第344話 男

「……あーす? ……アース? それが、お兄ちゃんの名前?」

「エスピも知らなかったのかい!? いや、たしかにボクたちはずっとお兄さんと呼んでいたから……」

「ラガーンマンではなく……アース・ラガン……ん? ラガン? ラガンとは確かヒイロと同じ……奴はヒイロと同じ家系の者か!?」

「……へぇ~……」


 今この瞬間、俺は全てを出し尽くす。

 伝説の六覇。親父たちのライバルだった存在。

 俺はこれまで、ヤミディレ、パリピ、ノジャ、ハクキと拳を交えた。

 だが、振り返ってみれば、それは俺一人で戦ったわけじゃない。


 ヤミディレ、ノジャに対してはトレイナのアドバイス付きの二人がかり。

 パリピに至ってはトレイナだけでなく、サディスやマチョウさんやフィアンセイたちもいた。

 ハクキに関しては戦ったとはいえない。


 つまり。これが初めてになるわけだ。


「いくぞ、ゴウダァ!」


 一人で戦うと言ったんだ。

 エスピ、スレイヤ、ラルウァイフ、族長の援護は要らないというだけではない。

 トレイナの助言もこの場ではもらわない。


『ああ。貴様も全てを出し尽くせ!』


 正真正銘、俺一人だけの力で戦う。

 これが俺と六覇との初対戦だ。


「ラガン? あ~……忌々しい名前じゃねえか! 踏みつぶして拳骨落しってやらァ!」


 ゴウダがデカくなった。さらに。まるで、ノジャのように。

 見るからにパンパンに膨れ上がった筋肉から、途方もないパワーを感じる。

 腕力だけでなく体重も加えたら、これまでのアカさんやマチョウさんたちとも比べ物にならねぇ破壊力なはず。

 だが……


「ブレイクスルーッ!!」

「ウルアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 大振りすぎる。初期動作が丸見え。

 当たれば死は免れない……そんな戦いにはもう慣れっこなんだよ!


「マジカルフットワーク!」

「あん?」


 巨大な足が大地を踏みつけて揺らし、デカい拳が大地を割る。

 しかし、多少の揺れぐらいで俺の体幹もフットワークもブレたりしない。

 砕け散った大地の破片や舞い上がる土煙の中で俺は回避。

 さらに……


「大魔ソニックフリッカー!」

「ん? おぶっ!?」


 死角からの衝撃波をゴウダの眼球にめがけて放つ。

 咄嗟にゴウダもまばたきをして眼球への攻撃は防いだようだが、明らかにイラついたように額に浮かべる血管が増えた。


「んだごらあああああ、チョロチョロしたと思ったら今度はペチペチかァ!? 受け止めるって言ったのはハッタリかァ!? それでも男かぁ!? キンタ〇ついてんのかァ!?」

「うるせえ、今は準備中だ!」

「準備だぁ!? ざけんな、男に準備はいらねえ! あるがままに暴れるのがァ、男男男オオオオオオオオオおおッッ!! うおおおおお、俺様は男の中の男だぁァァァ!!」


 あの図体と耐久力では、左の連打だけで致命的なダメージを与えられることはできねえ。

 でも、これは全てデカい一撃を当てるための布石。

 足を動かし、左でリズムを作る。

 イラついたゴウダは更に隙の多いパンチや足を繰り出してくる。

 単調で雑で読みやすい。


「ウガァ! フンガアア! ヌドリャアアアアッ!!」


 にしても、もはや完全に暴れる怪獣だな。

 手の付けられようがないほどの暴れっぷりで、むしろ清々しくもあるぜ。

 巨大さで言えばノジャと同じぐらい。

 だが、パワーと破壊力はノジャより上。

 とはいえ、ノジャの尻尾ほど複雑な動きや、スピードがあるわけではない。

 集中し、数発の攻撃を目の当たりにすれば、目も慣れていく。


「消えてなくなれやァァァ!!」

「ここだ!」


 ゴウダの打ち下ろしの左が大地に直撃。しかし俺はそれを走って回避。

 不発に終わったパンチをゴウダが引き戻そうとした瞬間……


「大魔螺旋・アース・スパイラル・ファントムソニックインパクトッ!!」

「――――――ッ!?」


 相手が攻撃した腕の引き戻しの瞬間を狙ったカウンター衝撃波。

 単純な視野の死角ではなく、相手の意識の死角を狙いすました衝撃波。

 渦巻く大魔螺旋の巨大な一撃は、ゴウダのこめかみに直撃した。


「……あん……?」


 大魔螺旋の衝撃波をくらって……貫く様子もふっ飛ばされる様子もない。

 だが、不意の一撃で巨体のゴウダがよろけて俺の目の前で片膝をついていた。


「あッ……」

「よう……デケーが随分と顔が近くなったな……だから今度は叩きつけられる!」

「ッ!?」


 デカくて高い位置にあったゴウダの顔面がジャンプすれば届くほどの距離に。


「すーはー……ブレイクスルー。そして……」

「な、ぬっ!?」


 魔呼吸で一旦息を整えてから、再びブレイクスルーで大魔螺旋。

 ジャンプし、片膝付いているゴウダの膝に飛び乗って踏み台にして……



「大魔螺旋・アース・スパイラル・ブレイクゥゥゥゥゥッ!!!!」



 衝撃波ではなく、直接そのデッカイ顔面に大魔螺旋を――――


「ビートルズヘッドッ!!!!」

「ぬおっ!?」


 咄嗟にゴウダが首の前後だけのヘッドバッドで迎え撃ってきやがった。

 避けるではなく、むしろ飛び込んできて……


「つ、ご、お、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 硬い! 重い! 強い!!??

 自分の身体がやべえぐらい、軽く吹き飛ばされちまった。


「が、いて、ぐ、が、か、がはっ!?」


 何度も地面に打ち付けられ、転がり、更に攻撃した大魔螺旋が砕かれて右腕に激痛が走って痺れる。

 全身のふしぶしに鈍い痛みが……

 

「お兄ちゃんッ!?」

「お兄さんッ!」


 いてえ。まさか、あんな反撃されるとは思わなかった。


「つっ……まさか……大魔螺旋に顔面ごと飛び込んでくる奴が居るなんて……」


 やっぱ、バケモノであり、そう簡単にいくわけがねえよな。

 むしろ納得だった。


「もう、我慢できない! ゴウダ、ぶっとばす!」

「お兄さん、僕たちも―――」

「手ぇ出すなって言ってるだろ、エスピ! スレイヤッ!」


 だから、前言を撤回するわけにはいかねえ。



「エスピ、スレイヤ……こんなこと……六覇の一人と戦うなら当たり前のこと……想定の範囲のことじゃねぇかよ。だからイチイチ騒ぐな……俺は跳ね返されたが、まだ負けちゃいねぇ」


「お兄ちゃん……でも、でもぉ! 一人じゃ無理だよぉ!」


「心配すんな。これは俺に与えられた俺だけの役目。できるできないじゃなくて、やるべきことなんだよ」



 立ち上がる。大丈夫。まだ動く。スタミナも全然残っている。痛みは気合と根性で乗り切れる。


「オラァ! まだ俺はいけるぞ、ゴウダァ!! 出し足りねぇものがまだまだ有り余ってるぐらいになぁ!」


 まだまだ戦えると俺は吼えた。

 だが一方で、俺をふっとばしたゴウダは、これまでの騒がしさから一変して、どこか落ち着いたように俺を見ていやがる。


「……なんで、その技使えんだ? テメエ、マジで……何もんだ?」


 大魔螺旋? ブレイクスルー?

 暴走して狂った状態になっても、それでも気にせずにはいられないってことか。

 その真相……この状態ではまだ言えない……


「アース・ラガン。今はそれだけ刻んでくれよ」

「……あ? つーか、ラガン……あ゛~そういやそう言ってた……あ゛~……そうか、テメエはあのクソ勇者の……ヒイロの兄弟? 親戚?」


 息子ではある。だが、そんなもんで俺を一括りにされてたまるか。



「俺は勇者ヒイロと血の繋がりはあっても、そんなのなんも関係ねえ! 俺を勇者ヒイロと重ねて見るんじゃねぇ!」


「…………………」


「俺は俺だ! テメエの最後を見届けるのは勇者の関係者ではなく、連合軍の人間でもなく、ただのアース・ラガンって男なんだからよ! テメエは最後の最後まで、俺を見ろッ!!」



 勇者の息子じゃねえ。俺を見ろ。

 肩書なんてない、ただの一人の男としての俺を見ろ。

 昔から周囲の連中に抱いてきた想いを、俺は六覇のゴウダに言ってやった。

 すると、ゴウダは……



「なるほどな。……よく分からねぇが……それでも分かるのは……テメェ、大した肝っ玉の……漢じゃねぇか!」



 既に崩壊しそうな精神と肉体だと思われるが、それでもゴウダは無理やり笑みを浮かべて俺にそう言ってくれた。

 

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