第314話 森の誰かさんたち

 無用な争いを避けられるなら、それに越したことは―――


「ユルサナイッ!」

「訂正させるっ!」


 と、次の瞬間には飛び出す二人のチビッ子。


「って、お前らから飛び出してどーする! 止まれええ!」


 しかし、子供は急には止まれない。

 あっ、これはまずい――――


「なんだ? 子供がすごい形相で……」

「ええい、構えろッ!」

「あの幼い容姿でなんたる狂暴な……やはり人間は蛮族!」


 森の中にいる誰かさんたちが武器を手に、中距離からエスピとスレイヤを狙っている。

 危ない。

 二人がじゃない。


「出てこい! ふわふわフィッシングッ!!」

「「「ッッ!!??」」」


 そう、危ないのは誰かさんたちの方。

 海の底の見えない魚も釣り上げたり、ゲンカーンでは住民たちもこれで救助した。

 声の聴こえる距離にいる連中ぐらい、どうにでもなる。


「むっ……」

『あれは……』


 そして、森の茂みから誰かが宙へ浮かび上がった。

 若い男女。緑色を基調とした服を着た、どこか狩人のような……


「な、なんだ、急に!? あの子供は何をした!」

「これは……魔法か? おのれぇ、あの子供を射――――」

「かはっ?!」


 そして、この事態に隠れている他の誰かさんたちからも動揺する声が聞こえたが、次の瞬間、まるで意識を失ったように言葉を閉ざしていく。


「せっかく隠れているのに自分から声を出してどうするんだい? ましてやハンターのボク相手に……まったく、頭が悪いね」


 いつの間にか目の前からスレイヤが消え、森の中を高速移動しながら次々と誰かさんたちを襲撃して気絶させているのが分かる。


「スレイヤくん、一人でいっぱい倒すのズルい!」

「ボクのお兄さんを馬鹿にした連中だ……我慢できなくてね」

「は!? 私のお兄ちゃんだし!」

「……ボクのお兄さんになったんだ……」

「私の方が可愛いもん! お兄ちゃんナデナデしたり、抱っこしてもらったりしたもん!」

「ぼ、ボクだって、ナデナデは……抱っこはまだ……いや! ノジャに襲われたとき、助けられた際にボクは抱っこしてもらった! だからイーブンだし」

「ムキーーーー! 私だけなのに……強くてカッコいいお兄ちゃんに抱っこしてもらって……お兄ちゃんもニコってしてくれて、怖いこととか嫌なこと全部なくなっちゃって」

「あっ……それ、何か分かる……力強くて……温かい」

「うん! それ! だよねだよね! なんか、それされると何が起こってもへっちゃら!」

「うんうん。それで、ボクももっと頑張らなきゃって……」

「だよね! 私ももっと頑張って、褒めてもらう~ってなる!」


 ほらな。どこの誰かさんたちか知らないけど、こうなるわけだ。


「ひ、な、なんだ!? どうなってる?」

「次々と皆がやられている!」

「なんだ、この二人は!」


 今の二人に手加減は、つか戦いながら普通に口喧嘩すんなよ。そして、一周回って仲良しだぞ、お前ら。


「……ん? あれ? ……今気づいたけど……この人たち……」

「あ……あれ? ねぇ、お兄ちゃん。この人たち……」


 と、そのとき、口論していたエスピとスレイヤが何かに気づいた。

 それは、誰かさんたちのことだ。

 俺もエスピが釣り上げた誰かさんたちを改めて見てみる……


「あ……」


 そして、あることに気づいた。


「あ~……もう……怒りながら走る子供を見ただけで武器出すほうが蛮族だってのに……しかも返り討ち……ほら、勝てないじゃん~……っていうか、あの女の子ヤバいや……サイコキネシスじゃん……男の子の方も天才じゃん……はぁ~……やだやだ……」


 ん?


「むっ……」


 そのとき、一人の男が溜息吐きながら木の上から飛び降りて俺たちの前に現れた。


「エスピ、下がれ!」


 一目見ただけで、明らかに他とは違う空気を発している。

 筋肉量や、内在していると思われる魔力はそれほどには感じない。

 だけど、何かが違う。それは勘だ。

 気づいたら俺はそう叫んでいた……が……


「どうか勘弁してください」

「「え……」」


 出てきて即座に土下座。

 その瞬間、俺が制止しても止まらなかった二人もようやく止まった。


「「「「族長ッ!!??」」」」


 ただ、これは俺らも予想外だったが、どうやらこの男のお仲間にとっても予想外だったようだな。

 森の中からどよめきが聞こえる。


「ほんと、俺らはただの森の引きこもりのヒッキーなんで、どうかイジメないでください。いや、襲い掛かったのはこっちなんで謝罪の上に詫びの品でも金でも宝でも何でも用意しますんで! ほんと、頭が固くて常識欠如しているので、ただのバカを越える更に面倒くさいバカという奴らでごめんなさい!!」


 とことん卑屈に、相手が子供であろうと額を地面に擦りつけての命乞い。

 そんなこいつを、情けない男……とは、不思議と思わなかった。


「……えっと……じゃあ、お兄ちゃんを悪く言ったのをごめんなさいしてよ……」

「あっ、しますします。いや、誘拐された云々どころかむしろメチャクチャ慕われているという真実を見抜けぬ節穴ボンクラ種族で申し訳ないです」


 流石にエスピも狼狽えてしまって、先ほどの瞬間的な怒りも薄れてしまっている。

 そして顔を上げたその男は……


「あっ……」

『ほう……』


 人間じゃなかった。


「ッ、お兄ちゃん、この人!」

 

 黒い髪の毛は、片目だけを覆い隠しており、唯一あらわになっているその瞳はどんよりとしていて隈も見えて、何だかスゲー腐っているように見える。

 そんな暗い顔しているのに、全身は緑を基調とした自然を感じさせる服というギャップというか似合っていないというか……。

 でも、若い。つか、俺と同じ年齢ぐらいに見えなくも……いや、エルフはたしか長命種だし、見た目通りの年齢じゃないかも?

 ただ、それとは別に一番目を引くのはやはり、男の耳が鋭く尖っていること。


「魔族……?」


 思わず魔族を連想したが、どこか雰囲気が違う。

 すると傍らのトレイナが……


『いや、違うな……エルフだな……』

「エルフッ!」


 エルフ……ダークエルフは会ったことあるが、エルフは俺も初めて見る。

 そして、さっきエスピが森の中から釣り上げた若い男女も、やはりエルフだ。


「やっぱりエルフだったか……ボクも途中でビックリしたよ……」


 戻ってきたスレイヤも少し驚いた様子だ。

 そう、それだけ珍しいんだ。

 森の賢者だとか賢人だとか妖精だとかの俗称はよく聞くし、物語の中でも割と聞く。

 魔界出身のダークエルフたちと違って、人間側からはそれほど悪いイメージもなく、むしろその美しい容姿に憧れや求める者たちもいるとか。

 ただ、今ではかなり数も減少しているとか……かつての大戦には参戦したりはしなかったみたいだけど……こんな卑屈そうなやつがエルフ?


「族長、何をしているのです!」

「あなたには、我ら誇り高きエルフ族のプライドはないのですか!」

「これだけの仲間がやられて、あなたは何とも思わないの!?」


 だが、その直後に木の上や茂みの中から何人ものエルフたちが飛び出してきた。

 美しい金色や銀色に染まった髪と中性的な容姿……つまり、男はイケメン。女は美人。

 ああ、これだよ。

 まさに絵本から飛び出したエルフってこういう奴らだよ。



「いや、俺は今まさにその誇りが変なことにならないようにしたんじゃないの? 相手は子供だぞ? 魔王軍にも見えないし、あのボクメイツとかいう人攫いたちにも見えないし……それなのに子供に弓を構えるとか……しかも、アッサリやられているし……」


「だからって、いきなり頭を下げて土下座など、何たる屈辱! 下等な人間たちに何故我らが頭を下げるのです! しかも、我らエルフ族の族長が! 『奥様』になんと言うおつもりですか!?」


「いやいや、族長のくせにって、皆が勝手にさせたんだからね? あのツンツンとメンドクサイお嬢様が勝手に俺と結婚したとか触れ回って……勝手にだからね? むしろ皆が俺に頭下げろよとドサクサに紛れて俺は今更ながら抗議の声を上げたい」


「ドサクサすぎです! っていうか、それお嬢様に聞かれたらぶっ飛ばされますぞ! っていうか、我らもぶっとばされるからやめてください!」


「じゃあ、皆も俺の言うことぐらい少しは聞いてよ。人の話聞かない賢者より、とりあえず話だけでも聞いてくれるバカの方が世の中的に価値は高いと俺は思ってるからね」



 にしても、何だこの状況?

 急に現れたエルフたちが、エルフ同士で口論している?


「……どうしよっか、お兄ちゃん?」

「いや……俺は別に怒ってないし……とりあえず、俺らは邪魔にならないように行こうか……」

「お兄さんがそれでいいなら……」

 

 というわけで、もう勝手にやっててくれと、俺たちはその場から……



「まぁ、都会で有名な七勇者とかが魔王軍のハクキに大惨敗して連合軍がほぼ壊滅状態とか、勇者ヒイロは危篤とか情勢がヤバいとかで、ピリピリになるのは分かるけど……」


「「「ッ!?」」」



 そのとき、俺たちは族長のため息交じりの呟いたその言葉に反応して、思わず足が止まっちまった。


『……うむ……そうだな。まぁ、結局死ななかったのだがな……おまけに死の淵から蘇ってパワーアップしたりという理不尽なことに……というより、エスピならまだしも、貴様が狼狽えてどうする?』

『あっ、そりゃそうか……』


 トレイナの言う通り、ビックリするほどでもなかった……いや、ビックリしたけど……親父の生死に心配をする必要はないことは俺の存在そのものが証明しているわけだし、さっさと……



「ならば、族長ももっと危機感を持ってください! 人間たちが何人死のうと構いませんが、地上世界全土が魔族に侵略されたら我々も……」


「ばっか、俺はある意味でエルフ族で一番地上の情勢を気にしているからね。人間滅んだら俺が書いてるディスティニーシリーズの収入が無くなってしまう。読んでくれている読者も悲しむ」


「またそれですか! そんなものは不要! 変装までしてワザワザそんなものを売りに人間の世界へ行かず、あなたは――――――」



 さっさと……


『ぬわにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!???』


 そのとき、トレイナが珍しくメチャクチャ狼狽えて発狂した。 

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