第332話 魔女の涙
急に後ろから殴られたのは覚えている。
だが、それは気の所為かもしれないが、攻撃という感じはしなかった。
むしろ俺を……
『そうだ。アオニーは貴様を守ろうとしたのだ』
トレイナ? 何を言って……あいつはアカさんを侮辱してた野郎で……
『貴様も分かっていたはずだ。アオニーの言葉が本心でなかったことは。あやつは、体を張って貴様を試そうとした。貴様が本物の友情をアカに抱いているのかを。そして、それが証明されたからこそ、あやつは命を張ったのだ』
それって……
『ある程度の距離まで逃げられた。無論、大規模な山狩りでもすればまだ危ないだろうが、ハクキはそれはしない。残虐な男ではあるが、部下が命がけで果たそうとしたことに免じて、今回ばかりは見逃す……同族に対してはたとえ裏切り者であろうと、そういった心遣いをするやつだった』
っ、ようやく意識だけの暗い世界に眩い光が差し込んだ。
あぁ、これって目が覚めて起きる前兆だ。
とにかく何があったかを起きてから改めて整理しねーと――――
「おにいいちゃあああああああん!」
「おにいさんっ!」
「ぶへぉっ!?」
ゆっくりと起き……ることなく、妹と弟が俺の腹にダイブして、俺は一瞬で目が覚めちまった。
「よかったよ~、おにいちゃん~」
「まったく心配させないでくれよ? こうして皆無事だったからいいけども」
二人して安堵の笑みと涙を浮かべて俺に抱き着いて来る。
「あ、ああ……落ち着け……」
「やだあああ、はなれないぎゅ~~~ぅ」
「う、な、なんだい、おにいさんは、ぼ、ボクたちをこれだけ心配させたのに、邪魔扱いするの?」
「あ~~、はいはい、二人ともかわいいいいこいいこ」
俺はそんな二人を両手で頭を撫でてやりながら、周囲を見渡す。
周囲を山々に囲まれた麓の荒原?
集落に居たエルフたちが木を切って簡易的な家を作ろうとしたり、岩山の上に武器を持ったエルフたちが周囲を見渡してまるで見張りのようなことをしている。
「おぉ、お兄さん目を覚ましたんだね」
「族長……これは……」
「ああ。諸事情により、強制的に引っ越しになってね。このままここで住むかは別だけどね。俺らの元居た集落からメチャクチャ離れてるってわけでもなさそうだし、不便そうだし、岩山に囲まれているとはいえ、結構人間たちが住む環境から近いから見つかりやすいしね……」
引っ越し。つまり、あの集落から全員で逃げてきたということだ。
ハクキの手から……
「よく逃げられたな」
「ああ。二人ほどね……手を貸してくれて」
「ん? あ……」
そこで、俺は意識の中でトレイナとしていた会話を思い出した。
「そうか……アオニーが……」
「うん」
あいつが俺たちを逃がすための時間を稼いだ。
それこそ本当に、命を懸けて。
「あれ? でも二人って……」
「ああ、それは……そっち」
「ん? あ……」
二人が手を貸してハクキから逃げられた。
その一人がアオニーだとするともう一人は誰なんだと思って振り返ると、そこには斜め後ろの木陰で腕組みながら俺をジッと睨んでいる女。
「あんた……ラルウァイフ……」
「……ふん……」
「あんた……良かったのか? 魔王軍にはもう戻れないんじゃ……」
「……………」
ノジャの配下のダークエルフ・ラルウァイフ。
拘束が解かれて自由になっているというのに、大人しくしている。
こいつまで魔王軍を裏切って?
「……アオニーも……アカも……その両親も、小生の居たダークエルフの里に住んでいた」
「ッ、アカさん!?」
突如語りだしたラルウァイフの言葉に、俺は驚きと同時に納得した。
やっぱりそうだったのか。
「そうか……やっぱ、あんたアカさんと……」
俺がアカさんから貰った石造りのアクセサリーをこいつが見たときの反応から「もしや」とは思っていたけどな。
「小生らは……幼馴染だった……二人とは種族が違ったが……幼少期から一緒に……しっかりもので力も強く頼りがいのあるアオニーは兄のようで……そして……」
「…………」
昔を思い出しながら二人のことを語るラルウァイフ。
その姿は漆黒の魔女なんて呼ばれて、俺たちに禍々しい憎しみを剥き出しにしていた表情じゃない。
ただ、一人の男を想い、そして……
「だ、誰よりも……誰よりも優しくて……笑顔がとても安心させてくれて……小生がつらかったり、悲しかったりすると、それを自分のことのように一緒に感じてくれる……そんな……」
ああ、そんな男だよ。アカさんは。
俺は思わず頷き、そして同時にこいつがどれだけアカさんのことを想っていたかを知った。
「一つだけ……教えろ。アカは……生きているのか?」
あまり歴史に関わることは言えない。だけれども、それぐらいは……せめて……
「ああ……今はどこにいるかは知らねえけど……」
それでも歯がゆい。
アカさんは生きている。そして今から戦争が終わり、十数年後までずっと帝国のホンイーボ近くの山に隠れて……だから、たぶん今も……でも、それをこいつに教えたらまた歴史が……
「そうかぁ……」
だけど……
「アカぁ……生きていて……くれたのか……」
その生存に関する話だけで、ラルウァイフは十分だったのか、ポロポロと涙を零してその場に座り込んでしまった。
こいつは、これほどまでにアカさんのことを……
「まったく……小生はなんと滑稽な……真に愛する男の死を疑っていなかった……生きていると信じず……一方的に復讐だと喚いて小生のこの両手は……あの人が望まぬ程……拒絶してしまうほど血みどろに……もう二度と……会う資格がないほどに」
「二度と……なぁ、あんた……」
「ただ……生きていてくれているのなら……良かった……ほんとうに……よかったぁ……」
そっか……まさか、あのアカさんにこんなにベタ惚れされている女がいたとはな。
「ったく、アカさん……やっぱ、罪な奴だぜ」
アカさん。今度会ったらちょっと説教だぞ?
自分のことをこれほどまで想ってくれている女を泣かして……
「…………」
『はい、ブーメラン!』
うるせぇ、すぐに自分で気づいたわ!
「ったく……ただ……どっちにしろ、アカさんとは俺も会いたいよ……」
ラルウァイフが人間たちにやってきたこと……それは俺が口出しすることじゃねえ。
だからこそ、二人にはどうにかなってほしいと思っている。
それに……
「なんだかんだで……俺も……アオニーに助けられた……それって、なんか……託されたような気がしたんだ」
『……そうだろうな……』
俺もまた、遠くの空を見ながら、色々と心が切なくなっていた。
「……重いな……」
『ああ。貴様は背負ってしまった……命懸けの想いを……その重みを忘れてはならんぞ、童』
「……ああ……」
アオニーとも、もうちょっと話をしたかった。
「バカ野郎……死んじまったら……何もできねぇじゃねえかよ……アカさんと一緒に……お前ともって……っ……それができねーじゃねぇか……」
一方的に助けて、礼も言わせず、おまけに勝手に託した?
ふざけやがって。
なら、俺も勝手に託された気になって、その託された「何か」を何とかしてみるよ。
お前に助けてもらったこの命に懸けてよ。
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