第351話 幕間(大人になった超能力少女)

 あの時の悲しみはいつまで経っても忘れられない。

 思い出しただけで今でも泣いちゃうんだから。


 あの日、お兄ちゃんがいなくなった。

 大好きだって言ってくれたのに。私は何も悪くないって言ってくれたのに。

 私とスレイヤくんを置いていった。

 どうして? 

 私、お兄ちゃんがいてくれたら、もう他にワガママ言わないのに……


――今度再会したら……今度っていつ? 


 そう、私は分からなかった。

 族長さんやラルさんたちの説明を聞いても、当時の私もスレイヤくんも理解できなかった。

 ううん。納得できなかったんだ。

 でも一つだけ、これだけは何度もラルさんは言い聞かせてくれた。


――あの男、嘘は言っていない。必ずお前たちはまた再会できるのだ。ヒイロとマアムの子供が生まれ、もっと大きくなったときに……


 それは途方もなく先の話。

 私もスレイヤくんも、新たなエルフ族の集落に暫く身を寄せ、何日も塞ぎ込んでいた。

 でも、そんな中で当時の私もスレイヤくんも、やらなくちゃいけないことがあることに気づいた。



――エスピ、連合軍へ戻るとは、どういうことだ? なぜ、今さらまた戦争に身を投じる? 貴様の兄がそんなことを望むとでも?


――うん。決めたの……、ラルさん。ゴウダは死んだけど、まだ魔王軍は強くて、ヒイロたちはピンチだから……


――それは……かつての仲間のために?


――ぜんぜん違うよ。だって……ヒイロとマアム、どっちかが死んじゃったら、お兄ちゃんが生まれない!



 そう、お兄ちゃんはヒイロとマアムの子供だというのが本当だとしたら、もしヒイロとマアムに何かがあったら、お兄ちゃんが生まれない。

 未来でお兄ちゃんに会えなくなってしまう。

 そんなことだけは絶対に嫌だった。



――連合軍に戻る。ヒイロとマアム……どっちかが死んじゃったらお兄ちゃんに会えなくなる……そんなの絶対ヤダから……二人を守って、魔王倒して、お兄ちゃんが生まれてくる世界にするんだ!!



 それが当時、私が出した答えであり、やるべきことだと思った。



――ボクはとりあえず皆と行動する。ボクメイツやハンターたち、それに今度はジャポーネのサムライやニンジャたち、戦争逃亡者たちにも警戒しないといけない……お兄さんがエルフの皆を守った……だったら、今度はボクが守る


――うん、私とスレイヤくんの両方いなくなったら、ラルさんと族長さんだけじゃ危ないかもだしね……


――お兄さんと再会したとき、エルフたちがいなくなっていたら悲しむからね……


――そうだよ、ぜったいにまもってよ、スレイヤくん


――ああ。君もヤバくなったら逃げてくるんだよ……何かあったら、ボクが一人で未来でお兄さんを独り占めするから


――死ぬわけないしぃ! 魔王軍なんてさっさとぶっとばしてくるんだから!



 連合軍から行方不明扱いだった私だけど、ちょうど私が合流した時はヒイロたちがピンチな場面で、連合のピンチに颯爽と現れたことで、当時はヒーロー扱いになって、黙っていなくなっていたことも不問になって、当時の仲間たちも快く迎えてくれた。

 ベトレイアルも色々言ってたけど、私が帰ってきたことと、その後の活躍で何とかなった。



――生きていてくれたんだな、エスピ! よかったぜ! 本当によぉ! そして、よく駆けつけてくれた! お前は俺らの最高の仲間だぜ!


――エスピ、ありがとう。そして、約束する。今度あなたが何かあったら、必ず私たちがあなたを守るわ!


 

 ただ、私はそれでも皆に対して心を開いていなかったと思う。


――信じ合う仲間たちを想う気持ちが、奇跡を生む。どんな壁だって乗り越えられるんだ! そうだろ? エスピ!


 は?

 仲間のため? 

 違うよ。私が戦うのはお兄ちゃんのため。

 バカみたい。勘違いしないで欲しかった。

 そもそも……



――エスピ、俺らに甘えてくれていいんだぞ? もし、ベトレイアル王国と問題あるならいつでも言えよ! 力になるぜ! お前は俺たちにとって仲間であり、妹みてーもんなんだからよ! 


――ぜーったいヤダ。あと妹って次に言ったらぶっとばすから


――あ、おい、エスピ~。まったく……難しいお姫様だぜ



 私はヒイロが嫌い。だいっきらい。



――ほれ、頭撫でてやるからよ~。いいこ、いいこ~って―――


――ッ、触るなあああああ!


――うおっ!? ぎゃああああああああああああ!?


 

 ヒイロは調子に乗って私の頭を許可なく触ろうとしてくるからだ。

 私はそれだけは死んでも許さなかった。

 手加減なんか一切しないでぶっとばした。


――私はヒイロの妹なんかじゃない! 頭も勝手に触るなぁ! 今度触ったら、ぶっとばすだけじゃユルサナイ! 


 ふざけるな。ふざけるな。

 私の頭を触るな。

 私を撫でていいのは世界でただ一人だけ。

 私がヒイロたちの妹? うるさいうるさい。

 私のお兄ちゃんは一人だけ。

 世界で一人だけ、世界で一番カッコいい世界で一番のお兄ちゃんは一人だけなんだ。

 お前は違う。

 お前なんか、お兄ちゃんが生まれたらどうなってもいいんだ。

 そう思って私は耐えながら、それでもヒイロとマアムは絶対に死なせちゃダメだと思って戦った。



――エスピ嬢……


――コジロー……なに?


――深くは聞かねぇ……ただ、一つだけ答えて欲しいじゃない。今、こうしてオイラたちと命懸けで戦っているのは……その先に……お前さんの望むものがあるからかい?


――なにそれ?


――お兄さんがどうなったかは知らんが……ただ、お前さんの暴れっぷり……最初はヤケになっているからなのかと思っていたが……どうもお前さんの戦いざまには、何かを求め、何かを守ろうとしているような気がしてならないじゃない?



 コジローは私にお兄ちゃんがどうなったのかは聞かなかった。

 ただ、コジローは最初、お兄ちゃんが死んだと思って、そして私がそれでヤケになって戦争で暴れていると思ったみたい。

 でも、私が全然そんなんじゃないっていうのは分かったみたい。

 コジローは色々と見抜くから苦手。



――うん。私はもう一度お兄ちゃんに会うの……だから戦うの……


――そうかい。なら、オイラもそんなお前さん以上に戦って、少しは役に立たないとじゃない



 でも、コジローはそこまで嫌いじゃない。



――……あ……


――……あ……



 連合軍の本部でたまにすれ違った、マアムが保護しているサディスちゃん。

 私は以前まで、サディスちゃんとは全然関わろうとしなかった。

 でも、サディスちゃんは家族いなくて、マアムしかいない可哀想な子で、私もお兄ちゃんと出会えたからか、放っておけなくなった。



――お姉ちゃんって呼んでもいいよ


――あ、え、あの……



 だから、たまにサディスちゃんとは遊んであげることにしたし、仲良くすることにした。

 でも、ヒイロたちはダメだ。撫でさせない。妹にもならない。

 守ってあげるだけ。お兄ちゃんがこの世に生まれてくるために。

 戦った。

 待った。

 戦った。

 待った。

 戦った。

 待った。



――戦争は終わりだ! 俺たちの勝ちだ! そして今日より、人と魔の争いを終結させる! もう、誰も殺し合うんじゃねぇ!


 

 戦争が終わってからも、待った。

 待った。

 待った。

 待った。

 たまに戦った。



――のわあああ、ヒイロに結婚はさせぬのじゃぁぁ! わらわにあんなことをしおった……ラガーンマンなどと名乗って正体を隠したつもりかもしれぬが、わらわは騙せぬのじゃぁ! 責任取らせるのじゃぁ!


――戦うよ、スレイヤくん! ヒイロとマアムの結婚はぜーったい邪魔させない! それに、ラガーンマンはヒイロじゃないし! お兄ちゃんなんだか……あっ……


――ば、ばか、エスピ! それは……


――……へ? どういうことなのじゃ?



 戦っ……たたか……うん。

 そして……



――ほら、サディスってば、エスピにも抱っこさせてあげなさいよぉ♪


――うぅ……じゃあ、とくべつです! でも、十秒だけです! エスピお姉ちゃんでもずっとはダメです!

 


 私は、その時ようやくお兄ちゃんが嘘をついていなかったことを理解した。



――この子はね、私とヒイロとサディスの新しい家族……アースよ


――あっ……ああ……アース……その名前……


――うぅ……はい、十秒経ちました。終了です。坊ちゃま抱っこしていい時間は終わりです。坊ちゃまをずっと抱っこしていいのはサディスだけなんです 



 本当だったんだ。お兄ちゃんが言っていたことは全部。

 だから、本当に私たちはもう一度会えるんだ。



――スレイヤくん! うまれた! お兄ちゃんがうまれた! 名前は、アースだって! お兄ちゃんなの! やっぱり、お兄ちゃんだよ!


――本当かい!? じゃあ、……本当に……本当にボクたちはいつか……本当にボクたちのお兄さんと会えるんだ……


――うん! うん!


――やった……やった! ボクたちはまたお兄さんに会えるんだ!


――うん! やった、やった! やった!



 私たちは両手を繋いでピョンピョン飛び跳ねて喜んだよね。

 実は、私とスレイヤくんが二人で心からいっぱいの笑顔で喜んだのはあの時が初めてだった。

 それぐらい私たちは嬉しかった。

 待っているだけで、本当にそんな未来が来るかどうか分からなかったけど、その未来が必ず来ると分かって、ようやく私たちは希望を抱くことが出来た。

 だから、もっと頑張れる。

 頑張って待とうって思えるようになった。



――今日の連合会議は、例のボクメイツ・ファミリーのこと。先日、我ら帝国でボスのイナイを逮捕することが出来たことで、組織は弱体化する。一方で残党や行方不明の他の幹部たちの警戒は怠ってはならない


――そうそう。俺とソルジャ……っじゃなくて……え~陛下はイナイをけっこうアッサリ逮捕できたけど、他の武闘派の幹部とかいたらもう少し手間取っただろうからな


――その話は聞いたことあるじゃない。オイラが得ている情報では、武闘派幹部のデテコンヌ、デバンナッシー、ヤッラレータ、という裏世界じゃかなり名の知れた一騎当千のヤクザハンターたちが、舎弟たちと共にジャポーネの領土に入ったと聞いたが消息を絶ってるとのこと……気がかりじゃない? あと、ヒイロ。ソルジャを陛下呼びって、なんか違和感じゃない?



 私は表で頑張った。でも、スレイヤくんも私ほどじゃないけど~、ま、頑張ったかな。

 エルフを探して捕獲しようとするボクメイツファミリーの武闘派幹部連中を全滅させたんだからね。

 ただ、それが表に出ちゃうとエルフの集落のこともバレちゃうから内緒にしないといけないんだけどね。


 そう、色々あったな……


 族長さんとイーテェさんの間にすっごいかわいい女の子が生まれたり……


 ラルさんのこととか……


 ノジャの……うん……これは……うん……


 スレイヤくんがハンター活動をやめて道具屋を開いたこと……


 私も時期を見て、故郷と縁を切ったこと……


 他にも私とスレイヤくんのこととか……



「私たち……もう十分待ったよね……頑張ったよね……スレイヤくん」


「うん。もうすぐ……なんだよね……もうすぐ……」



 これまでのことを振り返り、涙が零れそうになったり、でも笑みが零れたり、そして同時に緊張してきたりと、私もスレイヤくんも落ち着かなかった。

 私たちは、『アース・ラガンくん』を見送ってから、ずっとソワソワしながら待っている。

 アース・ラガンくんが、私たちのお兄ちゃんになって帰ってきてくれるその時を……ずっと……ずっと……


「あっ!」

「ッ!?」


 そのとき、少し離れた場所で何かが光った。

 森の木々で見ることができない。

 でも、分かる。

 

 あそこに誰かが現れた。


 そして、あそこに現れた人は、物凄いスピードでこっちに走ってくる。


 でもね、どんなに急いで走ってきても許さないもん。

 

 私とスレイヤくんが……どれだけ……どれだけ待ったと……ほんとうにほんとうに……どれだけ待ったと思っているの!


「エスピ!」

「うん!」


 どんなに走ってきても許さないんだから!

 どんなに謝っても許さないんだから!

 どんなに抱きしめてくれたって許さないんだから!

 どんなに頭を撫でてくれても許さないんだから!

 ぜったいぜったい許さないんだから!



 何があっても絶対に二度とはなさないんだから!


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