第294話 当たり前

「「「七勇者のエスピいいいい!?」」」

「うん」

 

 ついにエスピの正体を知った皆の驚愕の声が甲板に響き渡った。

 

「す、すげー、でもあんなに強ければ納得……」

「本物の七勇者なんて初めて見た」

「まさか、人類が誇る英雄がこんな所に……」

「こんな小さな子供が……」

「しかし、何で? お忍びで?」

 

 名前だけはやはり全世界共通なほど有名なんだな。

 そりゃ、普段は出会うこともないはずの七勇者が、実は同じ船に乗っていたとか、そりゃビビるよな。

 

「あの子が……七勇者だったなんて……」

 

 そして、これまでエスピを見下していたスレイヤも唖然としている。

 

「そうだよ? びびったでしょ?」

「べ、べつにビビってなんかないさ……」

「でも、これで私の方が君より強いって分かったでしょ? お兄ちゃんは私の方が強いっておもってくれるもん」

「む、むむ……」

 

 ドヤ顔で挑発的なことを言うエスピに、少しムッとした様子のスレイヤ。

 まったくこいつらは……

 

「さて、それはさておき……」


 そう、問題はあの襲われている港町……そして……


「ちぃ……人間どもォ……まさか、七勇者のエスピがいるなんてねぇ……」


 まるで生け捕りにした魚のように網に入れられて両手足も縛られているハーピーたち。

 エスピにやられて気を失った後、とりあえず暴れられないように皆で捕縛した。


「私たちを……どうする気?」

「殺すなら殺せぇ!」

「私らは男を犯すのは好きだが、犯されるのは我慢ならないんだよ!」

「もし私らを犯そうとしてみな? 意地でもあんたらのものを噛み千切ってやるよ!」


 そして捕えられながらも強気な態度を崩さない他のハーピーたち。

 ここら辺は流石に軍人ってところか。


「うるさいなぁ、またぶっとばすよ?」

「あ、ああん? うっ……このガキ……」

「それで、お兄ちゃんどうする?」


 未だに吼えるハーピーたちだが、エスピが近寄って掌を向けるだけで顔を青ざめさせる。

 なるほど。強気な態度を見せても、力の差が体にも心にも刻み込まれているってわけか。

 

「ん? ん~、そうだな……」


 そして、俺は俺でとくに考えてなかったりする。

 つか、本当にこれからどうしろと……


『童……とりあえず、交戦を避けるのならこのまま港を離れることだな……』

『だよ……な……』


 あの港町で襲われている人たちを助けに行く。それはつまり魔王軍と戦うということだ。

 今の小競り合いではすまない。

 街一帯を襲っている軍を相手にするってことは……俺が……トレイナの魔王軍と戦うってことに……


「お兄ちゃん? ん~……とりあえず、必要なことはこいつらに聞いておくね?」

「え? エスピ?」

「ねえ、あの街を襲ってるのはどれぐらいなの? 何人ぐらい? 千ぐらい?」


 と、俺が戸惑って言葉に詰まっている間にエスピが俺の返答待たずにハーピーたちに問いかけた。


「あ、ああ? 何を……テメエ、あたいに何を聞いてんだい?」

「あの街を襲ってる魔王軍の数。街の人たち助ける前に聞いておこーと思って」

「ざ、ざけんな! たとえ殺されたって言うかい! 人間なんぞに仲間ぁ売らねーんだよ!」


 エスピは普通にハーピーの隊長から情報を聞き出そうとした。

 捕虜から情報を得る。確かにそれは必要なことだ。

 ここら辺は、エスピも軍人だから当たり前の行為なんだろう。

 だが、問題はそこじゃない。


「エスピ……お前……」

「お兄ちゃんは作戦考えてね。私も一緒に考えるけど」

「ッ!?」

「街の人たち、生きてる人がいたら助けないとね」

 

 そう、俺は現在、あの街に行って魔王軍と関わるべきか、それともこのまま避けるかの二択に迷っていた。

 でも、エスピは違った。

 エスピは最初から俺が港町の人たちを助けに行くと思っていたようだ。


「な、なあ、あんたら……そのエスピさ……様も……」

「ん~? なに?」

「その……あの街を助けにってことは……その……」

「うん。でも、この船の人たちを危ない目に合わせられないから、お兄ちゃんとどういう作戦にするか考える」


 当然、あの街に行くということはこの船に乗ってる人たちも危険な目に合わせる可能性がある。

 だからこそエスピは、それを考慮したうえで、あの街を助けに行くという方向性で俺が動くと思って……


「エスピ……お前はいいのか?」

「え? なにが?」

「だから……その、あの街に行って、街の人たちを助けるってことは……お前もまた魔王軍と戦うってことになるんだぞ?」

「嫌だけど、お兄ちゃんだけ戦うのやだ。私は強いし、お兄ちゃんの役に立つもん! だから、私も一緒に行くの!」


 いや、そうじゃない……だから……お前は何で当たり前のように、俺が魔王軍と戦ってまで街の人を助けに行くと……


「お兄ちゃんは助けるんでしょ? 街の人を? 分かってるもん」


 違う。俺は見捨てることも選択肢に入れていた。

 過去に干渉しすぎるどころか、この時代の魔王軍と戦うってことは、間接的にこの時代のトレイナと戦うってことだ。

 それが嫌だったんだ。

 だから俺は迷っていた。

 それなのに、何でエスピはそんな迷いなく、俺が助けに行くと……信じ切って……


「お兄ちゃんは、私の勇者だもん! そして、ヒイロを超える勇者になるんだもん!」

「ッ!? ……あ……」

「……お兄ちゃん?」


 笑顔でそう言われた瞬間、俺は恥ずかしくて頭を思いっきり地面に叩きつけたくなっちまった。

 そうだよ……俺が自分で誓った野望……ついこの間も口にしたってのに、こういう状況で忘れてどーすんだって話だよな。


「ああ、その通りだとも」

「ん!」


 こういう状況で、言い訳ばかり並べて事なかれ主義で行こうとする奴が、勇者ヒイロを超えるなんて笑わせるなって。



「なぁ、あんたらも聞いてくれ。あの街の状況を見て、このまま見捨てて逃げるってのはやはりできねえ。だからって、あんたたちにまで戦えとも言わねえし、危険な目に合わせるつもりもねぇ。だから、少しだけ時間をくれ。必ず何か考えてみせるから、もう少しだけ!」


「で、でもよ……」


「頼む。少しでいいんだ!」



 俺が船員や乗客に向けて頼むが、やはり皆が嫌そうな顔をしている。

 まぁ、そりゃそうだろうな。

 でも、今は何とか我慢してもらうしかねえ。

 そして時間もない。

 この状況下ですぐに、全てをどうにかできる作戦を……



『童』


『ッ!?』


『一つだけ……ちょっと力技で、エスピにだいぶ頑張ってもらうことになるが……魔王軍と交戦せず、皆をそこまで危険に晒さず、その上でまだ生きている者が居たとしたら、それを助ける方法……無くはないぞ? まぁ、状況によっては多少の露払いは避けられぬかもしれぬが……』


『ほんとか!?』


『ああ。ハーピー部隊を先に全滅させられたのが、逆に幸いだった』



 と、ここに来てこの状況下でこう言ってくれるトレイナは流石だ。そして頼もしい。

 それは一体……


「へ……へへへ、テメエらは何も分かってねぇな~」

 

 するとその時だった。

 ハーピーの隊長が俺らを嘲笑った。


「なに?」

「七勇者エスピがなんだい……あの街にはな……まだ若くて名がそこまで知れ渡ってはいないが……いずれ、ノジャ大将軍と同じ六覇の一角に切り込めるかもしれねぇ天才がいるってのに……」


 え? そうなの? なんかサラリとスゲーこと言ってるけど、六覇になれるかもしれない天才?

 いや、でも六覇は親父たちの時代は全部固定だったし……


「そいつは人間に心底憎しみを抱いている……復讐心の塊……だから容赦なんかしねえ。テメエら殺されるぞ? いや、ただ殺されるだけじゃねえ。地獄の苦しみを味わうことになるぜぇ?」


 そう言って捕まってるくせに大笑いしているハーピーの隊長。

 船員や乗客は余計に怯えた表情になり、エスピも少し興味深そうにしている。

 そして、俺は隣にいるトレイナをチラッと見ると……



「せーぜい、苦しめ! ノジャ軍の超新星……『漆黒魔女・ラルウァイフ』の手でなぁ!」


『うむ、名前だけなら聞いたことあるな……チラッとだが……確か期待の新人と言われていたが、エスピに敗れて生死不明……まぁ、自然と戦死扱いになった……『ダークエルフ』だったな』 



 エスピぃ、お前活躍しすぎだろ。まぁ、七勇者だから当たり前か。

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