第328話 幕間(大魔王)

 確かに、余の記憶が正しければ、この時代のこの頃あたりだったな。


――ハクキ軍の奇天烈大百下に死者が出たとのことだが……ふむ……戦死ではなく……任務失敗と隊を壊滅させた責任を取らされて処刑……アオニー……名前だけは聞いたことあるな


 あの時代、戦死者の報告は日常であり、たとえそれが部隊長クラスの死であろうと珍しくはなかった。

 とはいえ、それでも毎日何百人と報告される戦死者の中にそれなりに有名な名があれば、流石に余の目に留まる。

 あの日もそうであった。

 魔王城の執務室にて運ばれた書簡の山を眺めながら、城に居た六覇の三人と会議をしていた。



――ひははははは、例のボクメイツからの依頼を実行している連中ですよ、大魔王様。しっかし、人間のお使いもロクにできねーとは……選りすぐりの最強猛者百人の部隊長とかってチョーシに乗ってるやつらが……情けね~、チョーウケるんですけど~


――パリピ、偉大なる大魔王様に何たる無礼な態度。この私がその首を刎ね飛ばして魔界魚の餌にしてやろうか?


――だ~、相変わらず固いね~、ヤミディレの姐さんは。なぁ、そう思わねぇ? 『ライファント』のオヤジぃ~?


――いや、ヤミディレの言うとおりだゾウ。貴様はもっと六覇としての自覚を持つゾウ。遠征中のハクキとゴウダ……この状況下でいきなり休暇を取ったノジャ……今、本国に残っている我ら三人が大魔王様を支え、魔王軍を率いねばならぬゾウ


――あ~あ、こっちのオヤジも堅物だった。あ~あ、ノジャちゃんいねーと話が合わねぇな~……いや、話は合わねえか。ただ面白いだけで。ひははははは



 あのとき、その程度の話だけをして、戦死報告リストをすぐに次のページに捲った。

 しかし、余は確かに見た。

 アオニーの名を。

 任務失敗。隊の壊滅。つまり、そういうことなのだろう。



「うるがああああああああああああ!」


「ぐがあああああああああああああ!」



 死んだ者たちが多すぎたこの時代。

 魔界のため、魔王軍のために命を賭して戦った者たち全てのことまで余は把握できていない。

 やったことはせめて、死者の名を一読したうえで名前だけを記憶に刻みこむだけだった。

 一人一々がどのように生きてきた者たちなのか、どのような事情で魔王軍に入り、そしてどのような戦いで最期を遂げたのかまでは、余も知らぬ。

 このアオニーもまた、その内の一人だ。

 今こうして余が手塩にかけて育てている弟子と、肉体と命と魂をかけて堂々とぶつかり合う戦士。

 しかし、結末は分かっている。


 任務失敗と隊を壊滅させた責任を取り処刑。


 余は、その任務内容までいちいち確認しなかった。

 ボクメイツとのことはハクキに一任していたからだ。

 しかし、今になってその内容を知り、歴史を把握することになるとはな。


『アオニー……貴様は、ここで敗れ……エルフたちの捕獲という任務に失敗し、その責任をハクキに取らされるのだな……魔王軍のために戦い、そして奇天烈大百下という肩書を得るまで魔王軍に貢献した貴様は……よりにもよって……余が育てた弟子に敗れて……』


 そのことを童には言えぬ。

 心も精神もまだ甘い童にそのことを話せば、そのことで童は責任を感じるだろう。

 本来この時代に居ないはずの自分の所為で……と……。

 しかし、それは必要のない責任だ。

 だから、童は思うがままに戦えばいい。譲れぬ理由があるのだから。


『アオニーよ。せめて余が見届けよう……貴様が、大魔王トレイナが手塩にかけた弟子を相手に、堂々と壮絶なるぶつかり合いをしたという歴史を。だから、思い残すことがないほど存分に戦え。もはや余にはそれしかできぬ……すまぬ……』


 責任と申し訳なさは余が抱けばよいのだから。


「へっ、最初はキレてもクール気取ってたくせに、今はうるさく見苦しく粘りやがって……いい、かげん、まいったしろよ、どーせ俺は負けねえんだからよ!」

「何を……言ってるだーべか……オラはまだまだぁ!」


 ただ、それはそれとして……このアオニーという者……童も気付いているようだな。

 ボクメイツの依頼をこなす実行部隊。それは非人道的な内容も含まれる。

 それを行う者たちとなると、心を殺した者たちや、そういったことを平気でできる連中に限られる。

 そして、アカを中傷して嘲笑った者たちはそういったことが出来る者たちだった。そういう目をしていた。

 しかし、このアオニーは目が腐っていない。恐らく与えられた任務に対しては心を殺して実行していたのだろう。

 童とのぶつかり合いによって、無我夢中になってきたことで、本来のこやつの本性が見えてきた。


 熱く真っすぐな想いを抱いた、情に厚い誇り高き戦士だ。


 だからこそ、童も何の疑いも無く、頭突きと膝蹴りだけの戦いとして突っ込むことができるのだ。

 そして、アオニーは部下のオーガたちが横やりを入れようとしてもそれを跳ねのけた。

 ただ、そうなると、アカに対しては……


「言ったはず! こんなんじゃぁ、まだオラは認めねーと!」


 もはや、このアオニーは童を倒すことも勝つことも考えていない。アオニーの目的はそこにはない。

 童を試しているように見える。童を値踏みして、何かを期待しようとしている。


「はあ、はあ……しつけ……なら……もう、これで終わらせてやる! ……マチョウさん……技を借りるぜ」

「ぬっ?!」


 お? 童はこれまで態勢を低くして真っすぐ走るだけだったが、初めて見せる構え。

 片膝をついて両手を地面に。

 なるほど、マチョウがカクレテールの大会でやった、短距離で溜め込んだ力を爆発させるスタート。

 マジカル・クラウチングスタートか。



「へ、しつけーのは……オメーも同じだーべさ……この期に及んで今まで以上に頭をぶつけに来るか? オラの膝をくらいまくって、『もう、元の顔が分からねえぐらい無茶苦茶』になっているーべさ。それなのに、正気じゃねーべさ。どうして……アカはおめーなんかと……友達になったーべさ?」


「さーな……逆に……俺も疑問だよ。どうしてあんたはそんな……根性あってツエーのに……」


「ぬっ……」


「どうして、あんたは……アカさんを……」


「どうでもいいーべさ! オラはもう、あんなカスどうでもいいーべさ! あいつは死んだ……それでいーべさ」



 やはり、口に出している言葉が真実ではない。童も流石に気づいているようだな。

 このアオニーは何かの事情があるということを。 

 ただ、それはそれとして決着はつけなければならぬ。


「なら……ぶっ壊してから、吐かせてやるよ! いくぞぉぉぉぉ! 大魔ダッシュダイビングヘッドバッドッ!!」

「ああ……口だけじゃねえなら……ほんとうにやってみるーべさ!」


 さぁ、最後の……ッ!?



『ぬっ!?』


 

 なんだ? 突如、この霊体の身でも感じる圧倒的な圧迫感。

 いや、なんだ……ではない……今、ここより少し離れた場所からここに近づいて来る何者かの存在を感じ取った。

 いや、何者か……ではない……これほどの……一人しかいない。


『ま、まさか……』


 てっきり余は、この場でアオニーたちは敗れ、敗走し、本陣に戻ったうえで……と思っていた……違うのか?

 あやつは戦後も存命しているという。しかし、あやつは童のことはヒイロの息子としてしか知らぬはず。

 だから、出会っていない……そう思い込んでいた……しかし、今にして思えば、コジロウも、ノジャも……まさか、あやつとも?

 ここで出会うというのか?

 いや、だがしかし……カクレテールでヤミディレはあやつと多少なりとも繋がっていた……そのとき童のことは……ダメだ、分からぬ。

 童をアース・ラガンとしては知らなかったとしても、この場であやつと童は出会っていたのか?

 そうなるとこの場がどうなるか、余にも……


『童!』


 しかし、今の童に余の言葉は届かぬ。

 全ての力を込めてアオニーの膝にぶつかり、アオニーの右膝は完全に破壊されて、アオニーはその場に腰を落とした。

 

「くっ……なんて一撃……もう……気持ち関係なく、膝が……粉々だーべさ……」

「へ……どーだ……みたかよ。俺は……アカさんと――――――」


 それを見届け、童は血まみれの笑みを浮かべながらパタリと倒れてしまった。

 迫りくるあやつの存在に気づかず……

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