽したものの、まだお手上げというわけではない。
「おっ、まだやるかぁ?」
「このまま、負けたと思われるのは癪なんでな」
意地である。
このまま終わってたまるかと、アースは軽快にステップを踏む。
「ウキキ~、いいぜぇ、来いよ! アースッ!」
「ああ……大魔ジャブッ!」
踏み込んで、キレの良い左を連射するアース。
その拳をゴクウは最小限の体の動きで回避。
ゴクウはアースに触れさせもしない。
「まだやる気だぞ、ラガーンマンは!」
「うおお、まだまだ元気じゃねえか! すっげーパンチ!」
「ダメージはないみたいだし……いいぞォ、やれぇ!」
このまま終わりではない。
まだまだ素早い動きを見せるアースに民衆は沸く。
しかし、戦いに生きる戦士たちや、当然シノブの表情は硬い。
「ハニーの左は超一級品……しかし、それすらもアレほど余裕をもって回避できるなんて……」
どうなるかは分からないものの、とりあえず見たままのゴクウの身体能力に舌を巻くシノブ。
認めたくはないが、アースはゴクウのスピードに及ばない。
「速いわ……ジャポーネが誇る全忍者戦士ですら歯が立たないほどのスピードだわ……あのブレイクスルー状態であるハニーが触れることすらできない……でも……」
しかし……
「ハニーが闇雲にパンチを繰り出しているように見えない……あの仮面の奥の瞳に何か、迷いのない力強さを感じるわ……ひょっとしてハニーは何か狙っているの?」
まるで絶望しないどころか、「一泡吹かせてやる」とどこか企みの雰囲気が漂うアース。
アースをよく知っているシノブだからこそ、アースのその雰囲気を感じ取れた。
そして……
「へっへー、当たらねえなぁ~、アース~。ほれ、もっと近づいちゃうぞォ~!」
「ッ!」
「ほいほいほいっとな♪」
先ほどと同じように、ゴクウがアースの左の弾幕を掻い潜りながら、再び近づいてくる。
「カウンター狙いか? でも、俺様はもう無闇にアースに攻撃しねーもんね~!」
一気に詰めるわけではなく、少しずつ詰めることで、余裕を見せてプレッシャーを与えている。
すると、左ばかりを繰り出していたアースの右拳が構えた状態からピクリと動く。
(右か? フェイント? まっ、俺様にフェイントは通じねえぞォ、アース。俺様はアースが右手を伸ばしたタイミングからでも避けられるからな)
左を繰り出して、アースが右を繰り出すタイミングを計っていると察知するゴクウは、警戒は解かない。
しかし……
「ちゃんと左右のパンチ――――――ガッッ!?」
その時だった。
ゴクウの身体に衝撃が走って、全身が震えた。
「か、あ? な、え……?」
一瞬視界が暗くなり、衝撃が全身に走り、頭が揺れる。
(な、んだ? いま、頭がガツンと……後頭部? 殴られた? やべ、わからねえ、なんだ!?)
それはゴクウにも予想もしていなかった一打であった。
『ふふん、器用に決めたではないか……大魔ラビットパンチ』
誇らしげに笑みを浮かべるトレイナ。
そして、アース。
左のジャブを繰り出して、その突き出したジャブの引き際に軌道を変えて、ゴクウの見えない背後から後頭部への一撃。
「かはっ、が、アース……」
ゴクウの身体が驚きと衝撃で揺らいだ。
それだけで十分。
「大魔ラビットパンチ……からのぉ! 大魔ハートブレイクショットッ!」
「ふごぉ、お!?」
止めるのは足だけではない、全身を止める。
「ふほぉ、おぉ、おお!?」
ゴクウの左胸。すなわち心臓の箇所に目がけて右拳をスクリュー気味に叩き込んだ。
「うそぉ!?」
「アース・ラガンのパンチが当たったぞ!」
「ああ、右のパンチだ! 右の!」
「避けそこないか!?」
果たして、今の攻防で、アースが最初に左でゴクウの後頭部を叩き込んだことを分かる者が世界に何人居るか? それほど一瞬の出来事であり、ジャポーネでもほとんどの者たちがアースの右がいきなり当たったとしか分からなかった。
いずれにせよ、この瞬間ゴクウの全身が完全に硬直。
強化された肉体も耐久力も関係ない。
僅か数秒。
数秒もあればアースには十分すぎるほど、渾身の力を込めて放つことができる。
「ゴクウ、お前の眼なら……いかなるものもスローに見えるんだろ? 飛んでくるパンチを分かっているのに避けられない……味わってみるか?」
「ッ!?」
渾身の力を右拳に込め、大きく一歩を前に踏み出し、全身を前に投げ出すように勢いよく繰り出す一撃。
「大魔ソニックジョルトッ!!」
大魔螺旋を除けば、破壊力だけならばアースの持てる最大の威力のパンチ。
(ふりかぶっ、イヤイヤそんな大振りパンチ、避けられ……って、動けねえ! ちょ、まずいって、それまずい、え、殴られる? いやいやいや、動け足、動け体、首だけでもいいからどこでもいいからとにかく……いや、この軌道、俺の顔まで届かない? えっ、その場で突き出して……衝撃波!?)
それだけ振りかぶる攻撃はゴクウからすれば全部丸見えなのだが、身体が動かないゴクウはその一部始終を前に何もできない。
そして、パンチの軌道から自分の体に触れた個所だけでも僅かにずらして、いなすことはできないかと必死にもがこうとするが、残念ながらアースのパンチは殴るためのパンチではない。
その繰り出す衝撃波で、ゴクウの全身をふっとばすだけの―――
「うわおあおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
それを避けることはゴクウにはできず、今度は先ほどとは打って変わり、ゴクウがぶっとばされて屋根の上を激しく転がっていった。
「へへ~、どうよ? 今度はお前もぶっとんだなぁ~? うきききき、ってか?」
「……………」
得意気に笑うアース。
衝撃波を受けた身体への痛み、打ち付けられた体、実際のところ、それらはそこまでゴクウにダメージがあるわけではない。
しかし、体の痛み以上の衝撃をゴクウは受けて、ゴクウはまだ仰向けになって倒れたままだった。
(何が起こったか分からなかった……急にガツンとなって、叩き込まれて……。そしてスゲーのは……当てるべくして当てられた……これまで出会って戦ってきた奴のように、魔法とか、まぐれとか、そういうんじゃない。猿魔モードまで使ってる俺様が、油断なんてしてねーのに、体術でぶっとばされた………スゲーッ! しかも……しかも! やろうと思えば今だって大魔螺旋を叩き込んで、俺様を殺すことだってできたんじゃ? それだけヤバいことが起こった……スゲーッ!)
その衝撃は、これまで笑ってばかりだったゴクウから笑顔が消えるほど。
だが、笑顔が消えたのは一瞬だけ。
「これが……アース・ラガン……」
「ん?」
「もう、ワクワクが止まらねえぇッ!!!!」
ゴクウははしゃぐように飛び起きた。
「もう、止まれねえなぁ、アースッ!」
「ふん、ジョートーだぜ」
再び構えるゴクウに、応えるアース。
「ちょ、は、ハニーッ!?(まずいわ! 本当にこの二人、このままとことん―――)」
このままとことんこの劇の流れも全部忘れてやり合う気満々の二人を見て、シノブも流石に「まずい」と思って頭を抱えるが、それを民衆の前で口に出すわけにもいかない。
どうすればいい?
と、思ったその時だった。
「いくぜ、アース! もうとことん――――」
「――――やめなさいだっつーのぉぉ!!!」
「ッ!?」
「「「「――――――――――――ッ!?」」」」
耳鳴りのするような声が突如として響き渡った。
「ッ、な、なんだぁ?」
あまりの声に耳を抑え、辺りを見渡すアース。
すると……
「うごぉ~~~、俺様限定に超音波ぁあ~~~、うぐぅ……猿魔モードで感覚強化中だから余計に……つか……な、なんでぇ?」
飛び起きていたはずのゴクウが両耳を抑えて苦しむようにのたうち回っている。
そして……
「ゴクウくん……何ではこっちのセリフ、だっつーのぉ! ウチが丁度近くに居たからよかったものの、何やってるんだっつーのぉ!」
その声は甲高い女の声。
そしてそれは空から……
「「「「「ッッッッッ!!!????」」」」」
その声の主に、その姿を見たものたちは衝撃を受けた。
「こんなに目立って、しかもあのアース・ラガンとぉ……オツに怒られるんだっつーのぉ!」
淡い白緑の長い髪と、大きな翼を羽ばたかせた美女。
天空族ではない。ハーピイーに近い種族。いずれにせよ人間ではない。
しかし、誰もが言葉を失ったのは、その女があまりにも美女だったから……ではなく……珍しいハーピイーのような鳥獣人だから……というわけでもない。
「ちょ、な、何なの?! ハニー、あ、アレは……」
「……で、でけー……」
「……ハニー!」
思わずアースも釘付けになってしまう……その身に纏う薄布のような羽衣姿……それゆえ、体のラインも全てが丸分かりになってしまうために、より一層の破壊力を秘め、谷間どころか少し体をズラせば全て丸見えになってしまいそうなほどギリギリでチラチラな……
「「「「で……でかすぎんだろぉ!?」」」」
G級巨乳の謎の美女が空から降りてきたのだった。
――あとがき――
※3月末まで毎回下記の宣伝をやることになってるので、よろしくね?
今月からカクヨムが100万人会員登録を目指す強化期間を始めるようで、ワシもカクヨム広報的ななんたらに任命されましたので、下記をご連絡します。
会員登録と本作の『フォロワー登録』よろしくです!!!!!
「★★★」でのご評価もお願いします!!!
−−−特別なお知らせ
カクヨム会員のフォロワー様に向けて、本作(禁断師弟)の特別書き下ろしショートストーリーを、2023年3月末? に2篇、メールにてお送りいたします。
カクヨム会員でない方は、
から会員になっていただき、改めて禁断師弟のフォローをよろしくお願いいたします。
※カクヨム100万人会員登録キャンペーンの一環となります。
−−−
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます