第425話 四人分
――せっかくハニーが……うぅ、なのに私が案内をできないなんて! ……うう、エスピさん、スレイヤさん、ハニーをお願いします。あっ、くれぐれも、ハニーを色町には連れて行かないでね?
――当然!
シノブが心底悔しそうにのたうち回った。
ジャポーネ王都に遊びに……というか、情報収集?
いずれにせよ、俺がジャポーネに行くことにシノブは何とか同行できないかと頭を抱えた。
しかし、シノブはまさにジャポーネの連中が狙っている存在であり、かなりの有名人でもあるようだ。
変装とか色々と粘ったようだが、結局お留守番。
アミクスも羨ましがっていたけど、あんなデカメロ……エルフは目立つしな。
とりあえず、今日は偵察と情報収集がメイン。
そのため、ジャポーネに王都に来たのは……
「やっほーい! 着いたよ~、お兄ちゃん! ほら、スレイヤ君も手を繋いで……見えてなくても、トレイナにもちゃんとさせて! せーの!」
はしゃぐエスピは俺とスレイヤと手を繋ぎ、そして一応俺もトレイナと。
四人並んで繋いだ手を同時に振り上げながらジャンプ。
「「「『ジャポーネだー』」」」
王都の入り口から早速恥ずかしいことをさせられた。
ジャポーネの民たちは何事かと注目してくる……ハズイ……そして、何だかんだでトレイナも呆れながらも飛ぶんかい!? ノリ良いな、おい!
とまぁ、いずれにせよ……
「んふふふ~、私も数えるぐらいしか来たことないけど、ジャポーネに来ちゃったね~。お兄ちゃんと!」
「色々と現在進行形で問題が起こっている国だが……やはり巨大だね」
『ふむ……大した発達ぶりだな……生前にお忍びで来て以来だな……』
「え? なんか、トレイナも来たことあるみたいだ。ってことは初めてなのは俺だけか……」
特に問題なくジャポーネ王都に足を踏み入れることができた俺たち四人。
俺は初めて。
というより、家出をしてから色々と回ったが、他国の王都に足を踏み入れたのはこれが初めてだった。
「なんか、随分とアッサリ入れたな。もっと警戒していると思っていたけど……」
「だね。まぁ、国王の独裁が目立つ国だし……逆に言うと、国王の指示がずさんだと、こんなものなのかもしれないね。彼らはどちらかというと国の外に逃げているコジローたちの追跡に全力を注いで、王都の入り口はテキトーなんじゃない?」
「それに、ボクの持っているハンター証明書は世界最高峰の物だから、これさえあればどこの国もアッサリ入国できるし、たいていの立ち入り禁止区域も入れるんだよ」
もっと入るのに色々と面倒なことがあるかと思ったが、そうでもなかった。
一応出入り口はサムライたちとかが警備しているが、スレイヤがハンターとしての身分証を提示したらアッサリと入れた。
さらりとスレイヤがスゴイ証明書を持っていたようだが……いずれにせよ……
「はい、もう今日はヤケだ! ほら、兄ちゃん姉ちゃん寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ほれ、もってけ泥棒! ほらどうした! こちとら商売人と言えども、今日は大盤振る舞いよぉ!」
「てぇやんでー、べらぼーめ! こちとら生粋のジャポーネッ子、おとといきやがれ!」
「これ、なんぼなん? ほんまかい! って、なんでやねーん!」
「そこのお侍はん……あちきの茶屋に来ておくれやす~」
「そこのかわいいおにーさん、わっちと夢のような一時はいかが? わっちと遊んでくれたら嬉しいでありんす~」
「「結構です! お兄ちゃん(さん)にはまだ早いので失礼します!」」
「……?」
飛び交う言葉は色々と独特なものがあるが、とにかく大勢のジャポーネ人たちが視界に入る。
「おぉ、当たり前だけど見渡す限りのジャポーネ人……みんなシノブみたいな黒髪が多いな……それに伝統衣装のキモノを着ている女がいっぱいいるな~。あっ、あっちにはコジローみたいに刀を脇に携えている奴らもいる」
帝国人やこれまで出会った違う国の人たちの中でも、ジャポーネの人たちは特徴的だった。
黒髪、黒い瞳、更には身に纏う衣類に至ってまでジャポーネ特有のものだ。
「人通りが多く栄えているな……活気もあるみたいだし……」
「うん。でもね、お兄ちゃん……本当に元気だったころのジャポーネは……まだまだこんなものじゃなかったよ。もっとあっちこっちで人も元気に走り回って、商いの声も飛び交って熱気にあふれていたよ」
「え……これ以上か?」
これだけでも十分騒がしく元気だと思ったが、本来はこれ以上と告げるエスピは、少し寂しそうに苦笑した。
「うん。みんな、内心で色々とあるだろうからね。国王があんなことやってるわけだし、国の英雄のミカドおじーちゃんやコジローまで大変なことになってるわけだしね。あとお兄ちゃん、エッチぃ格好の女の人に話しかけられても無視だからね」
「国王の圧政に苦しめられ、先行きが暗い……気の毒なものだね……あと、お兄さん。色っぽい着物の人に声かけられてもついていったらダメだからね」
『ふむ……』
パッと見るだけでも、ジャポーネの発達ぶりや国力は伺える。
だけど、本来ならまだまだこんなものではないというエスピとスレイヤの言葉に、トレイナも特に否定はしなかった。
「でも、やっぱ大きな国だな。人も多いし、なんか向こうにもでっかい建物があるな」
帝国とは全然作りが違うものの大きな建物がズラりと左右に並んで人々が行き交う。
通りの最奥には巨大な城も見え、その周りにも見事な塔が立っている。
『たしかに、ジャポーネの建築は独特だな……いくつか見える楼閣なども大したものだ……現国王がいかにバカでも積み重ねられた歴史や文化を感じる……戦後から更に発展はしているようだな……もっとも、四民平等で暮らしが豊かであるかは別だがな』
「トレイナもジャポーネが発展しているって、感心しているよ。でも、豊かかどうかは別だって」
「へぇ~。でも、そうだよね。だからシノブちゃんたちのような忍者戦士は職にあぶれたりしているわけだしね」
「確かに……表通りでは分かりにくいかもしれないけど、裏通りに行けばもっと……」
もし、何も知らない状態でこの国に足を踏み入れていれば、帝国とは違った文化で発展している大きな国に浮かれていたかもしれない。
だが、この国の王様やらシノブたちのことを知っている以上はそんな気分にはなれない。
「いらっしゃーい。美味しいお団子いかがですか~」
とはいえ、せっかく来たわけだし色々と見て回らないとな。
丁度、綺麗なお姉さんが呼び込みをしている店から、何やらいい匂いがする。
店の前でおっさんが頭に手ぬぐい巻いて、串に刺さった何かを焼いている。
『あれは団子だな』
「だんご?」
「あっ、お兄ちゃん知らないの? ジャポーネの伝統的なお菓子の一つで、美味しいよ! 他にもモナカとか、まんじゅうとか、どら焼きとか!」
「せっかくだし食べて行こう。それに、アミクスたちにもお土産で持って帰ってあげたいしね」
トレイナの呟きに俺が反応すると、エスピが目を輝かせながら俺をその店に引っ張っていく。
ジャポーネ伝統のお菓子……確かに興味あるな。
「いらっしゃいませ~、何になさいます~?」
笑顔の着物お姉さんに尋ねられ、店の壁に貼ってあるメニューに目を通すと、そのダンゴとやらだけでいくつもの種類があった。
「へぇ、おいしそう。わ、色々種類あるなぁ……なぁ、エスピ。何がおすすめなんだ?」
「全部おすすめ! 私はみたらし、きな粉、こし餡、しょーゆ、1本ずつちょーだい!」
「ボクも同じので」
どうやら二人は色々と詳しいようで慣れたように注文している。一方で俺は二人が口にした用語の意味すら分からない。ミタラシ? 女たらし?
『みたらしは穀物を発酵させたジャポーネの伝統的な液体調味料と砂糖を混ぜたものだ。まぁ、深く考えず貴様もエスピたちと同じもので良いと思うぞ。その四本は数ある団子の中でもおそらくトップクラスの人気のものだ』
「あっ、トレイナがそう言うなら……じゃぁ、俺も同じの。俺のは全部2本ずつ。あと、皿2枚に分けてください。飲み物も2つで」
「「?」」
そういえば、シノブが作ってくれたライスボールといい、ジャポーネってこういう食文化からして帝国とは全然違うんだな。
今まで見たことも口にしたこともないものばかりで、知ることがいっぱいありそうだと実感させられる。
「ねぇ、お兄ちゃん。一人で8本も食べるの? 成長期~?」
「でも、団子は甘いからそんなに食べると太るよ? まぁ、お兄さんはよく走るから大丈夫だろうけど」
と、俺の注文内容に驚いた様子のエスピとスレイヤ。
俺の注文に何の意味があるのか?
「あっ、いや……えっと、それは……」
『まったく……だから無駄遣いするなとあれほど……ふ、ふん、こ、困ったものだ……』
その意味をいざ説明しようとすると、少し照れてしまう。
トレイナも何かプイッとソッポ向いてしまっている。
「ちげ……いや、まぁ……最終的には俺が食べるんだけど……その、俺の分というより……トレイナの分だよ」
「「……え?」」
「い、いや、変だとは思ってるけどさ、ほら、何だかんだで今後はこの四人で旅をするわけだし、一人だけ無いの可哀想だしよ……エルフの集落みたいに他の皆が一緒の時は無理だけど、俺たちだけの時はさ……」
ホンイーボ以来たまにこういうことをやっている。
一種のお供えのようなものというか、一人だけ目の前に何も置かれていないトレイナは何となく気になるし……
「おまちどーさまです~!」
四人掛けのテーブルに、同じ皿が四つとコップ四つ。
前にはエスピとスレイヤが並んで座り、二人には見えないけど俺の隣にはトレイナが……
「ほ、ほら、言っただろ? これからは四人で旅するんだから……俺たちは三人じゃなくて、四人なんだから……」
「「お兄ちゃん(さん)……」」
俺の言葉に呆ける二人。
だが、俺の言葉の意味を理解した二人は徐々に顔が緩んで……
「お兄ちゃん、なんていい子なの! あんな親に育てられて、あんな環境にいて、それでもこんな優しい子に育つなんて!」
「こんな良い子のお兄さんに罵声を浴びせるなんて……やはり帝国は許せないね! 嗚呼、ボクのお兄さんはなんて心優しく、そしてかわいいんだ!」
二人はテーブル乗り越えて一斉に左右から俺をハグして頬ずりして頭を撫でてきやがった。
「ちょ、やめろ、お前ら……はずい……」
大声で俺を抱きしめる二人の姿に店のお姉さんとか他の客とかも注目してくる。
もう、何事かと変なものを見るような目をしている。
だけど、二人はそんなことおかまいなし。
「うん! うんうん! もういいよ! 私たちは四人! うん! トレイナ、ちゃんとお兄ちゃんに感謝するんだよ? 私ももう幽霊とかも受け入れちゃうよぉ!」
「実はまだ受け入れがたいところもあったけど、お兄さんがそこまで想っているんだ! だから、ボクももうトレイナさんを仲間として受け入れるよ!」
『そ、そうか……』
「はは、トレイナも苦笑してるよ……あと、恥ずかしいって……」
とりあえず、何だかトレイナのこともエスピとスレイヤも受け入れてくれそうだし、これなら大丈夫そうかもな。
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