第320話 醜いヒト

「逃げようよ」

「「「「「我らの故郷を捨てるとは何事か!?」」」」」

「……はぁ……」


 俺とトレイナが話をしている最中も、エルフたちの間でどうすべきかの議論が交わされるが、族長の「逃げる」という提案だけは一斉に却下された。



「たかが土地じゃん。引っ越せばいいじゃん」


「何を言ってるの、あなた! ここは我らが生まれ、そして眠る場所。薄汚い下等な種族たちに穢されるなどあってはならないわ! ここを捨てるぐらいなら、死んだ方がマシ! それがエルフの誇りよ!」


「ばっかみたい……はぁ……土地を守る……領土争い……結局、人間も魔族もエルフも……ヒトは同じじゃん……」


 

 奥さんにまで全否定され、何だか呆れたように溜息吐いて肩を落とす族長。

 そして、どうすればいいか分からず動揺していたエルフたちも、奥さんのその発言で意思を統一できたのか、顔を強張らせながらも手を振り上げる。


「そうだ、この地は守らなければ!」

「エルフの誇りを見せてくれる!」

「神の御加護を!」

「そうだ、逃げるぐらいなら……死を!」


 次々と上がる声。この戦乱の世ならではの声なのだろうか、俺にはイマイチ理解できないし、納得できない。

 とはいえ、その考えを俺が否定するのもまた変なので何も言えない。

 ただ……


「あなた、森のモンスターたちに協力をお願いして!」

「お願いって言っても……一番強い火竜たちでコレだよ? 他の肉食系の連中に頼んでも、相手がオーガだと……」

「それでもよ! 戦力は少しでも増やしておかないと!」


 変だと思っているのは族長も同じみたいだな。なんか自分の奥さんや他のエルフたちのことを物凄く残念そうに見ている。


「そうだ、例のダークエルフ……あいつも魔王軍だろ? 人質にして奴らを脅すことはできないか?」

「ああ。それに何かオーガたちの情報を持っているかもしれない。よし、今すぐ連れてきて知っていることを全部吐かせるんだ!」

「よし、急げ!」

 

 そんな中、戦うにあたって過激な意見までも出てくる。


「だから、やめろって……人質とか拷問とか……誇り? 笑わせるなってホントに……現在進行形で醜くアホになってるのは皆だよ」

「族長! こんなときにいつものような逆張り意見は困ります! 族長が発案する新たな技術や発想などが新たな発展や新たな気づきを我らにもたらすことはありますが、今は一つになるときです!」

「お前らが気づけっての! 頭が固くて心が狭くて……命とか誇りとかって言葉遊びで……」

 

 どうやら、本当に族長だけはこの中でも考え方が他のエルフとは違うようで、どうしても戦うということに納得していない様子。

 ただ、族長という立場でありながらも、その意見を他のエルフたちに納得させることができない様子だ。


『さて……貴様はどうする? 童』


 さて、そこで俺はどうするのか? 

 この時代にやってきたときから、あまりこの時代の戦とも、魔王軍の連中との戦いにも干渉しないようにと心掛けてきた……はずなのになかなかできていないのだが……いずれにせよ、今はどうするか?

 何よりも俺自身がオーガと戦うということに気が進まない……なんて言ってられる状況ではない。


『関係ねーし、関わるものじゃねーから、エルフたちのことは放っておいて俺らは逃げる……できねーよな』


 気は進まないし、魔王軍とは極力戦いたくない。

 とはいえ、この状況については考えるまでもないことだ。


『それに、ここでエルフたちに……族長の身に何かが起こってみろ。十数年後、どこかの大魔王が幽霊になった時……一つの文化が無くなったことで悲しむじゃねえか』

『……ふっ……そうか……』


 あの小説がきっかけで、大魔王って存在に対して色んな面を持っているということに気づけたこともあるし……ある意味で俺にとっても思い入れがあるものだ。

 何よりも族長と奥さんとは仲良くなったし、飯も食わせてもらって、妹分と弟分も世話になったし……


「ねえねえ、お兄ちゃん……魔王軍だって……めんどくさい。だけど……イーテェさんたち危ないよ……」

「ボクはどっちでも……お兄さんに従うよ」


 二人も問題なさそうだしな。

 こうなったら仕方ねえ。


「しゃーねえ。俺らも加勢するか」

「うん」

「お兄さんがそう言うなら……」

『ならば、これでなおのことオーガたちでは相手にならんな……』


 そう、こうなっちまえばエルフたちがどういう思考で、族長の想いがどうで、そしてやってくるオーガたちがどうであれ、もうどうにかなるだろうとしか思えない。

 すると……


「族長! ダークエルフの女を連れてきました!」


 若いエルフたちが武器を持って周りを取り囲みながら、拘束されたダークエルフを連れてやってきた。

 

「あっ……ねぇ、お兄ちゃん」

「お兄さん、あの人……」


 エスピとスレイヤも気づいたようだ。

 間違いない。

 あいつだ。


「ふん……朝から何事かと……小生の処刑でもするのかと思ったら……笑えることが起こっているようだな」


 縄で縛られ両手に枷を嵌められていながらも、不敵な笑みを浮かべるダークエルフ。

 確か……ラルウァイフ……だったかな? ノジャの配下で漆黒の何たらとか呼ばれてたやつだ。


「黙れ、下等なダークエルフ、貴様は黙って我らの質問に答えろ!」

「この山に来たオーガたちの情報を話せ! そいつらの弱点は?」

「知っていることを全部話せ!」


 族長が言ったように、美しい容姿のエルフたちが醜い顔になって荒々しい言葉をぶつけていく。

 しかし、ラルウァイフはこの状況でもまるで動じていない。それどころかエルフたちを鼻で笑う。 



「さぁ、どこの部隊かは知らんな。そもそもオーガの部隊がこの山に来ていたことすらも小生は知らなかった。同じ魔王軍とはいえ、別の軍の動きまでそこまで把握していない……」


「なんだと? お前を助けに来たんじゃないのか?」


「ふっ……そんな心優しいことをするものか。小生にも分からぬ。ただ、これだけは教えてやる。オーガということは、相手は狂暴残虐であり、魔王軍最強にして最恐のハクキ将軍の部隊だ! 貴様らごときで勝てるものか! ミナゴロシダ……女も子供も容赦なく凌辱されて死以上の苦痛を与えられる。そうだ……優しさや情けなど欠片もなき、鬼畜たちだ! ……そう……あの人とは違い……」



 それは脅しではなく、事実として声を荒げるラルウァイフ。


「……角一本の青い鬼みたいだけど……」

「青……? ふはははは、アオニーか……そうか……奴のことは小生も良く知っている……猶更貴様らでは相手にならん」


 その言葉に、先ほどまでいきり立っていたエルフたちも再び顔を青ざめさせている。

 ただ一方で、俺はほんの一瞬だけラルウァイフが見せた、どこか切ないような、悲しいような、そんな表情を浮かべたようで、それが少し気になった。

 しかしそんな表情はすぐに変え、ラルウァイフは再び強い口調で……



「世間知らずなエルフたちめ! もし生き延びたいのであれば、人間たちに頭でも下げて七勇者たちでも引っ張り出してくることだな! まぁ、貴様らにそんなことできないだろうがな!」



 そして、その言葉と同時に……



「えっへん!」


「「「「「ッッ!!??」」」」」



 我が妹分が前へ出て、腰に手を当てて胸を張りながらドヤ顔をした。


「……ほへ?」


 そして、あのラルウァイフもアホ面を浮かべて硬直した。



「……は……? ……って、七勇者のエスピッ!? き、貴様が何故ここに!?」


「「「「「……え? 七勇者!?」」」」」


「まぁ、ボクたちも色々あってね」


「き、貴様も!? 天才ハンター……スレイヤ!?」


「「「「「ッッ!!??」」」」」



 そう、ここに俺たちがいたことをラルウァイフも知らなかったというか完全に予想外。

 エルフたちも七勇者という称号だけは知っていたようで、口開けて固まっている。


「え? エスピとスレイヤが……え?」

「はぁ……なんとそんな肩書が……」

 

 奥さんも族長も驚いている。

 そして……


「どうだ? 俺らが居れば、世間知らずなエルフたちもどうにかなるんじゃねえか?」

「き、貴様……ッ!」


 最後に俺もラルウァイフの前に出た。

 すると、俺を見てラルウァイフは……

 


「き、貴様は……ノジャさまの尻の穴に、あのデカくて太いとんでもないものをぶち込んだ男!!」


「「「「「えっ!?」」」」」


「いや、事実だけどおお、事実なんだけどぉぉぉぉお」



 何という理不尽。

 ラルウァイフのその発言で、他のエルフたちが一気に引いた顔をして俺から距離を取るように後ずさりしやがった。



「たしか……ノジャって魔王軍の六覇の……あんま詳しくないけど、たしか幼女闘将とかって呼ばれてた? え? 幼女ってことは……それの尻の穴? デカくて太い……え? お兄さん?」


「族長まで引かないでくれ! いや、肩書なんかに騙されるな! そいつはとんでもなくデカい怪物でだなぁ……それに、ぶち込んだのは螺旋だ螺旋! スパイラルだ! ドリルだ! しかもある意味事故で……って、皆して俺をそんな目で見るんじゃねぇ!」


 

 皆のその目は、まるで醜いケダモノを見る目だった。

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