第326話 走馬灯を振り切る
「まだやる前の口だけなら誰でもできるべーさ」
油断しなけりゃ勝てる相手に舐めた真似をしてるかもしれねぇ。
そもそも、相手は戦争含めての戦闘経験の数だったら俺よりも遥かに上だろう。
でも、やるしかねぇ。
「実際にやった後にオメーは――――」
「なぁ、あんたに一つ教えてやるよ」
「んあ?」
ブレイクスルーによる身体強化をして、相手にめがけてただ真っすぐぶつかるだけ。
「戦闘において必要なものは何かってことをな」
腰を深く落として、少しでも勢いが出る態勢に。
もっとも、そうすればそうするほどアオニーの膝蹴りに俺の顔面が丁度いい位置になっちまうわけだが……
「スピード、パワー、テクニック……そしてハートだよ!」
アオニーに向けてというよりも、俺は自分自身に言い聞かせるつもりでその言葉を口にした。
勝つんでも、倒すんでもなく、証明するために。
アカさんと同じオーガに、俺の想いが口だけじゃねえってことを認めさせるために。
ここでそれを証明できなければ、俺はいつかアカさんと再会できたときに、胸を張れねえから……
「ハート……このガキ……生意気だーべさ。それも、今だから言えることだーべさ!」
「必ず、このぶつかり合いの果てでも同じ言葉を俺は口にしてやるッ!」
だから、勝負!
「行くぞっ!」
「ふっとばすーべさ!」
間合いを一気に詰める猛ダッシュ。そこから上半身を反り、反動を利用して一気に額を相手に向けて差し出す。
「大魔ヘッドバッド!」
「青膝ァァァァァァ!」
あっ、これヤバ……
――潰
ほんの一瞬だけ、潰れた果実のようになる自分の姿が頭を過りる。
改めてこれはヤバいことだと本能的に感じ取った。
ブレイクスルーどころか、ゾーンに入ったためか、迫りくる大きな膝がスローモーションに見える。
やっぱり同じオーガだ。拳だろうと膝だろうと、こいつが力を込めて攻撃してくる姿とアカさんがダブっちまった。
これは、回避しなくちゃヤバい。
回避しようと思えば今からでもできる。
でも……
「うるがあああああああああああああああ!!」
やけくそに、だけど必死に歯を食いしばって、俺は無我夢中で額を突き出した。
そして、次の瞬間俺の視界が全て真っ白になるような、閃光が走った。
「お……お兄ちゃんッ!? ごごご、ゴツンッて!」
「お兄さんっ、く、な、なんてことを! お兄さんなら楽に避けられたはずなのに!」
「……はは……脱帽……もう、音がヤバい……」
「あいつ、バカじゃないの!?」
「ぎゃああああああ、た、隊長の膝蹴りに!?」
「なんてやつだ、あ、頭から、本当にいきやがった!」
「あの人間……」
なんか、もう誰かれ種族構わずになんか言ってるけど……あ、目が見え……いや、大丈夫だ……すぐに目が見える……風景が……
――ねぇ、サディス……だっこぉ
――んふふふふ~、はい~、ぼっちゃま。ハグです。ぎゅ~~っ♡
――うう~、なんてかわいいの……流石私の息子! ねぇ、アース~、母さんも抱っこしてあげるから、おいで~
――くぅ、何てかわいいんだ俺の息子。あの変態狐女には絶対にやらねえ! ほれ、アース~、父ちゃんがあそんでやるぞ~
――やだぁ……だっこも、あそぶのも、サディスと~
――んもぅ、ぼっちゃま~♡
――うぅ~なんでよ~、私もアースをだっこしたいのに~
――なんで父ちゃんに全然懐いてくれねーんだ!?
は? つーか、なに? え? 俺、なに見てんだ?
――うふふ、ヒイロもマアムもまだまだね~。サディスちゃんも、アーくんを甘やかしすぎじゃないかしら? でも、仕方ないわよね。こ~んなに可愛いんだもの
――あっ……おばーちゃまー!
――はうっ!? 坊ちゃまが!? う~~、ご母堂様! 私の坊ちゃまとらないでください!
――あらあら、怒られちゃったわね。でも、たまにしか会えないんだから許してね。ほら、アーくん。バーバですよ~、はい、オモチャ買ってきたわよ~
――わーい! おばーちゃま、ありがとー!
――坊ちゃまをモノで釣るなんてひきょーです! うぅ、これでは坊ちゃまが将来わるいおんなにだまされちゃいます。今のうちにそういうのは――
――はい、サディスちゃんにもお土産よ~
――うぅ……あ、ありがとうございます……
――うふふふ、かわいい孫が二人もいて、バーバはとっても幸せね~♡
あれ? なんか、幼い時の……って、これ、やばいやつじゃ!?
「ぬ、ぐおっ!?」
おいおい、これって、死の間際に見る走馬灯的な!? あやうく物心ついた頃からの人生を振り返りそうになっ……
「つぅ、うううっ!?」
その瞬間、頭に激痛が走った。
痛いとかそういうもんを超越してヤバいという言葉しか浮かばねえ。
脳みそを直接ハンマーで何度もたたかれているような……同時に脳みそをシェイクされているような気も……とにかくハンパねぇ!
この痛みは、まさにアカさんのパンチを……
「ん、な、ろ……ん?」
「つっ……が、ガキィ……」
「あっ……」
だが、薄れる視界の中で俺は確かに見た。
アオニーの膝の皿が変色し、その全身に脂汗を浮かべながら、顔を歪ませている。
アオニーも無事じゃ済まなかったんだ。
俺もヤバいことになりかけたが、負けちゃいねえ。
『さぁ……まだ始まったばかりだぞ、両者よ』
「ッ!?」
そのとき、機嫌よさそうにトレイナの言葉が耳に入った。
『これは意地の張り合い。ゆえに、先に引き下がったほうが負けだ。で、どうするのだ?』
アオニーにトレイナの声は聞こえないのに、トレイナは俺だけじゃなくアオニーにも向けて言っている様子だった。
だが、どちらにせよ、俺もアオニーも激痛でヤバいことに変わりねえが、まだぶっ倒れちゃいねぇ。
二人ともまだ……なら……
「まァ……ま……まだ、いくぞオラァァァァァァ!!」
「ッ!?」
なら、俺のこの両足も、頭も、ハートも立ち止まるわけにゃいかねぇ。
「なっ、うそ、お、お、お兄ちゃん!?」
「ばかな、まだ行くと!?」
ああ、ごめんな、エスピ、スレイヤ。
お前らの兄ちゃんはバカなんだよ。
「大魔ヘッドバッド!」
「ぐっ、あ、ぐっ、ガキイイイイイイ、青膝アアアアアアアア!!」
そんな俺の想いを感じ取ったのか、アオニーも負けじと膝をもう一度繰り出してくる。
しかもそれは、無事なもう片方の膝ではなく、今の一撃で痛めた方の膝をあえて突き出してきやがった。
「がふっ!?」
「つぅ~~~~~がぁ!?」
ああ、やばい……また頭の中に閃光……いや、稲妻だなこりゃ……でも……
「初めて……だったら……やば、かった……」
そう、俺は初めてじゃない。この額に強烈な一撃をもらうのは。
でも、こいつは初めてなんだ。
必殺の膝蹴りでこれまで多くの者たちを打ち抜いてきたんだろうが、その膝蹴りに自分から頭ごと突っ込んでくる奴なんて……
「俺は……折れちゃいね……ぇ……ヒビ一つ入ってねぇ!」
でも、俺はこの痛みを知っている。そして耐えられた。
一度乗り越えたんだから、今度だって乗り越えられる!
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