第361話 ベタなことはしない

「俺ならできるはず」


 クロンが俺に言ってくれた言葉を思い返す。

 あのときは、暁光眼の力も確かにあったかもしれない。

 でも、言葉の力も確かにあった。

 その言葉を心の中で何度も繰り返し、口でも何度もつぶやく。

 できると思うこと。思い込むこと。

 脳に、体に、細胞に至るまでそう思わせること。


「できる! できるできるできる!」


 俺が走り込みをしていたカクレテールのとき。

 あのときは、魔呼吸習得のために水抜きまでしていた。

 極限まで自分の体と精神を追い込み、まさに死を見て、気が狂いそうになった。

 しかし俺は耐え抜いた。

 それから何があった? 

 マチョウさんに勝った。

 バサラと戦い唸らせた。

 天空王、そして六覇や魔王軍との戦い……


「俺はそれだけ……戦ってきた!」


 それを繰り返し反芻することで、どれぐらい時間がかかっただろうか?

 何時間? 昨日もいれたらもっと?

 ただ、いずれにせよ……


「……コレだ!」


 久々の走り込みで、少し時間がかかったかもしれない。

 でも、この感覚…… 


『どうだ、童よ……気持ちよくなってきたか?』


 最近では極限の集中状態のゾーンには自分の意思でなることができる。

 その時の感覚は「入った」っていう感じだ。

 そう考えると、今の状態は少し違う。


「上がってきた……」


 疲れていたはずなのに、どんどん気持ちが向上? 興奮? 楽しいとすら感じて、何だか何でもできるような気がしてくる。

 ゾーンの「入る」と違って、「上がる」っていう感じだ。


『クロンの瞳を使わずとも、脳内麻薬を分泌させ……境地に至れ』


 前方で俺を見失わない程度の距離を保ちながら休みなく逃げているエスピとスレイヤにとっても、これまでも何が起こるか分からず気が抜けない時間だっただろうから、精神的にもちょっときてるかもしれない。

 だが、トレイナが言うように俺にとってはむしろここからが始まりだ。


「むむ……エスピ……」

「うん。なんか、お兄ちゃんの空気が変わったね」

「何か企んでいるね」

「ようやくだね。昨日からずっと、今日も何時間もああやってひたすら走ってるだけだったのに……」


 そして、スレイヤとエスピも俺の空気を感じ取ったようだ。

 雰囲気から警戒態勢が更に上がっているのが分かる。


「昨日からだもんね。食事の時も何も教えてくれないし……いくら走っても捕まえられないボクたちにヤケになっているわけじゃない……」

「昨日からずっと仕込んでいたんだろうね……仕込みが長いほど美味しくなるカリーと同じ♪」

「その通り。どうやら、今のお兄さんはこの数日だけで、ゴウダを倒した時とはまた少し変わったのかもね」

「ふふ、つまり……またカッコよくなっちゃうのかな?」

「どうだろうね。さあ……見せてくれるかい? お兄さん」

「そのお兄ちゃんをも上回ることで、私たちをお兄ちゃんに証明する!」


 スレイヤとエスピは、「来い」と俺が何かをやるのを待っている様子。



「いくぜ、デッカくなった弟妹ども!」



 この鬼ごっこ、俺に勝つだけならば、俺が何を企んでいようとも、昨日も今日も俺が見えなくなるぐらいさっさと距離を離せばよかった。

 でも、そうしないのは、二人は勝負だからこそ、俺に対する勝ち方にこだわろうってことだ。

 見えなくなるまで突き放して勝ち、とかじゃない。

 今の俺じゃ何をやっても捕まえられないってことで、自分たちの力を見せるために、あえて俺が何かをするのを待ち構えている様子。

 だからこそ、俺もちゃんと仕込むことが出来た。



『さて、童。ここでブレイクスルーをしても、まだ距離がある。魔呼吸で繋いでいっても、その呼吸で無防備になった隙にエスピの能力が邪魔をするだろう。さぁ、どうする?』


「関係ねぇ。ノンストップで、地の果てまでハイスピードで追いかける!」


『なら、食らいついていけ。今はそれでよい。地道もまた一つの正解』



 捕まえるなら、一回のブレイクスルーの間に捕まえるしかない。

 だけど、今の俺がブレイクスルー状態でダッシュをしても捕まえられない。


「どうせ、今の俺にはこれしかできねーんだ。エスピのように空を飛べるわけでもないし、一気にぶっ飛ぶなんて……」


 そう、一気にぶっとんでいくなんて裏技なんか今の俺には無い。

 だからこそ、地道に走って走って走りまくって追いつく……って、なるはずだったんだが……


「ぶっとぶ……か……」


 マジカル・ランナーズハイで、「今の俺なら何でもできる」と思い込めるようになったからか、地道で走るつもりだったのに、俺は別のことが頭の中に思い浮かんでしまった。

 それこそ、一瞬であいつらまでぶっとべるような方法を……


『おっ♪』 


 俺が頭の中で思い描いたことを、傍らのトレイナがどこか嬉しそうに反応した。

 

『ふはははは、そう来たか。なかなか面白いことを考えるではないか、童』

「……どうだ?」

『まったく……今回のトレーニングはスタミナが課題であったが……そのために達したマジカル・ランナーズハイで、思わぬものに手出すことになったが……よいぞ!』


 俺が敵をふっとばす最大最強の技はいつでも大魔螺旋だ。

 それを打ち込むこともあれば、その衝撃波でふっ飛ばすこともある。

 それこそ、力を込めてどこまでも相手をふっ飛ばすぐらいの力を入れている。

 なら、その力で俺自身が吹っ飛ぶとどうなる?

 そんな俺の考えに、トレイナは頷いた。



「うおおおお、大魔螺旋ッ!!」


「「ッッ!!??」」


 

 二人がハッとした様子を見せる。


「ついに出たね……」

「うん、うん! お兄ちゃんの代名詞……魔水晶通して御前試合のは見たけど……」

「やっぱり、こうして直に見ると……」

「涙が出ちゃうね♪」


 その表情は目を細めて懐かしそうにして、ちょっと目が潤んでいる。

 あいつらにとっても思い出深いこの力。


「で、どうするのかな? まさか攻撃?」

「私たちに攻撃はないと思うから、私たちの先にある道を破壊して通れなくする……ってのが、ベタなところかな?」

「だったら問題ないね」

「うん。そうなった場合の対処法も既にあるもんね」


 俺があいつらに向けてこの技で攻撃するはずがない。

 だから、俺がやるのは妨害なのかと予想しているあいつら。

 あいつらは、「そんなベタな使い方しても通用しない」って話してるな。

 実際は違う。

 そして、今からやるのはこれまでもやったことのない使い方。

 だから、安心しろ。

 ベタなことはやらねえ。



『ワンポイントアドバイスだ、童。単純な螺旋ではなく……螺旋の形を少し変えてみよ』


「え?」



 そのとき、大魔螺旋の衝撃波で飛ぼうとした俺にトレイナが耳打ち。



『大魔螺旋も、魔力操作の一端に過ぎず、それが最終形態ではない。あくまで魔力を操作して螺旋の形を作っただけ。ならば、他の形にして作ることも可能! すなわち、その状況に応じて何でも作れるッ! 激しく回転する渦で……風車のような羽をイメージしてみろ!』


「羽?」


『今の貴様ならば、大魔螺旋の『形態を変化』させることも可能だ!』



 トレイナが更に後押しをするように「今の俺ならできる」とこれ以上ない頼もしい言葉をくれた。

 ならばやってやる。

 もともと大魔螺旋も意識をして形を作っていた。

 それが何度も繰り返していくうちに、今では無意識にできるようになった。

 今回は原点回帰。イメージしたものを形作る……


「な、……なに!? お兄さんの螺旋が……」

「何あれ? 風車!?」


 あいつらも初めて見る俺の新しい大魔螺旋の形。

 昨日までの俺とはまた違う力にあいつらも驚き……


『ふふふ、懐かしい。飛行魔法が使えるようになって、こんなド派手な技を余も使わなくなったが、遥か昔……空を自由に飛びたいなと思った余は、これで空を駆けたものだ……螺旋(ヘリコ)と翼(プター)の融合技!』


 トレイナもまた懐かしそうに、そしてどこか楽しそうな様子で……



『空を自由に飛んでしまえ!!』


「押忍! 大魔ヘリコプター!!」



 大魔螺旋の爆発的な威力と回転の渦、そして作り出した翼を推進力にして突き進む。

 まるで大砲で飛ばされてるかのような勢いで、俺は飛ぶ。


「ふぇ……?」

「んなっ……」


 あ……


「うわ、め、目がッ!? い、は、はやいっ!?」


 それはもう「飛ぶ」じゃなくて「ぶっ飛ぶ」だった。

 あまりの速さと勢いで、俺も目を開けられないぐらいに。



「うあ、お、おおああああああああああああああああああああああああ!!??」


「お、お兄さんッ!?」


「あああああ、お、お兄ちゃんが?! うそ、何これ!? はやっ、て、お兄ちゃんが!?」



 とにかく分かったのは、前方に居たはずのエスピとスレイヤの声が後ろから聞こえてきた。

 つまり、俺は今の一瞬で二人を追いつくどころか、抜き去ってしまったということに……


『ほほう、上々だな』

「いや、と、トレイナ、これ、ど、どうすれば?! いや、解除!?」

『待て、すぐに解除すると勢いよく投げ出されたり、そのまま地上へ落下する。止まるなら、ゆっくり減速しながらだ』

「そ、そんなこと言っても!?」 


 そして俺自身も制御しきれず、高速飛行でそのまま遥か先へ……


「ちょ、お兄さんが行っちゃったよ!?」

「急いで追いかけないと……幸い、方向は目的地に向かってるけど、止まりそうにないよ!?」

「このままでは山に激突しちゃうよ!」

「お兄ちゃん、今すぐ行くから!」


 後ろから必死に叫んで追いかけてくる妹と弟の声も、あまり聞こえず俺は……





 その先にある、木々の生い茂る山へ向かい……









「ふふ、見つけた! 『パイ樹の実』ちゃんと大きく甘く熟してる♪ 持って帰って早速スイーツ作りしないと! アップルパイとかレモンパイもいいけど、やっぱりこの時期は今が旬の、パイパイが一番美味しいもんね♪ 近いうちに兄さんと姉さんが大事なお客様を連れて遊びに来るって言ってたし、私の自慢のパイパイをい~っぱいご馳走してあげないと! ……あっ、すぐに帰らないと。お父さんに気づかれたら、また結界の外に抜け出したこと怒られちゃう。最近、人間たちがたまに無断でこの山に足を踏み入れているって言ってたし……」









 そのとき、ぶっ飛んでる俺の進行方向にある山の中で……




「え? きゃっ、凄い風?! なに? 何かが……何かが飛んで……え?」




 一人の妖精がウロウロしているのを、俺はまだ気づいていなかった。









――あとがき――

さて、なんかよく分からん技で二人を追い越してしまったアース。その前方には謎の妖精が。この妖精は一体何者? 果たして一体どうなってしまうのでしょうね?


ちなみに、『パイ樹の実』とはジャポーネで特定の季節に取れる果物のことで、それでお菓子のパイを作る、パイのパイ……通称・パイパイというお菓子が妖精さんは得意なようです。単純に何かオリジナルな果物やお菓子を出したかっただけであり、特に深い意味はありません。深読みはしないで大丈夫です。


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