第303話 手のひらの上で追いつめられたフリ

 こっちは拳で彼方までぶっ飛ばすぐらいの力を込めているのに、まるで効いちゃいねえ。

 しかもカウンターだってのに。


「にははははは、またペチペチペチペチ、しょーもないのじゃぁ!」

「ちっ、まるで効いてねぇ……」


 暴れるノジャが振り回す両腕の爪を回避しながらの衝撃波カウンター。

 だが、それがまったく効果を発揮してねえ。


『当然だ』


 しかし、そのことにトレイナは特におかしいとは思ってねぇようだ。


『カウンターは相手の力を利用すること。同時に、攻撃しか考えていない相手の予想の外……意識の外から撃ち抜くことで、相手の意識を断つ……それがより効果的なカウンターを生み出す。今のように、最初からノジャもカウンターパンチが飛んでくることを予測しつつ、尚且つ奴自身が踏み込みの浅い手打ちの打撃を放っているのだ。それでは威力が存分に発揮できぬというものだ』


 そう、ノジャ自身があんな風に笑いながら力の限り暴れているように見せている一方で、それなりにちゃんと俺を警戒してるってことだ。

 やりづれぇ。

 そんなノジャの戦法は、とにかくカウンターに警戒しつつ、手をぶん回して俺に一発でも当たればいいやっていう、大雑把な作戦。

 俺は一発も被弾しないように回避しながらの積み重ねで、どこかのタイミングで大魔螺旋……なんだけど……


「ふふ~ん、な~るほどな~のじゃ♡」

「……あ?」

「研ぎ澄まされた感覚の中、見事な足さばきの技術で次の動きが読めぬ……と思っていたが……段々とおぬしの足さばきの中でも、状況に応じての偏りが見えてきたのじゃ♪」

「ッ!?」


 偏り? 俺のステップに? 


「おぬしが次にどう動くか見えてきたのじゃ……捕まえるのも時間の問題かもしれぬのじゃ~」

「なん……だと?」

「捕まったら覚悟するのじゃ。まずは口の中に入れてクチュクチュと何時間舐めまわす? そのあと裸にひん剥いて、一本一本抜いて……にははははは♡」

「っ、この変態狐が!」


 そればかりは俺も予想外で、一瞬身体がビクッとなってしまった。


『遊んでいるな、ノジャ。だが……今はまだそのままで良い、童』

『トレイナ……』

『ピンチの時ほど、得意なもの……咄嗟に踏んでしまうステップや型というものがどうしても出てしまうもの……相手は六覇。それを見抜かれるのは仕方のないこと。それを踏まえたうえで、大丈夫と、余が言っているのだ!』


 だが、俺が一瞬でもビビろうものなら、そのフォローをすかさず入れてくれる師匠はやっぱ流石だぜ。


「うぬ? ん~……一瞬身体が強張ったかと思えば、すぐに気持ち切り替えて再び落ち着きだしたのじゃ……メンタルも大したものなのじゃ……しかし――――」


 一方でノジャも俺の反応を一挙手一投足見ているからか、色々と見抜かれているあたり、やっぱり六覇だと感じさせられる。

 でも、このままじゃいつか……


『このままで良いのだ、童。これは仕込み。ノジャが段々と貴様のステップや動きに慣れてくる……それが狙い』

「ぇ……?」

『次の動きが何となく読めてしまう……つまり、『どう読まれてしまうのかをこちらも把握』していればよい!』


 そう思ったとき、今の俺一人では考え付かないような高度な駆け引きや作戦が既にトレイナの中では進行中だった。



「にはははははは、さてそろそろ分かってきたことだし……鬼ごっこもそろそろ終わりなのじゃ!!」


『ここだ、童! 斜め上から右爪が振り下ろされ、それをバックステップで回避し、ノジャは即座に左爪を薙ぎ払うように振る! これまでのステップから、奴は貴様がそのままバックステップ・ストップ・そしてそこから再び前へダッシュ―――レーダーを駆使しろ!』


「ほれえええ!」



 キタ! トレイナの言う通り、右から斜めに振り下ろしが来て……


「逃がさぬのじゃ!」


 それを俺が回避しようとバックステップした瞬間に薙ぎ払い。それを俺が再び前進ダッシュし……そこからはもうほとんど無心だった。

 トレイナの指示とレーダーによる感知。

 俺たち二人の感覚がピタリと一致したような気がして、俺は足を止めることなく回避し続けた。


 それは、ほんの数十秒の出来事。


 俺からすれば息も詰まるような攻防。


 そもそも、俺は一発でも当たれば大ダメージを負っちまうんだから当然だ。


 そんな緊張感の中、数十のノジャの打撃に対して、俺はインターバルの間もなくいくつものステップで回避し続けて……



「にひ♡」


「ッ!?」



 あっ、このままだと詰む……それが俺も先読みの中で感じ取ったとき……


『そこだ! いったん間合いの外に出ろ!』

「ッ!?」


 これまで、ノジャの尻尾を使っての風林火山とやらを発動させないためだけに、ずっとノジャの足元をチョロチョロしていた。

 その間合いの内側こそが生命線だった。

 しかしここに来て、逃げ場を無くした俺をあえて間合いの外に逃げるように指示。

 そんなことをすれば、ノジャの風林火山とやらが発動しちまう。


『そう、発動させよ! 逃げ場を無くし、これまで保っていた距離から仕方なく逃げる……そう、ノジャは思うはず!』

「……っそがぁ!」


 迷っている場合じゃねえ。俺はノジャから距離を取るように、ノジャの足元から離れる。

 その瞬間、ノジャの瞳がギラリと光る。



「その距離、もらったのじゃぁぁぁぁ!!!!」



 一定の距離さえ離れれば、ノジャは威力の高い尻尾攻撃で自爆することなく、心おきなく鞭のように振り回せる。

 それを待っていたとばかりにノジャが九つの尾を一つにまとめ上げ……



「侵略すること―――――」


『そこだ、童! ここは、『大魔螺旋』だ! バサラに使った『あっち』の技ではないぞ?』


「にはははは、さぁ、見せるのじゃ! これもおぬしの望んだ展開なのじゃろ? 何を出す? 何を―――」



 ノジャにも読まれている! 大丈夫なのか? いや、でも……やるしかねぇ!



「だい……ラガーン・ギガ・スパイラルッッ!!」

 

「……………は?」


『尾があがった! そして、硬直! 今だッ!』



 その瞬間、盛大に笑っていたノジャの顔が硬直した。


『自分の思いのまま、予想の通り、追いつめて、追いつめて、追いつめて、そして予想通りに追いつめた果てで、何が出るのかと身構えていた貴様でも、流石にこればかりは予想できなかっただろう……意識の外にあっただろう? ノジャ……ブレイクスルーに続いて、この技まであるとはな……』


 驚いたというよりは「そんな馬鹿な……」と目を疑っているかのように……



『とはいえ、何もない状態でこの技を発動して攻撃しても、驚きつつも貴様なら咄嗟に回避できるだろう……しかし……獲物を自分の思惑通りに追いつめたなら、最後の最後まで冷静であることが重要だというのに、貴様は追い詰めた先に童が何を見せるかを見たいがために興奮を抑えなかった……ある程度の予想外までは想定していたのだろうが……完全にこの技は意識の外にあっただろう? そして、貴様は知らない……風林火山の弱点を……』

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