第352話 帰る場所

 時計の光が収まり、辺りを見渡すと風景が変わっていた。

 だが、場所はすぐに分かった。

 海に面した森の中。

 ゲンカーンの港町だ。


「俺は……戻ってきたのか?」

『そうだろうな』


 場所だけではない。時間も?

 だが、今はそんな確認よりも先にすることがある。


「あいつらは! エスピ! スレイヤ!」


 当初の場所と少しズレているか?

 あいつらはどこに?

 誤差はどれぐらい?

 そう思ったとき……


『童、あっちだ! あの方角に……キャンプの火が……』

「あっ!」


 まるで狼煙のように上がっている焚火の煙。

 そこは、俺が出発した場所だった。

 レーダーなんて使うまでもない。使う時間すらもったいない。


『いけ、童』

「ああ! ブレイクスルーッ!」


 ただの移動だ。そんなことでブレイクスルーまで俺は使った。

 一秒でも早く駆け付けるために。


「エスピ……スレイヤ……」


 俺にとってはついさっきの出来事。



――おにいちゃん……う、あ……あ……おにいちゃあああああん!


――おにい……さ……ん……



 それでもこれだけ苦しいのに、俺はあいつらを何年待たせた?

 俺が生まれる前から、今に至るまでの十数年。

 そんな途方もない年月を待たせたあいつらに俺は……


――こんにちは、妹を泣かせるお兄ちゃん♪

――あんた……誰だよ?

――はぁ~……ムカつくな~……私のことを知らないなんて………


 俺の妹だよ! 十年以上も待たせた妹だよ!


――買わないの?

――あ、えっと……あんた……ここの店員さん?

――ん? ああ……ボクのことを知らないのかい?


 俺の弟だよ! 十年以上も待たせた弟だよ!

 ムカつかれて当然だ。

 ガッカリされて当然だ。

 俺はあいつらになんてことを……



――待てよテメエら! さっきから黙って聞いてれば一体どういうことだ! つか、そこの七勇者も結局何が目的だ?! 妹を泣かせた云々は、アマエのことか?! それならもう解決したぞ! もう仲直りもしたし、ほっぺにチューまでしてもらったんだぞ!


――……ん?


――俺が妹分を泣かせたまま放置するわけねーだろうが! それともあれか? 事情はよく知らねえけど、あんた、親父と母さんにとっても妹分みたいなもんだって噂で聞いたことがある! なんかそこら辺で拗らせてんのか? ああん?


――…………


――だいたい、そこの店長も急に現れては無表情で勝手なことをペラペラと……どんだけカリーが好きなんだ!


――………むっ……



 バカ野郎! バカ野郎! バカ野郎! 俺のバカ野郎!



――んも~、スレイヤくんの所為で怒られちゃったじゃん


――まったく、君のおかげで怒られちゃったじゃないか


――テメエら二人共の所為だよッ! ウゼーなこいつらぁ!!



 クソ野郎! クソ野郎! クソ野郎! 俺のクソ野郎!


――そもそも、あんたは現れた瞬間から今に至るまで分からないことだらけなんだよ! 唯一分かったのは、七勇者の一人で、店長さんの恋人で、とにかくなんかウザいってことぐらいだぞ! それで俺にお願いだ? 助けろだ? 分かんねーよ!


 死ねよバカ野郎!



「うあ、あ、あああああああ、畜生! バカ野郎! バカ野郎ッ!!」



 俺は今日ほど自分がバカでクソ野郎だと思ったことがない。


「俺は、なんてことをあいつらに……ごめん……ごめん!」


 十数年も待たせてようやく会いに来たあいつらに、事情を知らないとはいえ俺は、何を言った?

 涙が止まらねぇ。


「あっ……」


 そして、そこにあいつらがいた。


「……………」

「……………」


 十数年の時を経て、今では俺より年上になっちまった、エスピとスレイヤ。

 焚火の前で二人並んで立ち、ジッと俺を見ている。


「はあ、はあ……エスピ……スレイヤ……」

「「ッッ!!??」」


 俺が二人の名前を呼んだ瞬間、二人はビクッと大きく体を震わせた。

 そして……


「あ、あれ~? 帰って来たんだ~、そ、そ……そんな顔して何かあったの? 妹を泣かせる最低最悪の……お……お兄ちゃん?」


 エスピがニヤニヤして皮肉を言っている。

 でも、俺には分かる。それは皮肉ではなく確認だ。

 俺が本当に「俺」なのかを確認しようとしているんだ。

 だって、その目はもう涙があふれているし、声が震えている。


「違う」

「……え?」

「俺は……愛する妹と……弟まで泣かせる……史上最低最悪のクソ野郎だ!!」

「あ……」


 俺の言葉にエスピの瞳から、そしてスレイヤの瞳からも涙が零れ落ちた。


「……十五年以上だよ?」

「エスピ……」

「あれから……私たちすっかりお兄ちゃんより年上に……どれだけ……今さら……今さら遅いよッ!」


 そうだ。遅い。俺は遅すぎた。


「本当だよ……」

「スレイヤ……」

「あなたは、孤独だったボクたちの前に突然現れ……温もりを……愛情を教えてくれて……人をこれだけ好きにさせておきながら、勝手に居なくなるんだ……ふざけるな」


 ああ。恨まれて当然だ。殴られて当然だ。


「ああ……本当に……謝っても、償っても償いきれねえ……」

 

 ごめん。そんな言葉じゃ軽すぎる。

 存在する全ての謝罪の言葉を並べても軽すぎる。

 でも……


「エスピ、スレイヤ……」


 俺は二人まで歩み寄り、大きくなった年上の妹と弟の頭に手を置いた。



「こんなに……大きくなりやがって……」


「「ッッ!!??」」


「こんなに大きくなるまで待たせて……ごめんな……本当に、ごめ―――」



 次の瞬間、二人が同時に俺に飛びついてきて、俺はそのまま地面に押し倒され、二人はそのまま俺に抱き着いて……


「う、う、あ……うわあああああああああああああああああ! お兄ちゃん……お兄ちゃん!」

「ううう、お、お兄さん! お兄さん! お兄さん!」


 泣きじゃくる二人の瞳は、あの頃の二人のままだった。


「お兄ちゃん!」

「ああ」

「お兄さん!」

「ああ!」


 今の二人に抱き着かれると、もはや俺はこうやって簡単に押し倒されちまう。



「ばかばかばかばか! ばかーっ! お兄ちゃんの、お兄ちゃんのバカー! 許さない! 絶対に許さないんだから! っうう、ぶっ、とばす……だから!」


「そうだ、許すもんか! お兄さんなんて……お兄さんなんて!」



 そして、二人は俺の胸を叩いて来る。

 何度も何度も……


「ああ……ぶっとばせ……気の済むまで、ぶんなぐれよ……」


 俺も二人の全てを受け止め、抱きしめる。

 二度と離すもんかよ!



「わたし、がんば、って、あれからいっぱい……いっぱい泣いて、たたかって、待って……お兄ちゃんに会いに行きたいけど、未来変えちゃダメかもって、ギリギリまで会いに行けなくて……」


「ボクたち、いっぱいあったんだ! あれから、いっぱい、話しきれないことがいっぱい……ずっと、この日のために!」


「ああ。ああ……話してくれ……もう、時間はたっぷりあるんだから。たとえ、今度はお前たちが俺の前からいなくなっても、今度は俺の方から追いかける……一緒だ。今度こそ……!」



 今度こそ、あの時の誓いと約束を守る。



「エスピ……スレイヤ……これからいっぱい話そう……いっぱい遊ぼう……いっぱい一緒に……いてくれるか? 俺……お前らより年下だけど……お前らの……兄ちゃんに……もう一度――」


「「当たり前だからぁぁ!!」」



 俺は二人を抱きしめながら体をゆっくり起こし……重いなこいつら……ああ、本当に重い……この重さを一生忘れない。



「なあ、エスピ……スレイヤ……とりあえず、カリー作るか?」


「「ッッ!!??」」



 そして、泣きじゃくっていた二人は、俺のその言葉に涙ながらも満面の笑みを浮かべた。


「うん! もちろんだよ!」

「作ろう! 食べようッ! たくさん……たくさん! これからも……」


 飛び跳ねるように二人は立ち上がり、そして急いで準備に取り掛かろうとする。

 すると……


「あっ、そうだ。お兄ちゃん!」

「あっ、そうだ。お兄さん!」


 二人は俺に振り返り、そして……



「「おかえりなさい!!」」


「ッ!?」



 その言葉が魂にまで染み渡った。

 故郷を飛び出し、世界を渡り、時すらも渡った俺の旅。

 その果てで辿り着いた俺の帰る場所。

 

『トレイナ。俺の旅はまだここで終着じゃないけど、それでもこれからはこいつらも……いいかな?』

『そんな答えの分かり切った質問を今更するな』


 トレイナも微笑みながら頷き、そして俺も二人に対して……



「ああ。ただいま!」



 もう一度誓う。

 この世の全てを敵に回しても、俺はこいつらと一緒に居る。












――第七章 完――














――あとがき――


お世話になっております。

そしてここまで読んでいただきありがとうございました。

全ての出会いに感謝です。


魂が口から出るほど、この第六章~第七章は力を入れて書き通せたかなと思います。

しかし、それも全ては投稿更新のたびに反応してくださる多くの読者様あってのこと。誰も読んでなければ続けることもなかったことですし、改めて感謝です。


書籍二巻以降がなかなか出ない厳しい状況で、これ以上風呂敷広げてどうする? と、悩んだりもしましたが、やはりここまではどうしても書ききりたかったので、満足です。


とはいえ、まだ書ききれていないことはたくさんあります。


・アースの真ヒロインは誰になるんや? 

・クロンとかシノブとかサディスとかフ……フ……なんとか? とか。

・アカさんどうなったんや?

・族長とか古代人とかそもそも何者なん?

・両親と息子はすれ違ったまま?

・ノジャの尻はどうなった?

・ハクキはいまどこに?


いや、ほんとまだまだいっぱいありますし、次章の構想は確かにあります。


でも、申し訳ありませんが少し休憩させてください。


今まではネタで「ご愛読ありがとうございました。また会いましょう」からの翌日投稿で「24時間ぶりですね」とかってやりましたが、ちょっとガチで疲れました。


少しの間、息抜きで他の作品書いたり、たまにこっちで外伝的な幕間を書いたりするかもしれませんが、しばらくお休みします。


ちなみに、新作始めてます。


『聖女勇者見習いたちと追放された魔界最恐王子の逆襲青春記~復讐するには、まだ早い』


カクヨムコンにも参加しておりますので、ご興味ありましたら見て戴けたら嬉しいです。


改めて、ここまでお付き合いありがとうざいました。

また、ここまでで下記★でご評価も頂けましたら更に嬉しいです。


では、また! アバヨとは言わないぜ!

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