第315話 心を開く

 大魔王トレイナすらもが愛読した伝説の本……と言えば、もうとんでもない。どのくらいとんでもないかというと、トレイナの人格がヤバいぐらいに崩壊するほど興奮してしまっている。


『わ、わ、童、い、いま、いまいまいまぁ……』

『あ、ああ……言ったな……』


 俺たちの前に現れた、エルフ族たち。その中で一人空気が違う、族長と呼ばれている男。

 そいつが何とトレイナが読み、俺も読まされた……面白かったけど……あの本の作者?


「……あの」

「あ、はい、なんすか! いや、ちょっと揉めててすんません! 何とか話をまとめますので、どうか穏便に……」

「いや……あんた……ディスティニーシリーズの作家先生か?」

「……ふぁ?」


 あっ、族長がポカンとして……でもすぐに顔を赤くし出して……


「え?! あ、あんた、え? お、俺のしょうせつ、え? ええ? なんで! えええええ!?」


 この反応……本物なのか?


『ば、バカな! あの小説の原作者は人間ではなかったのか!? な、なんと……余はずっと人間だと……』


 トレイナも知らなかったようだ。っていうか、俺も……未来の帝都ではメチャクチャ売れててブームになってるし、付属についているキャラの絵が書かれているカード……ランダムに入っているために好きなキャラを引き当てるために一人で何冊も買うのも珍しくないという悪魔のような商法……それは人間じゃなくて、エルフが……?


「うわああ、はずはずはずううううう!」


 しかし、そんな大先生が顔を手で覆いながら蹲った。


「リアルで読者に会うとか、マジでハズイ! うわ、やめてやめて! ガッカリしないで! あの感動的なセリフとか、カッコいいを狙ったセリフとかを生み出しているのが、実はこんなやつとか思わないで見ないでえええええ!」

「いや、あの……先生?」

「ぎゃあああああ、やめてやめて! 先生とか言わないで! ペンネームは絶対に呼ばないでください! いや、ほんと全てにおいて勘弁してください!」

「え、え? ええええええ?」


 ついには、頭を抱えてゴロゴロ転がりだしちゃったよ。なんでだ? あんな面白い作品生み出せる人なのに、こんな恥ずかしがり屋だったのか?


「族長……」

「お兄ちゃん、知り合い?」

「ディスティニーシリーズ……なにそれ?」


 他のエルフたちはポカンとし、エスピとスレイヤは首を傾げている。

 あれ? 二人は知らないのか? それともこの時代ではまだ有名じゃない?


「って、ちょっと待って! いや、うん、おかしい!」

「え?」 


 すると、族長は急に立ち上がりジトっとした目で俺に詰め寄ってきた。


「あんた、人間でしょ? 年齢は?」

「……15歳……ですけど」

「やっぱり……俺の作品はエッチぃシーンもあるから、十五歳はまだ本屋で買えないハズ!」


 あ……そういえば……


『う、うむ、そうだったな。人間どもは表現の自由よりも子供への悪影響がどうとかで、この時代のディスティニーシリーズは年齢制限があった……』


 そうだよ。俺が買ったのは、割と後の方に出たという全年齢版……だから……


「ねぇ、お兄ちゃん。なんなの? ですてにー? お兄ちゃんが好きな本なの? 私も読みたい!」

「お兄さん、ボクも興味あるな」


 うん、俺は当然としてこいつらはまだ読んじゃ駄目だったんだ……


「あんた、本当に俺の小説読んだの~?」


 そして、疑いの眼差しで俺を睨んでくる族長。

 仕方ねえ。ここはエロガキの汚名を被ってでも……


「コホン……あ~……俺の友達の兄貴が持っていたみたいで、その経由で読ませてもらったんだよ……オウナ・ニーストってやつなんだけど……あ~、女騎士とか女魔術師とかメチャいいよな!」

「ッ!?」

「特に女騎士との別れのシーンが……」

「……友よ……いや、神読者よ」

「ふぇ?!」

「ありがとうございます」


 最初だけ嘘を交えて、あとは本心を。実際、俺も面白かったと思うのでそれを伝えた。すると、族長は真顔で俺と握手してきた……


「うんうん、嬉しいや。うんうん。恥ずかしかったけど、ちゃんと読んでいる人が俺の作品を語ってくれる……あっ、やべ、初めてのことで嬉しくて興奮してきた……」

「は、はは……ああ、あと後輩とか……」

「うんうんうん! うん!」


 どうやら、メチャクチャ機嫌よくなってくれたようだ。

 ニンマリ笑顔で頷いて……


『ぬわああ、ズルい! ズルいぞ、童! 余にも、余にも言わせてくれええええ!』

『だ~、興奮するな』

『たのむ、聞いてくれ! 続編を読んでも解けなかった疑問があるのだ!』

『だ~、分かった分かった』


 と、俺が族長と盛り上がってると、トレイナが半泣きで俺にしがみついてきた。

 あの本のためなら我を忘れるトレイナに苦笑しながら……


「あのシーンで、●●●●の元々の性格では、ああいう展開になるとは思えないけど、どんな意味が? 矛盾が……」

「………………」


 しかし、トレイナの疑問を俺が尋ねると、族長は急に静まり返り……


「……重箱の隅をつつかないで……俺も後から気付いたんだけどどうしようもなくて……あ~、やっぱいるんだ……そうやって突いて来るの……」

「あ、あの、あ……」

『な、あ、それは……おい、童! 余の代わりに謝罪をするのだ! ちが、責めるつもりではなく、ただ疑問だっただけで……あ~、童、あのシーン、〇〇〇のシーンをだなぁ!』

「あ、あの、それはさておき! 〇〇〇のシーンは俺も好きだなぁ!」

「ッ!? おおおお、あのシーンは俺もかなり力を入れて……おお、そこが好きかぁ!」


 触れてはならないことを触れてしまったようで、最初は落ち込んだ族長も慌ててフォローしてまた機嫌を取り戻した。

 つか、トレイナが焦ったりホッとしたりと、流石に色々と興奮してるな……


「あのシーンは、その後の伏線になってたよな?」

「おおおおお、その意図を気づいてくれるとは……涙が……」

「あと、●●と●●●が、実は●●っていうのは……」

「うん! その方が萌えるしね!」


 そして、気づけば族長がメチャクチャ俺に心を開いてくれたようで……


「あの、族長! な、何を人間なんかと仲良くな――――」

「まだ喋っている最中でしょうが、静かにして!」

「あ、は、え……」

「あ~、もう! もっと語り合いたい……語り合いたい! よし、皆は先に帰ってて! 俺、もうちょっとここで語り合ってるし、何だったら今日はここで野宿します」

「はああああああああああああ!?」


 いや、もう心を開いてくれたどころか……なんかもう種族の壁とかないな……


「ちょ、族長何を言ってるんですか!?」

「だって、集落に招待するわけにもいかないし……住民たちがどういう反応するかなんて、お前たちの反応そのものが証明してるから、返って失礼になるし不快な思いをさせてしまうし……だから、俺が一人でここは語らって、許してもらって、あとはお宝でも詫びの品として……」

「な、何を勝手なことを! だいたい、族長一人で置いていくなどできません! 奥様に何と言われるか……」

「どーせ何もしなくても何か言われるなら、何かして何か言われるよ。っていうか、むしろ家に帰らなくていいやラッキーと思うまでもある」

「いや、いやいやいや、しかし……」


 そして、またもやさっきまでとは別の方向で揉めるエルフたち。

 その口論の結果、俺らは決して怪しい奴らでも、ましてや人攫いでもなく、外でエルフの集落を言いふらしたりしないという約束をさせられたうえで、招待されることとなった。

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