第327話 そういうお前の意地はなんだ?


「なぜ、だ……なぜ、あの人間は……あそこまで……アカと一体何が……」


 ダークエルフのラルウァイフが、何かかなり戸惑っている様子だが、気にしてられねえ。

 つか、これで何回だっけ? これまだ二~三回くらい? 


「……見てみなよ、イーテェ……ほら。戦闘に備えて皆に言われた通り、俺が密かに呼びよせていた、森の獣たち……集落の周りで待機させてるんだけど……」

「え? あっ、ほんとだ……いつの間に……」

「うん。だけど、俺の指示とは無関係に、動物たちも竜も、このぶつかり合いに唖然としているよ……分かるんだよ……動物たちですら。手を出さないどころか、もう出せないってことを……本能で」


 ああ……もう、痛いのかどうなのかも分からなくなってきた


「お兄ちゃんバカなの?! バカなの!?」

「お兄さんバカなのか!? バカなのか!?」


 もはや、妹と弟が二人そろって「バカ」と連呼してくる。

 まぁ、バカなんだけどな……


「んが、が、あぁ……」


 首を刎ね上げられ、額が割れて血が噴き出して、意識がちょいちょい飛ぶ。

 

「もう、がまんできないよぉ!」

「手を出すよ、お兄さんッ!」


 だけど、引けない。

 バカという言葉は受け入れても、それだけは俺も受け入れない。


「手ぇ……だひゅなああああ!」

「「ッッ!?」」


 よかった、まだ言葉は喋れた……口の中もグシャグシャで、何もしなくても血がダラダラ出てうまくは喋れねえけど……


「お、にいちゃん……」

「ど、どうしてだ、お兄さん……」


 これは俺の意地だ。

 

「げほっ、こほ……いいんだ……エスピ……スレイヤ……バカでもいい。今だけは理屈で動いちゃダメだから……そういうときって……あるんだよ。俺はそれが、今この瞬間なんだ」


 だからこそ、たとえ妹弟でも手は出させない。

 心配や涙を浮かべる二人には悪いけど、こればかりは二人にも邪魔はさせないと、俺は血の味しかしない口元でなんとか笑ってみせた。

 笑えているかどうかは分からねえが。


「オメー……っ……ぐっ……」


 そんな俺に対して、片膝をついて膝を押さえて苦々しい顔を浮かべているアオニー。

 

「へ、へへ……どうした? アオニー……まだ……ちょっとしかぶつかってねー……」

「ヌッ!?」

「キックはパンチより強いって聞いたけど……本気でブチ切れたときのアカさんにゃ敵わねえ」

「ッ!?」

「ぜんっぜんこれぐらいなら、まだイケるんだよぉ!」


 正直ここまできたら、もう慣れだ……顔面の感覚もマヒしているし、意識が飛びさえしなければ……


「オメー……何がそこまでオメーにそうさせる……バカ……だーべか?」

「グダグダ喋ってんじゃねえ! 大魔――――」

「ぐっ、ぬう……青膝ぁぁぁあ、あ、がぐああああああ!」

「ヘッドバッッ……がひゅっ!?」


 ああ、ヤバい……もうだいぶ俺ヤバい領域に入ってる。もう痛いか熱いか苦しいか何も分かんねえよ感覚が……つか、今、何か聞かれたっけ?

 何で俺こんなことしてるかって? お前が逃げるなって言ったからじゃなかったっけ?

 

「気ぃ使われたくなかった……迷惑なんていくらでもかけろよって思った……迷惑なんかじゃねえって……でも、そうしろって言えるほど俺は強くなかった……」

「ん、あ?」


 あれ? なんか、俺頭がよく分かんないことになってるけど、なんか自然に言葉が出る。


「世界のことも……戦争のことも……種族がどうとかってのも……知らな過ぎた……だから……全てを知ったうえで同じことを……もう一度言ってやるんだ……迷惑じゃねえって……」

「……オメー……」

「これだけは絶対に曲げちゃいけねぇんだ! だって、アカさんは……俺を初めて俺として見てくれた……ダチだから!」

「……よくわかんねぇ……でも……そうか……」

「るあああああああ、大魔ヘッドバッド!」

「一応……嘘では無さそうだーべさ……青膝ッッ!」


 アカさん……俺はもう、あの時の俺じゃねえ。今の俺でもダメか?

 まだまだかもしれねえ。でも、俺は強くなった。それなりに色んなことを見てきた。経験してきた。

 これからももっと強くなる。


「ば、けものだ……あ、アオニー隊長の膝蹴りをあんな……いや……」

「あ、ああ……一番あぶねーのが、バカやってあんなボロボロになってくれたんだ……だったら後は……」

「ああ……アオニー隊長! 俺らも、今のそいつなら囲んで叩けば、確実に殺せます!」

「よっしゃ、今すぐ―――――ぷぎゃっ!?」

「あ……アオニー隊長!? ど、どうして我らを……我らはただアオニ―隊長の……」


 もし、何か文句言ってくる奴が居たら……世界丸ごと敵にしたって……


「邪魔ぁするでねーべさ! あのクソアカのダチだなんだとほざくカスをオラ一人で殺せねーと思ってるーべさ?! はあ、はあ、はあ……」

「な、何を意地に!? べ、別に俺らは恥かかせるようなことは公言しないですぜ!?」


 ……ん?


「……あ? あ? もめて……る?」


 なんか、気付いたらあいつら、オーガ同士で揉めてる?

 また頭突きに行こうとしたら、向こうから来る気配が無くて、いつもとの違いを感じ取って思わず止まっちまった。

 

「あんなイカレタ人間の意味分からねえ意地に付き合って、隊長まで意地張ることないですって!」


 ああ……他のオーガたちがアオニーの助太刀に入ろうとしたのか。まぁ、その瞬間俺の妹と弟も黙ってねえだろうけども、しかしアオニーがそれを拒否したか。

 どうやらアオニ―も意地が……意地……が……


「……なんだよ、テメエに何の意地があるんだよ?」

「あ゛?」

「人間のガキ如きにとか、そういうつまんねープライドか? それとも、アカさんは侮辱しても、オーガとしての誇りがどうとかか?」

 

 素朴な疑問だった。まともにやっても俺に勝てないから、俺を挑発して自分に有利な土俵に誘い込んで倒すとか、そういうつもりだと思ってたけど、もしそうだとしたら確かに今のボロボロの俺を手下たちと一緒に取り囲んで倒す方がいい。

 だけど、アオニーはそれを拒否した。

 そして、そもそもアオニーは俺とのぶつかり合いで、右膝しか使ってなかった。

 もうぶっ壊れているほど変色して腫れている。

 もう片方の足を使ったり、騙して両手を使ったりしても、卑怯な手をいくらでも使えたはずだ。


「俺はアカさんへの想いが口だけじゃねえって証明するためだ。でも、テメエは何なんだ? 膝をぶっ壊して、嫌いな人間相手に意地になるのは、何か理由があんのか?」


 アオニーは部下たちの言葉も無視して、どうしてこんなことに馬鹿正直に付き合ってるんだ?

 急にそんなことが気になりだした……が……


「どうしたーべさ? 急につらくなって……ついに言葉でどうにかしようと思ったーべさ?」


 アオニーは答えなかった。

 

「まっ……ただ、嫌いでムカつくだけだーべさ……人間も……あの……馬鹿野郎も……」

「……そうかい。つまり、決着つけなきゃ何も言わねえってことだな」

「ふっ……間違いねぇーべさ」


 上等だ。確かにこのまま不完全に終わるのもなんだし、せっかくだから……


「じゃあ、さっさとぶっ壊れて倒れちまえよ! 大魔ヘッドバッド!」

「潰れんのはお前だーべさ!」


 完全決着をつけてやる。


「お兄ちゃん!」

「お兄さん!」


 で、たぶんどっちにしろ俺は他のまだ残ってるオーガたちまでは流石にどうしようもねぇから……エスピ……スレイヤ……族長たちと一緒に後は……




 後は……



「くそ、隊長は何を考え……ダメだ……万が一隊長が倒れたら……ぐっ……仕方ない……今なら誰も見ていない……よし、魔水晶で本軍に! ……本軍、アオニー隊だ。至急――――」


『おお、アオニー隊か、丁度良かった。こちらも今、連絡しようと思っていたところだ』


「いや、話は後で。今、ヤバいことになって……とんでもなく強いやつが……隊もほぼ壊滅状態……アオニー隊長も現在交戦中だが……しかし、このままでは……」


『なに? アオニー隊長が? なるほど……それほどの強敵か……実はボクメイツからの話を統合すると、お前たちが探しに行ったエルフの集落に、かなりの力を持ったエルフが居るかもしれないという話になり……やはり、本当だったか」


「え? いや……それは……それに、今やばいのはエルフじゃなくて――――」


『だが、安心しろ。実はついさっき、それを確かめるため―――――』




 とりあえず、こいつをぶっ倒して、んで他の奴らはエスピたちにぶっとばしてもらって、目が覚めたらゆっくりアオニーの話でも聞くか。








『ハクキ大将軍が直々にそちらへ向かった』

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