第333話 これから

「ふわふわクリエイト!」

「造鉄・シャイニングアルティメットネイル! ダークネスバーストハンマー!」


 引っ越した先で仮設の住居を作るにあたって、エスピとスレイヤは躍動した。


「ぶ~、スレイヤくん、前から思ったけど大げさすぎだよ! ただの釘とトンカチじゃん!」

「君はネーミングセンスがなさすぎるんだ! だいたい、クリエイトなんて言いながら、ただ木とかを積み上げているだけじゃないか!」

「スレイヤ君だって、シャイニングとかダークネスとかばっかだけど、全部普通じゃん!」

「な……君には違いが分からないのかい? これだから子供は……」


 二人はギャーギャーと口論しながらも、何だかんだで持てる力を発揮してエルフたちのために働いていた。

 そんな二人に、最初は人間という者に警戒心と敵意しか向けていなかったエルフたちも徐々に表情が綻びだした。


「あ~、な、なあ、エスピちゃんと……スレイヤ君だっけ? 働きっぱなしだし……パンでも食べて休憩しないかい?」

「食べるー!」

「あ、エスピずるい! ボクの分まで食べるな!」

「は、はは、まだいっぱいあるよ。ほら、私たちのも……」

「わーい! イーテェさんの作ってくれたのも美味しかったけど、こっちも美味しい!」

「まったく君は食い意地が張って品がない……あっ、おいし……」


 子供だし、何よりも二人ともエルフたちを守るために体を張ったんだ。あとかわいいし。



「ほら、エスピ! スレイヤ! 慌てないでお行儀よく食べなさいよね! 別に無くなったり取ったりしないから!」


「「は、はい……」」


「はははは、イーテェお嬢様もすっかりお母さんみたいだな」


「ちょ、別にそんなんじゃないんだから! 子供がいたらこんな感じかな~とか、私も早く子供欲しいな~とか、別にそんなこと思ったりしてるわけじゃないんだから、勘違いしないでよね! あっ、で、でも、子供は欲しくないってわけじゃなくて……」



 だから、徐々に皆も心を開いてくれるのも頷ける。

 これまで住んでいた場所から着の身着のままで逃げ出したことで、色々と落ち込んだり暗い雰囲気になってもおかしくないと思っていたが、まだ子供のエスピやスレイヤが懸命に働いている姿を見て、エルフたちも徐々に明るさを取り戻しているように見える。


「……で、あんたはどうするんだ? ダークエルフのお姉さん」

「………………」


 そのとき、ボケーっと治療を受けながらまったりしていた俺の隣で、族長がボーっと座って大人しくしているラルウァイフに尋ねた。


「……どう……とは?」

「もう、魔王軍ってのには帰らないんでしょ? 魔界に帰るの?」

「…………いや……それももう……」

「じゃあ、初恋のそのアカさん? ってオーガを探すの?」

「ッ…………」


 アカさんの名前に少し肩が揺れるラルウァイフ。

 そりゃぁ、アカさんが生きていることを知って、あれだけ泣いたんだ。

 本当なら探しに行って会いたいんだろう。

 でも……


「いや……それは……できない。アカと会うには小生はもう……血に汚れすぎた……殺した数も十や二十では収まらない。小生は自分がおぞましい……」


 戦争なんだから……って、言い訳をすることはなく、ラルウァイフはこれまでのことを振り返り、色々と罪悪感を抱いているようだ。

 人間と戦うことをやめ、友達になりたいと思ったアカさん。

 一方でラルウァイフはゲンカーンのときのように、これまで多くの人間を殺し、苦しめ、奪い、蹂躙した。


「とにかく安心しろ。魔王軍にも戻らぬ。エルフのことも口外しない。アオニーの命に誓ってもな。小生もすぐにここから出ていこう」

「……行く当てないんでしょ?」

「それでもだ。その辺でみじめに野垂れ死ぬのもまた、小生にお似合いの末路だ……」


 そう言って、再びふさぎ込むように顔を落とすラルウァイフ。

 俺は正直そのあまりにも重い様子に軽はずみなことは言えない一方で、アカさんの幼馴染で、何よりもアオニーに命を助けられた身として、放っておくこともできなかった。


「なんだかな~……俺から言わせれば……どっちもどっち……全部同じなんだけどね」


 と、そのとき、呆れたように溜息を吐きながら、族長がそう告げた。


「族長?」

「……?」


 族長の言葉の意味が分からずに、俺とラルウァイフが首を傾げると、族長は……



「俺はね、この世に住む動物の声が全て分かる。竜も、獣も、鳥も、虫も、魚も、モンスターも。そんな俺には常に食う食われる……弱肉強食で死んでしまう命の悲鳴がいつも聞こえてくるんだ……。まぁ、中には仲良くなれた奴らもいるけど、でも……そうじゃないやつら……野菜とかあげても肉を食わないと生きていけない獣たちの習性は変えられない。だからさ、その悲鳴を聞いてればさ、あんたら人間も魔族も戦争もやってることは全員変わらないよ。食うため。生きるため。ただ、あんたたちの場合は殺す理由に正義とか復讐とか、自然界にはない感情が少しあるけどね」



 それは、過去にトレイナがムッツアーゴウロの魔法について語っていた時に聞いたことがある。少なくとも肉が食えなくなると。

 そりゃそうだ。俺だって、牛とか豚から「助けて」とかいう声が聞こえたら、色々と思い悩むだろう。

 そんな世界に族長は常にいる。

 それどころか、自然界の弱肉強食の中で叫ぶ全ての命の悲鳴を理解しちまう。

 そんな族長からすれば、戦争で殺し合いをしたりする奴らは全部同じだと……



「ねえ、お姉さん、お兄さん。あんたらに質問があるんだけど……戦争の果てに……もし、お兄さんはこの世に魔族がいなくなり、人間だけになったら……お姉さんはこの世に人間がいなくなり、魔族だけになったら……世界はどうなると思う?」



 その問いに俺は一瞬だけ考えてしまった。

 まさか、争いのない平和な世界……だなんてことはねーよな……


「……人間だけの世界になったら、人間同士で争う……魔族だけになったら魔族同士で争う……そんな世界になる」


 すると、ラルウァイフが厳しい表情でそう口にし、俺も寂しいけどその答えに納得した。

 そして、正解だと族長も頷いて顔を上げた。



「結局そういう世界なんだ。それは百年経っても千年経っても変わんないよ。どこにいっても争いばかり……悲劇と悲鳴ばかり……つまり、お姉さんがやったことはやられた側の一部の人間たちが騒ぐことはあっても、世界的にみれば普通のことであり、少なくとも今のこの世界のこの時代で思い悩みすぎるのもどうなのかなと思うわけだ」


「バカな……普通であるはずが……小生はもう、どれほど薄汚れたか……」


「人間も魔族も、当然俺らエルフも蓋を開ければみんな薄汚れてるよ。エルフなんて自分が至高の種だとか自惚れて他種族を見下している奴らもいるから余計にタチが悪い。でも、なんだかんだでお姉さんは俺らと多少の小競り合いしたけど、死者ゼロであり、それどころか今回はお姉さんの魔法で全員助かったと言えば、チャラどころか恩人ポイントの方が上回っていると捉えることもできる」



 なんかもう最後の方だけはよく分からん理論になっているが、なんとなくだけど……



「つまり、族長はラルウァイフに……行く当てないならしばらくここに居ていいんだぞ。あんまクヨクヨ落ち込むな……戦争で色々やったんだろうけど、俺は気にしない……って言いたいのか?」


「……ごめん、俺も途中で何を言いたいのか分からなくなった……でも、たぶんそんんなところ。皆もお姉さんが捕虜の時は処刑だ拷問だとか言ってたけど、今回のことで色々と心揺らぐことはあっただろうしね。命懸けで自分たちを守るために戦い、異種族のために馬鹿になる男……心動かされて身を挺するオーガ……そして、皆を助けたダークエルフ……純真無垢な瞳で働く子供たち……。今回、襲われたのは俺たちエルフなのに、俺たちは何もできなかった。みんな……自分の無力さや心の狭さとかを痛感して、色々と考えが改まると思うしね」


「なんだそりゃ」



 俺は思わず笑っちまった。でも、そうなんだよな。


「ま~、あの青いオーガはお兄さんだけじゃなく、お姉さんのことも助けたかったんじゃないの? 俺らエルフはついででさ」

「アオニーが……?」

「だって、言ってたじゃん。このお兄さんの話を聞いて……『これからをどう生きるかを考えて、自分が思がまま、もう一度生きろ』……ってさ」

「……っ……」


 俺が気絶してる間にそんなことが……確かに、その言葉を聞くと、アオニーはラルウァイフのことも助けようとしたんだってことが分かる。

 そうか……なら……



「なぁ、ラルウァイフ」


「なんだ?」


「今、アカさんがどこにいるかは俺も分からねえけど……せめて……俺がアカさんと出会って、どいうことがあったか、どういう話をしたのか、どういう遊びをしたとか……思い出話でよければ……話そうか?」


「ッ!? アカの……?」



 歴史に関わりそうな部分は言わないが、それでも教えられることはある。

 なら、せめてそれだけでも……



「ああ……頼む……教えてくれ。お前とアカの……思い出を」



 俺の提案に、ラルウァイフはまた瞳に涙を浮かべながらも素直に頷いた。









――――――


読者さまへ。

いつもお世話になっております。

本作週間総合ランキング7位とのことで、多くの方に『★』でご評価していただき、また読んで戴けて嬉しいです。これからもドシドシ気合注入してください。


これからも頑張ります。


書籍版・コミカライズ版含めて、今後ともよろしくお願いします。

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