第319話 翻訳
何かまた厄介なことでも起きようとしているようだ。
俺たちはとりあえず、朝食をおいしく戴いた後、外に出てみた。
すると、そこに広がる光景に驚いてしまった。
「おおっと……」
傷だらけの火竜が駆け込んできたという報告……それは言葉の通りだった。
「わぁ……」
「これは何とも珍しい……」
山の中で俺たちが遭遇したときは問答無用で爪と牙を剥き出しにして襲い掛かった竜達。
その竜が目の前に五匹もいるのだが、その全身に痛々しい傷を刻み込まれた状態だ。
今は大人しくエルフたちの回復魔法やら薬を塗られたりと治療を受けている様子。
「知らなかったな……竜とエルフは仲良しなのか?」
怪我した竜達がここに駆け込んできて大人しく治療されている。
さらに……
「……なに? そんなに強い奴らに? つい先日、人間たちにナワバリ踏み込まれたし、このままでは舐められると思って……はぁ……」
「グルゥ……ガル、ガア」
「それで返り討ちに? 他の仲間たちは……逃げたり……やられたり……まじか~」
何だか弱々しく鳴いている竜と語り合っているように見える族長。
会話が成立している?
そういえば、族長呼びに来たエルフたちも、族長に話を聞いてくれ的なことを……
「なあ、奥さん。どういうことだ?」
とりあえず、邪魔にならないように奥さんに聞いてみると……
「うん、あいつはね、動物とかモンスターと会話ができるのよ」
「……え?」
「どういう理由かは分からないけど……それでこの森に棲んでいる動物やモンスター、竜とも色々とね……」
動物と話ができる? 族長が? なんかサラっとスゴイことを言ってないか?
すると、傍らにいたトレイナが……
『なるほどな……テイマーだったか……』
『テイマー? それって物語とかで出てくる……』
『うむ。動物やモンスターと意思疎通を取り、従わせることができる者たち……言ってみれば、常時からのムッツァーゴウロ状態というわけか……』
『おお、なつ……』
何か月か前にトレイナに名前だけ教えてもらったことがある古代禁呪の翻訳魔法だ。
『あれ? でも、常時って? 魔法じゃないのか?』
『うむ。あやつにはそのような様子はない。つまり、魔法ではなく、生まれつきその状態ということなのだろうな。元々あの古代禁呪も、そういう者たちの体質を参考に開発したものだしな』
『えっ、そうだったの? てか、生まれながらにそんな能力持っている奴なんて居るのか?』
『確かに珍しいものではあるが、皆無というわけではない。それこそこの時代よりも更に昔は、モンスターたちを従える、テイマーたちがそれなりに居たしな。ほら、以前貴様の家のクローゼットの奥にあった絵本……オーガたちの天敵でもあった伝説の剣士、桃から生まれたピーチボーイ……あやつもその体質を持ったテイマーだったしな』
『へぇ……』
そういえば、家出する前にそういう絵本の真実を教えてもらったっけな。
それにしても、族長がそういう力を持っていたとはな。
ひょっとして、朝食で肉を食ってなかったのって……
「げえぇぇぇぇええ!? お前たちを襲ったのは……魔王軍のオーガの連中う!? 百人ぐらいいる!?」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
「は~……山狩りでエルフたちを捜索……あ~、ボクメイツと絡みある奴らね……まいったなぁ……」
と、そのとき、傷ついた竜から話を聞いていた族長の驚きの声が響き渡った。
魔王軍? オーガ? ボクメイツ?
そう来たか……
「ま、魔王軍!? 魔王軍だって?」
「し、しかも……しかもオーガ!?」
「なんてこった、この近くにそんな奴らがうろついているのか!?」
「本当なの? 族長!」
魔王軍のオーガたち。その衝撃の事実に集落のエルフたちが一斉に動揺し、誰もが顔を青ざめさせた。
俺も、マジかよって感じだ。ついこの間、アマゾネスたちだったってのに……
「ど、どうする? もしここが見つかったら……」
「バカ、び、ビビるな。この間だって、俺たちは魔王軍のダークエルフをだなぁ……」
「でも、オーガって……魔王軍最強の軍で、更に狂暴で残虐で……」
「そんな奴らが……百人だぞ!?」
「いや、逆を言えばたった百人……隠れてないで、地の利を生かして俺たちから攻め込まねえか?」
「でも、負けたら殺されるだけじゃすまねえよ! それこそ女たちは……どんな酷い目に合わされるか……」
動揺しているエルフたちの意見が飛び交う。
若者たちは武器を持って戦うべきだと言い、戦えない女子供や年寄りたちは不安そうに怯えている。
「そんな……今まで確かに人攫いの連中たちが森を荒らしたりしていたけど……それでも何とかなった。でも、今回は……オーガだなんて……」
あの強気だった奥さんもそんな様子だ。
それだけ、オーガという種族が他の種族とは違う……そういうことなんだろうな。
「オーガ……私、まだ戦ってない」
「ボクもだ」
エスピとスレイヤでも、オーガに対してはまだ戦闘経験がないようで、イマイチピンと来ていなさそうだな。
一方で俺は……
『童。山狩りをしているオーガたちを率いている者の特徴を族長に聞いてみよ』
『ん? あ、ああ、分かった』
そのとき、トレイナが俺に言ってきた。俺はその問いをそのまま族長に聞いてみた。
「なぁ、族長」
「ん?」
「今、山狩りをしているオーガを率いているのはどんな奴か、そいつに聞いてもらえるか?」
「あ、うん。なぁ、そのオーガなんだけどさ……うん、一番えらそうだったやつ……うん。うん。……青い鬼? 角が一本?」
トレイナから俺へ、俺から族長へ、族長から竜へという伝言ゲームのようになっちまったが……
『青……角一本……百人規模……なるほどな。独立別動隊……アオニー隊だな』
どうやらトレイナは分かったようだ。
『トレイナ、知ってるのか?』
『ああ。何万もの規模を誇るハクキ軍において、あやつが信頼を置いた百人の鬼たち……『鬼天烈(きてれつ)大百下(だいひゃっか)』の一人……そのうちの一人であるアオニーの実力は、上から十人以内に入るほどの実力者だった……それゆえ、戦争においてある程度独断で動く権限もハクキより与えられていた……』
『は~……そんな称号が……知らなかったな』
『……そしてそうか……色々と……辻褄が合ってきたな……』
『?』
正直、この時代の強者は六覇と七勇者クラスでないと俺もよく分からないが、トレイナが知っているというだけでそれなりに強い奴だというのは分かる。
ただ……
『いずれにせよ……』
『ん?』
『つい最近、六覇と貴様は戦った。ヤミディレ、パリピ、ノジャ……この期に及んで六覇の配下の一人や二人……今の貴様の相手になるまい』
俺の敵じゃない。まさかのトレイナの評価に俺は思わず笑っちまった。
『ほほぉ……あんたも随分と俺を認めてくれるじゃねえか』
『別に褒めてはおらん。事実を述べたまで。だが問題なのは強さだけではなく……どうする? 童』
『え? どうするって……そう……だな……』
どうやらトレイナは見抜いていたようだな。
俺の気が進まないことを。
俺は今回どうすればいいのか……いや、考えるまでもねーんだけどな。
ただ……
「オーガ……か……」
どうしても、俺はその種族の名を聞くと、誰よりも優しかったあの人のことを思い出さずにはいられなかった。
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