第295話 幕間(漆黒の魔女)

 連合軍の守備隊は壊滅し……兵は一人残らず皆殺しにしてやった……後は……

 

「大将軍へ土産の男たちもさっき馬車で送っといた」

「へへへ、あの頭がツルツルした連合の将は死んだのか?」

「いや、あいつだけは生け捕りにして大将軍へ」

「あいつぁ~、結構名の知れた奴だからよぉ、ひょっとしたら私ら褒美をもらえるかもしれねーぜ?」

「けけけ、楽しみだぜ」


 戦(いくさ)……いや、違う……これは小生にとっては復讐の一環。

 そして復讐はまだまだこれからだ。

 

「これも全て……期待のルーキーでもある、漆黒の魔女・ラルウァイフのおかげだぜぇ!」


 しかし、どれだけ人間を殺しても、街を燃やしても、阿鼻叫喚の地獄絵図を見ても虚しいものだ。

 心が晴れない。

 同志たちから称賛の声を浴びても、魔界で称えられても、勲章をもらっても……今の小生には無価値。


「どうよ、景気づけにハメを外さね?」

「あんたもさ~、若いんだから女としての性欲は発散しねーとよ~。あんた今までこういうお楽しみしてね~だろ?」

「そうそう。上玉の男はもう送っちまったがよぉ、そこそこの男はここに残してる。一緒に楽しまね?」


 そんな小生の気持ちも知らずに、先輩方は馴れ馴れしく小生に触れてくる。

 卑猥な方々ばかりゆえ、小生には苦手だ。



「ダークエルフってなぁ、ほんっと男好きな体してるぜ。このイケてる顔に、凛とした目……同じ女でも見惚れる美髪っての? むっちり肉付きのあるこの乳尻太ももとかよ~、羨ましいぜ♪ これで処女とか勿体ね」


「小生はそのようなことに興味ありませぬ。何よりも人間と交わるなど腹を切って死んだ方がマシであります」


「う~わ、かったいね~。そういや、あんたはあのマフィアの『イナイ』が回してくれる奴隷を買ってねーみてーだし、パリピ様が企画されるパーティーやイベントでも遊んでないみてーだし、何が楽しいんだか……まっ、死んだ幼馴染に操を立ててるんだろうけど~」


「……あ゛?」



 この女は何を申された? 幼馴染? 小生の、誰にも穢されてはならぬ過去に無自覚に触れたのか?


「ば、ばっか、お前! それは触れちゃいけねーって!?」

「あ、や、やっべ! わ、わりーな、ラルウァイフ!」


 まったく……あと数秒謝罪が遅ければこの女たちも始末していたところだ。


「いえ……別に……」


 やはり、アマゾネス部隊の配属は断るべきだった。

 人間たちに容赦ない蹂躙や虐殺が出来ると思っていたが、欲求不満で性欲丸出しの女たちばかりで、味方からもイライラさせられる。

 しかし、それももう少しの辛抱。



「そ、そっか。いや~、ほんとワリ! ほら、私らぁ、恋だの愛だのそういったもんはもうとっくの昔に忘れちまったからよぉ、幼馴染の恋人とかの感覚もわかんねーんだよ」


「……別に恋人ではありません……全然そんな……幼いころ……一回遊んでもらっただけです」


「……え? それだけ? ん? 遊ぶって、えっちい意味?」


「あ゛?」


「わ、わりーわりーっ!」


「ふぅ……違います。普通に遊んでもらっただけです……それだけで……あの方はそのことを……小生のことすら覚えていないでしょう。しかし、小生はそのたった一度で……っと、な、何でもありませぬ」



 っと、小生としたことが……触れられたくない過去をどうして自分からベラベラと……ましてやこんな連中に。

 案の定、皆が小生に対してニヤニヤと……


「はいはい、わーったよ。んじゃ、男を犯すのに参加しねーってことだけど……それじゃぁ、この先……って、そっか……あんたそういや、ヤミディレ様のとこに転籍願いだしてんだっけ?」

「ええ、一応ヤミディレ様にも直接お会いして了承をいただいております。ノジャ大将軍は少し渋られましたが……」


 そう、このイライラももう少しの辛抱。


「今回の遠征が終われば、小生は転籍します」


 この方々とも今回で最後。

 これからは、ヤミディレ様の軍に所属し、純粋に容赦なく暴れてくれましょうぞ。


「んじゃ、今はどうする?」

「愚問であります」


 とはいえ、それでも今もイライラが溜まっているのは事実。

 そんな今のイライラを晴らす方法は一つ。


「あの、主人は……主人はどこに?」

「おとーさん、おとーさん!」

「わ、ワシの息子はどうなるのです?」

「私の彼を返して!」

「父ちゃん……え~ん、父ちゃ~ん……」


 次々と街の中央に集められていく住民たち。

 全員に抵抗の意志はなく、恐怖に怯え、そして愛する男や家族への不安が滲み出ている。

 そう……苦しめ……小生もその気持ちをよく分かる……だからこそ、貴様ら人間も味わうが良い。


「こやつら全員殺す役目を小生に。それで充分です」

「あははははははは、それが褒美かい! いや~、コエーコエー!」


 待っていてくだされ。小生が生涯で唯一愛した男よ。


 心優しき貴方には、今の小生がどれだけ醜く映るだろうか? 幻滅するだろうか? とはいえ、ただの片思い。ずっと見ているだけで声をかけるのも怯えていた小生のことなど、貴方は覚えてすらいないかもしれぬ。

 しかし、貴方様が戦場で生死不明……そしてそのまま戦死扱い……その報を受けた小生の悲しみ、そして怒りは紛れもなく本物だ。

 貴方が望まなくとも、小生が許せぬ。


「ひ、ひぃ、た、たすけ……」

「や、やだ、おとーさん! おとーさん、たすけて!」

「しにたくない、いや、死にたくない! お願いします! お願いします! 助けて!」


 この世の全ての人間を絶滅させてくれる。

 だから、待っていてくだされ。

 冥土を人間たちの骸で溢れかえらせてみせましょうぞ。


「さぁ、死—―――――」


 だが、その時だった。


「え? わわ……え?」

「なに!? え、体がひっぱら、れ、え、う、浮いて……」

「なんで!?」

「え!?」


 ……目の前の捕虜たちが一斉に……?!


「んな?! ちょっ、どういうことだ?! 捕虜たちが……う、浮いてる!?」

「なんだ、次々と人間たちが……」

「おい、どうなって?!」


 何が……ッ!? 取り押さえていた人間たちが次々と宙に浮かび……なっ!?


「おい、空を見ろ!」

「な、なな、なんだありゃ!?」

「こ、これは……」


 これは夢を見ているのか? それとも幻か?

 空を……巨大な船が……



「「「「「巨大な船が空を飛んでるッッ!!??」」」」」



 バカな……ドラゴンやハーピーやグリフォンなどではなく、船が空を飛行している?

 これは一体……そして人間たちが次々と船へと……



「ふわふわ大回収……ううん! ふわふわフィッシング!!」


「くははははは、まさか航海中の釣り修行がこんなところで役に立つとはな! 俺のレーダーで人間と魔族を判別したうえで、街中の生存している人間、そして位置を感知し……」


「私が次々と回収……ううん、釣っちゃうの! そして、街の真ん中にいっぱい集まってたみたいだからラクショー!」


「大漁大漁! とりあえず、船に乗せられなくなったら……向こうの山とかまで飛ばせるか? あの周囲には魔王軍もいねえ。安全に回収できる!」


「もちろんだよ! これが私とお兄ちゃん、力を合わせた必殺技!」



 アレは? 人間? 魔法? 能力? 



「「マジカルふわふわフィッシング!!」」



 いずれにせよ、あの船には相当の手練れの人間がいる!

 いや、それ以前に見張りのハーピーたちはどうした?

 海上を見張っているはずの、ショジョヴィーチ隊長は? 

 海の上を……ましてや、あんな空を飛んでいるものに我々に報告にも来てないとなると……


「ちぃ……やられたか……役立たずな鳥たちが……」


 連合軍の援軍か?


 まぁ、よい。


 どちらにせよ、全ての人類を皆殺しにするまで小生は止まらぬ!!

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