第304話 謝罪

『風林火山の弱点……それは同時に複数の技が出来ないということ。風や火の技で尻尾を振り回しながら、林や山のディフェンスを同時にできぬ……つまり、ノジャの風林火山は攻防一体ができぬ。オフェンスとディフェンスはキッチリと切り替えねば発動できない……だからこそ、風や火の攻撃……特に一撃必殺の火の技は、掻い潜ることが出来れば――――』


 トレイナがほくそ笑みながら告げる言葉に、なるほどと思った。

 尻尾全部を頭上で一つにまとめて、巨大ハンマーのように振り下ろそうとしている。

 でも、そのおかげで今のノジャに自分を守る尻尾が一本もない。


「ばかな……ありえぬ……その技は……その力は!? おぬし、い、い、一体!?」


 さらに、大魔螺旋の発動によって、ノジャ自身が驚いて硬直してやがる。

 完璧な仕込み!


『そして今、奴が尻尾を全て頭上にあげていることで、普段は尻尾に覆い隠されているために、まったく攻撃を受けたことがない箇所が無防備! たとえ巨大な獣もモンスターもドラゴンでもダメージは免れぬ!』


 ノジャとて百戦錬磨。

 いくら尻尾を駆使しても、戦闘で強者と当たれば無傷ばかりとは限らねえ。

 だけど、そのノジャでも滅多に攻撃を食らわない箇所。

 そここそがノジャにとっては慣れていない、言ってみればノジャの弱点。


「いくぞぉぉぉお!! 俺が一体誰なのか、その身を穿って教えてやらぁぁぁ!!」


 ノジャが呆然としているこの数秒にかける!

 そして、トレイナ。一体、これをノジャのどこに叩き込む?

 眼か? 口か? それとも腹か? 相手は伝説の六覇だ。容赦しねえ。

 たとえその結果がどうなろうと……歴史がどうなろうと……今は全力で――――



『そこだ! グースステップでノジャの後ろを取れ!』


「おおっ!」



 硬直しているノジャの股の間をダッシュで潜り抜け、背後を取る。

 見上げたら、九本の尾を全て頭上にあげているため、完全に無防備。


『し……い、一点に叩き込んでやれッッ!!』

「おおおおおぉぉぉ!!」


 無防備なノジャ。背後も取った。防御も無い。千載一遇のチャンスだ。

 もう俺は考えていなかった。

 ただ、トレイナの指示に対して、考える間もなくそのまま動いた。

 大魔螺旋を掲げながら、俺は飛んだ。


「はっ!? ほへ? ちょ、き、貴様!? な、ま、まさか!?」


 ノジャからゾッとしたような声が聞こえた。

 どうやら、トレイナの言う通り、とんでもねえ弱点のようだな。

 ならば、容赦しねえ。

 俺は、トレイナに言われた通り、無防備な一点を目がけて大魔螺旋を……


「うおおお、貫けえええええ! うおおおおおお……お……おえ? え?」


 ……ゑ?


『と、止まるな、童! あと何も考えるな気付くなそのまま貫け!』

「い、いま……なんっ……」


 あれ? 俺、いま飛んで……この大魔螺旋をどこに叩き込もうとしているんだ?

 目の前には……ん? 普段は尻尾に隠れている……え? お、え? え?


『童ッ! 普段ふさふさの尾で覆われているあの箇所こそが、どの生物に対しても――――』


 いや、う、うん。わ、分かるよ?

 そりゃ~もう、俺だってもっとちっちゃいわんぱくの頃、ワルガキたちだけで千年殺し合戦みたいなのやってたよ? 

 うん、だから痛いよな? 痛いだろうな。

 でもさ、そこに大魔螺旋を叩きこむ? 

 想像しただけで俺自身が今、尻をキュッと思いっきり締めてしまったよ。

 え? つか、相手は六覇だろ? いいの? え? それ、アリなの?

 っていうかそれ以前にさ、ノジャって一応メスというか……女なんだよな?

 そうだよ! そもそもノジャは人間型の姿って確か、あの犯罪的な幼女みてーな姿だろ?

 つまり、俺があの幼女の尻に……


「ぐっ……や、ヤバ……」

『ば、童ッ!』


 俺はこの瞬間、勝利よりも嫌悪感の方が上回っちまった。

 反射的に俺は大魔螺旋を、狙っていた一点の寸前で止めちまっ――――



「おにーーーーちゃーーーーーんっ!!!!」


「え?」



 そのとき、彼方から空飛ぶ船が現れ……



「ほえ?」


 

 その船が、俺の具現化した大魔螺旋に後ろから激しく激突。

 それは結果的に、大魔螺旋を俺の意志とは関係なく、普段よりも更に何倍もの後押しをすることで威力を高めてしまう。

 まるで、釘にトンカチを叩きつけるかのように。



―――ずぼりゅんぬうううううう



 その力は、完全に無防備だったノジャの……を……背後から勢いよく……確かに貫いた。



「んごっぉ、ほぉ……ん、んほぉぉぉぉおああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」



「「「「「大将軍ッッッーーー!!!!????」」」」」



 俺が躊躇って叩きこむことが出来なかった箇所に、ピンポイントに、もう寸分の狂いもなく大魔螺旋が勢いよく……しかも回転している!



「んほおおああああ、んおあああああああ、んほああああああああああ!!!??? ほんぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!??」



 その衝撃的な瞬間に、離れた場所から見物していたアマゾネスたちも悲鳴のような声を上げる。

 そして、俺自身も悲鳴を上げてしまいそうになった。

 あまりにもエグかったから……


「は、かへ、あ、あひ、んごぉ、お、ん、あ、あひぃ……♡」


 次の瞬間、全身がピーンと伸びあがったノジャ。

 だがすぐにその身体は受け身を取ることも、その四肢で支えることもできず、痙攣しながら大地にズシーンと巨大な音を立てて突っ伏してしまった。


「あ、あ、あの……ご、ごめん……いや、わ、わざとじゃないんだ……」

『気にするな……死にはせん……相手は六覇だ……これぐらいのことをせねば、逆に貴様がやられていた』


 突っ伏すノジャの背後で俺も地面に腰抜かしてしまい、手が震えてしまった。

 相手は伝説の六覇。

 戦う相手として容赦の欠片も必要ない相手。

 しかし……これは……思わず俺が謝っちまった……


「おにーちゃーん!!」


 そして、同時に俺の傍らに落下した船から、涙を流しながらこっちにまっすぐ飛んでくる少女。

 俺は仮面をしているというのに、俺が誰なのかをちゃんと分かっているようだ。


「お、おお……え、エスピ」

「うわああああああああ、ばかああああああああああ!」

「お、おっと……」


 俺の胸に勢いよく飛び込むエスピ。

 そのままワンワンと泣きじゃくった。


「ばかばかばかばかーーー!」

「あ、いた、いたいいたい、いてーって」

「なんでおいてっちゃうの!」


 両足を俺の体にしがみ付かせながら、その両手で俺の胸を何度もポカポカ殴ってくる。

 どうやら相当怒っているようだ。


「えっと、エスピ、アレは俺の所為じゃなくて敵の魔法で……」

「おにーちゃん、強いんだからあんなのに引っかからないで! なんで引っかかっちゃうの! ばかぁ!」

「は、はは……わりぃ……あっ、民の人たちは?」

「すぐに安全な場所に逃がしたよー! すぐに飛んでいきたいのに、そうしないとって……うううう、バカぁ! なんでバケ狐と戦ってるの? 私がくるの少し遅くなってたら、おにーちゃんが……うううぅ……うわーーーんん!!」


 ちゃんと助けた人たちは安全な場所に送り届けてから……そこら辺の勇者として気持ちはありつつも、いなくなった俺が六覇と戦ってるわけだから、そりゃパニックになるか。

 もし俺が死んでいたら……


「ああ。心配かけてごめんな」

「う、ぅぅ……ぐしゅん……ひっぐ、うう……」

「でも……よく皆を逃がし……そして助けにきてくれたな。ありがとな、エスピ」

「……うん……ぐすっ……うぅ……」


 申し訳なさと、よくやったという気持ちを込めて、いーこいーこしてやった。

 そして……


「もう……およめしゃんになれな……しぇきにん……とれぇ……なのじゃぁ……」


 コレ……どうしよう……

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