第558話 意識の刷り込みと狭間
帝国ではしばらく沈黙であった。
それは宮殿でも同じであり、しかしようやく溜め込んだ息を吐いたソルジャによって破られた。
「ぷはっ……な、なんという攻防だ……言葉も忘れてしまっていたよ……」
まさに昨日までの鑑賞会とは打って変わっての状況。
それは、鑑賞会の内容が「つまらない」からではない。
あまりの目にも止まらぬ攻防に誰もが言葉を失っていたのだ。
「なんてスピードなんだ、あの二人は……」
「し、しかも、ただ速いだけじゃない……」
「ああ。なんか、アースくん、すごい駆け引きを繰り広げてなかったか?」
「あのゴクウも驚いていた……だけど、それでも全部回避するんだからあのゴクウってのもすごい……」
そして、ソルジャを口火に側近の戦士たちも感嘆の息を次々と漏らした。
同時に帝都の方からも……
「すげーーー、なんだよあの猿!」
「いやいや、アースもスゲーし!」
「昨日までの殴り合いもすごかったけど、これはこれで見ごたえあるよな!」
「ああ、これっパンチでの戦いの勉強になるんじゃないのか?」
「もっとアースは左をだな……」
「ああ、ガードが甘くなりそうでさっきも―――」
と、「これはこれですごい」とようやく歓声が上がったのが宮殿まで届いた。
「にしても、アレが伝説のゴクウ……アースのパンチにあたらない……いや、でも相手はあの冥獄竜王たちとも戦っている伝説で……う~ん……ライファント、君からすればどうなんだ?」
「……ふふ……あやつは相変わらず……と思う反面、あのゴクウの顔を引きつらせているアース・ラガン……お見事としか言いようがないゾウ」
「おお!」
魔界のライファントもまた、ゴクウの登場やらアースとの絡みやらで訳が分からずに頭を抱えていたのだが、それでもこの二人のハイレベルな攻防に一人の戦士として見入ってしまったのは間違いなかった。
ただ……
「アースの拳は僅かに触れていた……しかし、その状態からあのゴクウという者は回避した。徒手空拳の達人でもあるアースにとって、これはこれ以上ない屈辱だろう」
「「「「ッッ!!??」」」」
そこで、興奮する一同の中で、一人ライヴァールだけは冷静に落ち着いて二人の攻防を分析していた。
「ライファントよ。ゴクウとやらのスピード……アレが全力―――」
「それはないゾウ。あやつが本気を出したらそれこそ、目に見えなくなるゾウ。小生の勘では、たとえブレイクスルーを使っても本気のゴクウには……」
ライファントの忖度無しの答え。
ゴクウが全力を出せば、ブレイクスルー状態のアースよりも速いはずだと断言する。
六覇を倒したアースということを承知したうえでのライファントの言葉は重く、ソルジャやその場にいた戦士たちは寒気がした。
しかしだからこそ……
「なるほど。つまり正攻法な殴り合いは不利ということ……だが……そこはアースだ」
「ライヴァール?」
「アースは……自分の実力以上の相手、ヤミディレ、パリピ、ノジャ、そんな連中にはあらゆる策を使って戦った。ゴウダは除くが……劣る力量を、こちらの思いもよらぬ策や魔法で乗り越えてきた。ヤミディレの時は魔穴。パリピのときは剣。ノジャには臀部に大魔螺旋! つまり――――」
「「「「つまり!!」」」」
ライヴァールが大きく目を見開き、その上で……
「アースは恐らく……拳以外の攻撃でゴクウに何かをする気だろう!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」」
『なるほど……確かに言えているゾウ……。しかし、だからこそ……信じられぬゾウ』
ライヴァールのその断言は、確かに筋が通っていた。
アースのこれまでの格上との戦いで、皆の想像や予想を覆す攻撃で、六覇たちに一矢報いてきた。
今回も相手のゴクウの身体能力はアースより上。
だからこそ、ライヴァールの予想は筋が通っていた……のだが……
「「「「つまり、アースは拳の攻撃だけでゴクウを何とかする!?」」」」
『うむ、アース・ラガン……拳だけでゴクウをどうにかできると?』
「…………むっ」
一同はこれまでのライヴァール傾向からそう判断したのだった。
(すごいわ……桁外れのスピードと高度な技術戦……とても演技には見えないほどの……演技には…………ハニー? ゴクウ?)
世界はハイレベルな攻防に盛り上がり、ジャポーネの民たちも歓声を上げる中、これがシナリオありきの茶番であることを知っているシノブだけ呆気に取られていた。
そう、これは茶番。
演技なのである。
テキトーに盛り上げて、そして切りの良い所でうまく引き上げさせるのが本来の流れ。
しかし、二人の様子に、シノブはなんだか嫌な予感が過った。
そしてそんなシノブの気持ちなどお構いなしに、アースは躍動する。
「大魔フリッカーッ!」
「ウキー、またか! だが、もうくわねぇぞ!」
アースの左から、再び高速の攻防が始まった。
繰り出される無数のフリッカーがゴクウを襲うが、ゴクウはその全てを見切って、アースの周りを駆けだした。
「うりゃりゃりゃりゃぁ! もっとアゲていくぜぇ!」
全方位を縦横無尽に駆け巡り、的を絞らせないゴクウのスピード。
それでもアースは構わず拳を繰り出す。
左だけではなく、右も交えての連続攻撃。
だが、その全てが空を切る。
(無駄だぜ、アース! そんなテキトーに繰り出したパンチじゃ俺様には当たらねえ! そして、ここまでやればお前さんが息を止めて連打をできる時間もだいたいわかった……息が漏れた時、それがお前さんの連打が止まる瞬間! その時に一気に行くぜぇ!)
アースも足を使い、観戦している者たちからすれば目にも止まらぬ速さで攻撃を休まず繰り出している。
しかし、そのスピードを遥かに凌駕するゴクウを捉えられていないということも分かる。
(拳の弾幕が切れたその瞬間――――)
そして、無呼吸の連打を繰り出しているアースの攻撃が止んだ瞬間に攻撃を叩き込もうとその瞬間を待っていたゴクウ……だったのだが……
「わっ!? っ、あっぶ、うわっ!? おわ!?」
これまで難なくアースの拳を回避していたはずのゴクウの回避が乱れた。
体を仰け反らしたり、大きくしゃがんだり、飛び退いたりで避けるが、それは先ほどまでのような余裕がない回避。
(なんだ?! アースの拳が俺様を行く先々で……待ち構えてる? スピードは上がってないけど……いや、でもそういえば最初の追いかけっこでもアースは俺様に先回りしたり……どういうことだ?! やっぱりアースは俺様より速いのか!?)
その余裕のなさがゴクウの動きが乱れていくと同時に思考も乱れていく。
『それも童の先読み。ただし、童が今やっているのは……先読みしてゴクウに拳を当てるのではなく、先読みをしてゴクウが行こうとする空間に拳を置いて、ゴクウにその空間へ行かせないようにしているだけ。ただの通せんぼだ。しかし、高速移動で童の拳を全弾回避しようとしているゴクウからすれば、ソレも攻撃のように感じてしまうので、反射的に避けようと意図せぬ切り返しやルート変更が重なり、やがてバランスが崩れる―――』
ほくそ笑むトレイナ。トレイナがチラッとアースの顔を伺う。
ラガーンマンの仮面で素顔を覆い隠しているが、その心の内がトレイナには手に取るように分かった。
自信に満ち溢れていることを。
そしてアースは手を止めずに連打を繰り出す。
「ぐぬ、こな、んな、んおぉ、ぐっ……うきいいいいいい! っ~、どーなって……をっ?! あぶなっ! んのぉ!」
スピードはゴクウが上。しかし、ゴクウのよけ方が雑に、そして汚くなり、やがてその場で地面を転がって避けるというより、逃げているよう。
(ゴクウ……お前は……超人的な目とスピードを持っている、だからこそあらゆる攻撃をお前は避けることができる……だがその結果、お前は攻撃されたら避けることを優先する……空間に置くだけの俺のパンチも、強引にそのスピードで腕ごと弾くこともできたはず……でもお前は拳に当たらないことを優先した……最初の俺の大魔ファントムパンチも、後ろに逃げずに構わずにもっと踏み込めば、お前もダメージをくらったが、俺にもダメージも与えられたはず……だけど、お前は逃げた!)
そんなアースの心の内をトレイナは読み取って頷く。
ゴクウは避けることに特化しているが、それが逆に避けるまでもない攻撃すらも反射的にゴクウは避けてしまう。
その結果、アースがゴクウの行こうとしている空間に先回りの拳を置くことで、ゴクウはその何でもない拳をも無理に避けようとしてしまい、結果被弾しないものの、バランスとリズムが乱れ、そして避け方がその態勢でできる回避方法に限定されてしまう。
『ゴクウよ……貴様は誘導されているのだ……そうやって、そういう方向に、そういう方法で避けるようにとな……そして貴様は避けることを優先するが故、肉を切らせて骨を断つような大胆な戦法は取らん……それゆえ、攻撃をしている間は安全……だから童は心置きなく防御を捨てて大胆に左右の拳を振るえる……そして、そうやって誘導させた果てで―――』
ゴクウがアースの右斜め下にしゃがみこんで逃げ込んだ、その時だった。
「ぷはっ、はあ、はあ」
「ッ!」
アースの連打に一瞬の間ができる。
それは、無呼吸で拳を繰り出していたアースの息の限界。
その瞬間を待っていたとばかりに、ゴクウは目を光らせる。
(ここだぁ! いくぜぇ、アースッ! この位置からなら、ちょうど脇腹がガラ空きだぜ!)
これまで攻撃の回避に徹していたゴクウが目を光らせる。
アースの攻撃のインターバルの瞬間を突こうとする。
しかし―――
『このタイミング、そしてその位置からその態勢では……童の脇腹を狙うしかあるまい……」
それは全て誘導されていたものであり……
「猿拳ッ!!」
そうとは知らず、ゴクウはまんまとアースの脇腹に拳を叩き込んだ。
常人なら悶絶するほどの強烈な一撃。
だが……
『最初からそのタイミングで来ると分かっている攻撃なら、童は耐える』
アースの腹筋は貫かれない。
アースは堪えた。
と同時に―――
『相手の攻撃をあえて受けて踏み込ませてしまえば―――』
「はぶっ?!」
ゴクウがアースのボディ打ちをしたほぼ同時に、ボディへの攻撃を打ち込んだ瞬間に被せるように、アースの左フックがゴクウの下顎を打ち抜いた。
「……ガ……あ……ッ!?」
アースの懐に飛び込んで、しかもボディを打つために踏み込んだ状態のゴクウ。アースに攻撃を当てた瞬間の意識の狭間を打ち抜いた。
ゴクウを誘導し、ゴクウの姿勢と攻撃を限定させてから、あえてその攻撃を受ける。
『ふふふ……一回目の大魔ファントムパンチは、童が首ひねりでゴクウの攻撃を回避したことで、逆にゴクウに瞬間的に『避けられた。危険』という意識を刷り込んでしまい、直後の回避へと繋げてしまった。その結果、童の拳がほぼ触れた状態からでもゴクウは一気に離脱することで難を逃れた。ならば、あえてゴクウの攻撃をくらうことで、ゴクウの脳裏に『避けられた、危険』という意識ではなく、『当てた』という意識を刷り込ませて、ゴクウがそのことを認識した瞬間に、ボディ打ちと合わせるカウンターを叩き込む。しかも、これまでの攻防で、フリッカー、ワンツー、チョッピングライト、スマッシュ、そして右のフック気味のファントムパンチを繰り出してきた童が今日初めて見せる左フック……完全に意識の外にあったであろう? 今度は『拳が顎に触れられた』と認識したころには、既に打ち抜かれていたな』
饒舌に語るトレイナ。そして自分が未だに何をくらったのか理解できないゴクウは顎への一撃で片膝ついてしまい、そして目の前には左拳を突きあげるラガーンマンが立っていた。
『見事!』
トレイナが思わず口に出して称賛した瞬間だった。
「ぐっ、顎が痺れ……っ、打ち抜かれた……俺様が……」
ようやく自分が顎に一撃を当てられてしまったのだと認識したゴクウが、驚愕の表情でアースを睨む。
そして……
「アース……まさかお前……俺様の攻撃をワザとくらって……俺様をあえて誘った?」
「……へへ」
「ッ!?」
今の攻防に何があったのか、ゴクウは信じられないといった様子でアースに尋ねると、アースが仮面の下から笑って返した。
「ま、まじかよ……相打ち覚悟の自爆? っ、俺様のパンチだってまともに入っただろうが……」
そう、立っているのはアースであり、アースは確かに耐え抜いた。だが、ゴクウの渾身のボディへの一撃にノーダメージなわけではない。
だが……
「ワリーが、俺はお前と違って自分が無傷で戦おうなんてこれっぽっちも思ってねぇからな」
「ッ?!」
「何よりも、俺が自分へのダメージを恐れてカウンターでビビっちまった時、それはこれまでの全てに笑われちまう。アカさんや……アオニーや……そして何よりも……」
動体視力、先読み、フットワーク、拳を使った戦略、それらだけでもなく。
「あの、最高にイカしたロックンローラーになぁ!」
「ッ!?」
自分がこれまで戦った者たちの攻撃に揺るがなかった以上、アースが臆する理由など何もなかった。
――あとがき――
お世話になっております。
第二回の『愛され作家決定戦』の中間発表がされました。
https://kakuyomu.jp/info/entry/ksp_1st_anniversary_cp_mr
なんと2位!? 第一回に続いて高順位に驚いております。全ての皆様に感謝!
引き続きよろしくお願い致します!
また、以下~
※3月末まで毎回下記の宣伝をやることになってるので、よろしくね?
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