第343話 幕間(師匠)
童がその説に辿り着いてしまった。「もし、自分が~」という説に。
たしかに余も考えなかったわけではない。
童はエスピをあの森で助けたときのことから振り返っているが、余が最初に考えたのはもっと前。
幼少期のヒイロを童が助けた。全てはあそこから始まっていた。
童があのときヒイロを助けなければ……仮に運よく助かったとしても、正義への憧れのようなものを抱くこともなかった。
あの瞬間から全てが始まり、そして確信を持ったのはコジロウとの小競り合いの時だった。
あの小競り合いの中で、童はブレイクスルーを発動させた。それをコジロウが体感してしまった。童は単純に知らなかっただろうが、それは一つの重大なポイントであった。
しかし、だからどうした?
余は負けた。
余は死んだのだ。
今更、そんなことを分かってどうなるというのだ?
だからこそ、余は何度も貴様の背を押した。
『童よ。余は言ったはずだ……』
「ッ……だけど……」
ノジャとの戦いで、歴史への影響を気にして、スレイヤを救うべきか躊躇していた童に対して余は言った。
――童よ……今いるこの世界が過去だとしても……今、貴様と余が居る今こそ全てだ。ならば今この瞬間は、時の流れも何もかも忘れよ。ただ目の前の……貴様がどうしても戦わねばならぬ理由とだけ向き合え。この時代のエスピと出会った森の中でも言っただろう? もうそういう歴史だったのだと思って……貴様がやるしかあるまい!
――でも……
――それに伴い、この時代の魔王軍が貴様によってどのような影響を与えられたとしても……余に対して後ろめたいなどと思うな。貴様にそんなことを思われるほど、余は女々しくはない
――トレイナ……
――大魔王に後ろめたく思うな。貴様は師匠の言葉に耳を傾けよ
そこに偽りはない。だからこそ、余は気にせず戦えと童に言った。
しかし……
「でも……あのときは……これまでは……『もしも』……っていう話だった」
『ぬ?』
「でも……今回ばかりは違う……確実じゃねえかよ……俺がここで何とかしちまうことは、あんたにとって……どう考えても」
その通りだ。
ゴウダの死は紛れもなく人類にとって大きな反撃の狼煙となった。
伝説の六覇の一角を討ち取ったことは、人類の士気を大きく高め、逆に魔界や魔王軍に衝撃と暗い影を落とした。
童が何もしなければ、魔王軍は敗北しなかっただろう。
余が死ぬこともなかっただろう。
しかしな、童……それでは……余は貴様と出会うことができなかっただろう?
全て繋がっているのだ。今に。
「ウゴルアアアアアアアアアア、ぶっとべやごらァァァ!!!!」
たとえ、余が死んだのは貴様に原因があったとしても、その貴様を鍛えたのもまた余だ。
「お兄ちゃん、やるしかないよ! ふわふわ世界!」
「エスピ、連携だ! お兄さんも!」
「く、なんということだ……ゴウダ様が暴走され……」
「こりゃまいった……近くに動物も虫も鳥もいないし、俺が一番役立たずに……」
ただの皮肉な巡りあわせであって、貴様が責任を感じて背負う必要などない。
「ウゴルアアアアアアアアアアアアアア! お、オンガアアアアアアッ!!」
何度も言ってやろう。
責任は余が感じればいい。
アオニーに対しても……ゴウダに対しても……
「ご、ゴウダが、ど、どんどん大きくなっている……」
「しかも肉体が、更に強固に!?」
「これがゴウダ様の力……超魔回復だけでなく、肉体操作による巨大化も……」
「いやいや、あんな状態であんなことやったら、もっと爆発が早まるんじゃ……」
何度も言ってやろう。
『何度も言ってやる。童よ、己惚れるな』
「……トレイナ……」
『まだまだ半人前の貴様一人がウロチョロしたぐらいで、まさか全知全能にして最強たる余の命を脅かせたとでも?』
嘘だ。
貴様は強くなった。
六覇の一角とも対峙できるほどに。
そんな存在を魔王軍も余も認知せず、世界や歴史の裏で暗躍されていたのならば脅威。
当時の余からすれば、そんなものは……しかし……
『分かっていないようなので、もう一度聞いてやろう。童よ。余は誰だ?』
「大魔王……トレイナ……」
そうだ。大魔王トレイナならば看過しなかっただろう……しかし、今は……
『馬鹿者が。余は……貴様の師だ』
「…………」
『そして貴様が余の弟子ならば、師の期待に応え……貴様も余の誇りとなってみよ!』
だから、すまぬ……ゴウダ……アオニー同様に貴様もまた……
『だが、童……それでも貴様が余に後ろめたさを感じるのであれば……それならば、一つ余の願いを聞いてくれ』
「願い? あんたが?」
『ゴウダの最後と逃げずに向き合ってやってくれ』
ゴウダ。貴様も余の誇りであった。
そんな貴様を、余が育てた人間が介錯を、というのは真に申し訳なく思う。
だから、せめて……
『ゴウダが爆発による死が避けられぬというのなら、あやつ一人で意味なく死ぬのではなく……せめて、最後に全てを出し尽くさせたうえで……』
イカれて爆発して死ぬのではなく、最後の最後にとんでもない男と戦って、出し尽くして、悔いなく逝くぐらいに……
『ゴウダの最後に応えてやってくれ』
「応える……」
『それは貴様にしか頼めぬ……貴様にしかできないことだ』
「お……うおおおおおお! 押忍ッ!!」
流れる涙を振り切り、また良い目をするではないか、童。
そうだ、それでよい。
「エスピ! スレイヤ! ラルウァイフ! 族長! みんな、下がっていろ! こいつは俺が一人でやる!」
「「「「えっ!?」」」」
そして、応えるならば正々堂々と一対一か?
「お兄ちゃん、何言ってるの!? こいつ、あのときのオーガたちと全然違うんだよ!?」
「お兄さん、ここは全員でかかり、そしてタイミングを見て離脱が一番だと思うよ?」
「貴様は自分で何を言っているか分かっているのか?」
「お兄さん一人は現実的じゃ……」
まぁ、当然の反応だろうな。暴走状態のゴウダ相手に一人で戦うなど、こういう反応をされるに決まっている。
「それでも手を出すんじゃねえ、絶対にだ!」
「お、にいちゃん……なんで……」
しかし、それでも童は一対一にこだわり、手を出すなと……いや、童よ……ゴウダの最後と向き合えと言ったが、別に一対一で戦えとは言っていないぞ?
すると……
「仕方ねぇだろ。俺の師匠はこういう最終決戦で……多人数で一人をボコボコにする戦いや決着に納得いかない奴なんでな」
『むっ? ……ああ……そういうことか』
ああ、そうだったな。
――勇者一味はとてつもなく卑怯で空気の読めない奴らだ! 奴らは正々堂々という言葉を知らんといっても過言ではない! あああああ、忌々しいッ!!
貴様と初めて出会った日、余にヒイロのことを聞いてきた貴様に余が言ったのだな。
――卑怯の極みだ! よいか? アレは最終決戦……奴らが大魔王宮殿に乗り込んできた……そして、ヒイロ率いる七人の戦士たちが余の下へ辿り着いた
――七人……ああ……人類の七勇者か……
――そうだ! だが、普通そこまで来たら後は大魔王と最強勇者の世界の命運を懸けた一騎打ちをするものであろう? しかし奴らは……七人がかりで一斉に余に襲いかかってきたのだ! 貴様の母親も含めてな!
敗北を認められずに女々しい愚痴をこぼしていたものだ。
――しかもだ! しかも、それでも余にズタボロにされたかと思えば、ヒイロの奴……『全世界の人類の想いを一つに、みんな力をくれ』みたいなことをほざきおったら、全人類がパワーをヒイロに送り、そのパワーを一つにまとめた巨大な剣を余に叩き込みおった! 卑怯であろうが!
童よ、貴様はあの時の余の言葉を想い、ゴウダだけでなく余にも報いようと言うのか?
「あ? 一人で? ゴラぁぁああ、テメエこの俺様に一人でやると言ったかぁ!? 俺様は頭おかしいけど、今のはどういうことか分かったぞ!? 俺様を舐めてんのかァ!!」
「舐めるわけねーだろうが。でもな、こっちにはこっちの事情があるんだよ。六覇の一角、魔巨神ゴウダ! その最後はこの俺が受け止めてやらァ!」
「ああん? 小物が急に大物ぶってしゃしゃり出てくんじゃねえ! つーか、七勇者やハンターのクソガキどもはさておき、そもそもテメエは誰だよ!」
そんな童に対して何も知らぬゴウダは問う。
貴様は何者か? と
すると童は、ゴウダに……いや、ゴウダだけではない……
「俺が誰か? なら。教えてやる」
おそらくその言葉は、「これがこの時代、最後の戦い」という意味や覚悟を込めているのだろう。
だからこそ、この時代で紡いだ絆でもあるエスピとスレイヤにもこの場で……
「俺の名は、アース・ラガン!!」
「「「「「ッッッ!!??」」」」」
「時を越えてこの時代にやってきた、テメェの最後を受け止める男だ!」
童は初めてこの世界、この時代に住む者たちに対して、偽りなく己の名を吼えた。
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