第321話 逃げられない

「なんてことなの……下界のことをあまり分かっていない私でも、六覇と七勇者の名前は知っているわ……エスピ……あなた、七勇者だったの?」

「うん! だから、オーガたちなんてちょちょいのちょいって倒しちゃうから!」


 エスピが胸張って自信満々にそう宣言する。


「まっ、そういうことだな。そして今はエスピだけじゃなく俺もスレイヤも居る。手ぇ貸してやるよ」

「オーガか……いい経験になりそうだ」


 そして、俺たちもいるから特に心配いらねえ。

 すると、エスピの七勇者の肩書に驚いたエルフたちの表情に笑みが一瞬零れるが、すぐに全員が戸惑いの顔を浮かべた。


「ま、待て、人間たち……何が望みだ?」

「は?」


 そのとき、エルフの一人が俺たちの顔色を窺うように聞いてきた。

 何が望み?


「欲深い人間が、何の見返りもなく動くとは思えない。何を望む? 財宝か? それとも……女か?」

「いやいや、何を……」

「っ、そういえば、貴様は先ほどの話では幼女闘将とやらに卑猥なことをしたと……っ、しかも今もこんな子供を連れて……貴様……まさかそういう趣味が……エルフの童女を求め……ッ! ケダモノめ!」

「待て待て待て待て、何でそうなる!? ま~、アレだ。一晩世話になったしよ、別にそんな重く考えんなよ。つうか、俺に危ない趣味はねえ! 俺はちゃんとした女が普通に好きだ! つーか、色々と野蛮なのはお前らの方だろうが!」

「な、なんだと、貴様ぁ!」


 俺たちが無償で何かをすることに疑いを持ったようで、そのために何やら変な疑いをかけられてしまった。

 すると……


「まぁ、そうなんだろうね……お兄さんの趣味趣向に関する真実は置いておいて……このお兄さんは……本当に見返りは求めてないよ」

「族長!?」

「人間にも色々いるんだよ……ボクメイツの連中しか知らない皆には分からないかもだけど……お兄さんみたいなタイプは少数派だろうけどね」


 どうやら、族長だけは疑わないでくれたようだ。

 とはいえ、それがよほど驚くことだったのか、族長の言葉にエルフたちも戸惑っている。

 一方で……


「でもな~……それはそれとして、……気が引けるな~」

「……え?」

「たぶん、お兄さんたちの力なら……本当にオーガたちを倒してくれるのかもしれないけど……でも……それじゃぁ、何も変わらないんじゃないかな……」


 族長の意外な言葉。それには、俺も意味が分からなかった。


「敵は結構有名な連中……それを追い返しても、仮に殺したとしても、今度はもっと強い奴らが送り込まれる……魔王軍の強敵がね。六覇本人かもしれないし、なんだったら大魔王が直々に来るかもしれない……シソノータミが滅ぼされた時のように……戦えば戦うほど終わりなんてないんだ……だから、人間も魔族も地上も魔界もずっと戦争してんだし……そして、それに参加しちゃえば俺たちも同じ穴の狢……キリのない戦いに巻き込まれて終わり……」


 冷めたように、呆れたように、そして気が進まないというような様子で語る族長。

 今現在世界で起こっている、人類と魔族の存亡をかけた戦すらも、バカみたいだと呆れている。


「あなた……じゃぁ、あなたはどうしろと?」

「だから逃げちゃおうって話。ここは俺たちの土地? だから渡さない? 別に俺たちの祖先がたまたまこの地に住んでただけであって、俺たちの領土が世界的に認められてるわけじゃないんだし……でも、その言い合い始めたらまたメンドーだし……だから戦わないで逃げようって話」

「………あなた………」

「俺は嫌だよ。エルフの一生は長いからこそ……そんなものに関わって長い一生を振り回されたくない。一度関わったら中々抜け出せない泥沼だろうしね」

「勝手ね……ほんと、あなたってば私たちと根本的に考えることが違うんだから……」

「案外俺って本当はエルフじゃなかったり。もしくは前世が平和な世界の人間だったりしてね」

「はいはい、まったく……でも、それなのに……あなたは一人でさっさと逃げることはしないのね……」

「……長い人生だからこそ……不本意ながらも結婚したり、多少なりとも慕ってくれた連中を見捨てて死なれて、その罪悪感を何十年も抱えて生きるのが嫌なだけなんで……これぞまさに一度関わったら中々抜け出せない泥沼の一つ。ゆえに結婚とは人生の墓場」

「ふふん。素直に愛する私を失いたくないって言いなさいよ」


 族長の考えはある意味で自分本位な考えだった。

 祖先がどうとか、誇りとか、歴史とか、戦争とか、そういうものをくだらないと断じている。

 たぶん、命がけで戦争している軍の連中とかが聞いたら怒るんだろうけど、そんなもんに振り回されたくないという気持ちは分からんでもない。

 俺だって、帝国騎士になることを途中からやめて、自由に生きようと思ったわけだしな。

 だけど……


「逃げたって同じだよ。逃げた先に都合よく安住の場所なんかがあると思っているの? ましてや、一人で隠れて生きるならまだしも、皆でだなんてね」

「スレイヤ?」


 意外にも、スレイヤまでもが族長の考えに異を唱えた。


「……おっ……子供に核心突かれちゃった……おぉ……きっついな~……でも……うん、そうだよね……それこそ、魔王軍も人間もいない時代とか……誰も住んでない世界とか星にでも行かないとね……」

「バカなこと言ってはぐらかしても事実だよ。戦いもしないで、逃げ回るだけで……そんなことで自分たちの居場所を見つけようだなんて……甘いよ、あなたは」


 何やら実感籠っているような、スレイヤなりに思うところがある様子。

 まぁ、こいつもエスピ同様、この年齢で、一人で世界を転々とし、ハンターとして日銭を稼いで生きている。

 故郷がどうとか、こいつの親は? とか、そういうのを俺も聞いていないが、厳しくしんどい思いをしてきたんだろうということは分かる。

 そんなこいつだからこその言葉なんだろう。

 そういう意味ではエスピも同じかもしれない。

 そして、家出した俺もだ。

 ただ、族長もどうやらそれはそれで分かってはいる様子。



「まぁ、それもそうなんだよね……だから俺も強気でゴリ押しできないんだよね……でも、戦っても勝てない……六道眼には……カグヤ様だって大魔王トレイナには敵わなかったんだし……唯一の可能性でもあるシソノータミの地をその魔王軍が占領しているんだから……ムリかぁ……そもそも鍵もないし……」


『……ん? ……ん? ……こやつ……』



 子供のスレイヤに言われて苦笑しながら顔を俯かせる族長は、何かボソボソと呟いているが、よく聞き取れない。

 ただ、トレイナは何やら反応したが……


「ええい、貴様ら……小生を無視するな!」


 だが、そのとき、先ほどまで呆然としていた捕虜の女がようやくハッとして大声を荒げた。


「何故貴様らまでここに居る! 連合軍はまさかエルフたちと手を組むとでも言うのか!?」


 俺たちがここに居たことに驚いていたラルウァイフが、睨みつけてきながらそう叫んだ。


「いや、偶然だよ。それに、俺たちは連合軍と何も関係なく動いているしな」

「ふ、ざけるな! エスピもいるのに何も関係ないだと!? それなのに、アオニーたちを迎え撃つ? 意味不明だ! どちらにせよ、貴様が小生ら魔王軍の敵であることには変わるまい!」

「敵じゃねえよ、しつけーな。敵じゃねえけど、状況によっては戦う時もあるってだけだよ。そのアオニーとかってのは、結構ヤバいんだろ? 族長たちが危ないみたいだし、仲良くなったんだから手を貸すってだけだ」

「なんだ、そのいい加減な理屈は、薄汚い人間が! 貴様らのような者たちの所為で……あの人は……誰よりも心優しかったあの人は……」


 何故だ? 俺を物凄い殺意の籠った目で睨みつけてきやがる。

 こいつが今こうやって捕らえられてるのは俺の所為じゃねえのに。



「うるせえよ! 白いエルフも黒いエルフもよってたかって、人のことを汚ぇとか言ってくんじゃねえ! 別に俺だって自分や人間ってのが綺麗とまでは言わねぇけど、俺だって戦わなくて済むならそうしてーよ! 信じちゃもらえねーかもしれねぇけど……俺はオーガに親友がいるんだからな!」


「……な……に?」


「「「「「ッッ!!??」」」」」


 

 思わずカッとなって言ってしまった。まぁ、別に内緒ってわけじゃねぇからいいんだけどな。


「え? そうなの?」

「オーガと友達? はぁ?」

「お兄ちゃん本当なの!?」

「お兄さんだから嘘ではないとはいえ……オーガと友達?」


 ただ、この時代のこの世界において、「オーガと友達」というのはよほど信じられないことのようだ。

 エスピたちも「信じられない」といった表情で驚いている。


「なん……だと? ありえるものか! 小生らと同じ魔界の住民ならまだしも、貴様のような人間がオーガと友だと?」


 でも、これは紛れもない事実だ。


「事実だっつーの。その人は……家出した俺と偶然出会ったんだけど……メチャクチャツエーのに……誰よりも優しい奴だった」


 アカさん……この時代のどこかにいるんだよな。

 まだ、魔王軍にいるのかな? それとも、もう魔王軍から逃げたのかな?

 この時代で会うわけにはいかねーし、流石に名前を出すわけにはいかねーけど……アカさん……会いてーな……

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