第251話 資金調達2

 ハッキリ言って、幼いころからよく知っている七勇者。幼馴染の親父だ。

 当然、御前試合で俺がやらかしたこととかも知っているだろう。

 見つかったら取っ捕まって、強制送還だってありえる。

 親父と母さんの耳にも入るだろうし、正直会いたくねえ。

 さらに……



『……童……』


「うん……」


『大魔導士と共に行動しているという話の六覇だが……余が認めた将であり、才もあり、有能であり、力もあり……人類にも恐れられていて……』


「まぁ、俺も名前だけは聞いたことあるけど……やっぱスゲーのか?」


『うむ。まぁ、六覇の称号に相応しい者でもあった……が、しかし……その、なんというか……今の童の教育にはあまりよろしくないと思うのだ』



 俺たちの目的地でもある遺跡に合同調査ということで、ベンおじさんと一緒に行動しているという六覇の一人。

 トレイナのかつての部下であるものの、何だか物凄い渋い顔をしている。


「つか、ヤミディレといい、パリピといい、もっとマシな六覇はいないのか!?」

『余からすれば、七勇者も同じようなものだぞ!?』


 ただでさえ、最近は六覇との連闘だったり、親父と母さんと遭遇したりで、伝説の戦士たちはお腹いっぱいなんだ。

 会えば必ず穏やかじゃないことになる展開が容易に想像できるだけに、俺もトレイナも躊躇った。

 そして、改めて考える。

 今回の目的地である旧魔導都市シソノータミ。

 その地下に眠ると言われている太古の遺跡の存在が、トレイナは気になっているとのこと。

 しかし、今は魔界新政府と帝国関係者が調査中。

 なら、ひょっとしたら連中が調査している間は立ち入りできないんじゃ?


『うーむ……童……そういえば、例のマスターキーについてだが、パリピは受け取り方法について連絡すると言っていたが、まだ無いな。こちらから魔水晶で……』

「いや、こっちから連絡したくねえ……なんとなくだけど……あいつのことだから、こっちから連絡すると、なんか信用してると思われるかもしれねえし、嫌だ……」

『まぁ、うむ……確かに現状を考えると……そんなに急ぐ必要もなぁ……』


 そう、トレイナは遺跡を気になってはいるものの、別にそれは急いでいるわけではない。



『特に、遺跡最深部はマスターキーが無いのであれば奴らも遺跡の奥底までは調査できぬだろうし……なんならいっそ……』


「ああ、邪魔が帰ってからの方が……」


『うむ……不要不急の用事でリスクを冒す必要はないからな』



 そう、無理に行って、連中と遭遇するリスクを冒すよりは、連中が帰って何もかもが落ち着いた後でジックリゆっくりノンビリとした方が?



 ならば―――――






 「おーい、兄ちゃん! そっちの餌の入った箱を一個ずつ持ってきてくれ! あと網もだ!」



 今は急いで行かなくていいやという結論になった。

 そういうわけで、俺たちは到着した港町に少し滞在することにした。



「あいよーっ!」


「おい、ガキが無理して運ぶな! 一つずつ……って、うおっ!? マジか! 一箱だけでも重たいのに、六箱まとめて持ち上げやがった!?」


「船長~、これは船に乗っけとけばいいんすか?」


「あ、お、おうよ! ご苦労さんッ! あっ、おいそこの仕分けの終わった箱も向こうに運んでくれや!」


「うーす」


「あっ、それは乱暴にいっぺんに運ぶんじゃねえ! 売りもんなんだから、一箱ずつ丁寧に運べ! 落とすんじゃねえぞ!」


「え~、めんどく……あ~、了解すっ!」


「おい、それが終わったら向こうから氷を持ってきてくれや!」


「はいはい」



 辿り着いた異国の地。帝国から東の異大陸。

 ディパーチャ帝国から船に乗って数日で辿り着いたのは『アボソア大陸』。

 シノブの故郷でもあるジャポーネ王国など、帝国とはまた違う文化形成から発達した大きな大陸。俺も上陸するのは初めてだったりする。

 そして、船が到着したのは賑やかで巨大な漁港のある、『ゲンカーン港町』。

 大小無数の漁船が停泊して、陸に上がれば目の前には巨大な魚市場が広がって、誰もが慌ただしく動いている。

 俺が出発した穏やかな港町とは全然違う。

 そこで俺は金もあんまり持ってなかったし、その上でこれから生活するためにも、さらには帝国と魔界の調査団が帰るまで過ごすためにも……


『おい、向こうで船長が呼んでるぞ。荷揚げを手伝って欲しいとのことだ』

「おう」


 船乗りのおっさんたちの口利きで、俺は漁港で仕事をさせてもらっていた。

 今まで着ていたアカデミーの制服を一旦脱いで、頭に手ぬぐい巻いて、力のいる荷運び荷揚げの労働で漁港を走り回っていた。



「ふぅ……魚なんていつも何も考えずに食ってたけど、けっこ~大変なんだなぁ。カクレテールで筋トレやってなけりゃ、それなりに疲れてたな」


『まぁ、漁師というのは重労働だからな』


「たしかに皆いい筋肉してんな。カクレテールの漁師のおっさんたちもそうだったし」


『ああ。しかも漁師は朝が早い。精神的にも肉体的にも強靭さが求められる』


「しかも、俺がやってるのは雑用だけとはいえ、一日働いてもらえる金が……俺が家でもらってた小遣いとくらべると……」


『貴様、それは絶対に人前では口にするな。雰囲気を悪くするぞ』


「だってよぉ……一日の報酬貰っても、メシ代と……あと滞在する宿代で消えて……あと、余計な本を買ったりしたら……」


『うなっ?! ほ、本は余計ではないぞ! 本は知識の源であり、取り入れて不要なものなどないぞ! だいたい、それを言うなら貴様がもっと安い宿屋に泊まればよかったのだ!』


「だって、最初に見たあの宿屋はボロっちいし、ベッド固いし、部屋にカサカサと黒い虫が出るし……それに比べてカクレテールの教会はいつも綺麗だったからな~……」


『貴様、アカとの出会いで身に付けようとしたサバイバル精神をどこへやった?!』


「あ~あ……本来ならハンター登録でもして、強力なモンスターなり賞金首倒してガッポガッポなのに……」


『仕方あるまい。ハンター登録できないのだから』


「まーな。ホンイーボの街で、身分証明書を持ってなくてハンター登録できなかったのスッカリ忘れてたぜ……」



 最初は漁港のおっさんたちも「こんな小僧に大丈夫か?」みたいな感じだったが、トレイナのトレーニングを受けた今の俺は単純な作業だけなら特に問題なくこなせた。

 不満があるとすれば、一日働いても雑用の仕事しかしてない俺が貰える駄賃はそれほどでもないということだった。

 ただ、不満と言いつつも……



「おーーーい、兄ちゃんッ! さっさと来いッ!」


『ん? おい、あっちでまた呼ばれてるぞ?』


「お、おお、あっぶね。話を聞かねーとガミガミウルセエからなぁ、あのおっさんたち……あいよー、なんすか?」


「おら、今日はもうあがっていいぞ。ご苦労さん」


「あっ……」



 労働で荒れてゴツゴツした手で、汚れてベタついた袋を俺に渡してくるおっさん。

 それは一日の労働の対価であり、受け取った瞬間、金額そのものは大したことないはずなのに、その袋にズッシリと重みを感じ、同時に俺は何だか心が満たされるような感じがした。



「兄ちゃん、メシはどーすんだ?」


「ん? いや、あとでレストランにでもと……」


「じゃあ、俺らと一緒に来な! おごってやっからよ!」


「え、いいんすか!?」


「ガハハハハ、お前さんこの二日間よく働いてくれたからな! 帝国のモンだって聞いたからどんなヒョロイ奴かと心配したが、気に入った! 明日も働くなら歓迎すんぞ!」



 汚い手で頭をクシャクシャされる。なのに悪い気分は無かった。


「ったく…………へへ……」


 そう。俺は自分で働いて金を稼ぐのは初めてだったからだ。


『おい、無駄遣いはするでないぞ? これからの旅にも金は必要になる。貯蓄はあった方が良い』

「おお、わーってるよ。三カ月前にシノブとの戦碁でもらった金も、ここまでくる船代で消えちまったしな……」


 自分で働いて金を得る。自分で稼いだ金で生活する。こういうの、『ちょっと大人になった』っていう気がして、何だか気分が良かった。



『それによくよく考えたら、貴様は旅をするにはこれまで手ぶらだったのも問題だ。ここらで旅に必須な『アイテム』なども道具屋で購入した方が良いだろうな』


「くはははは、確かにそうだな。そういうの、ホンイーボとかカンティーダンとかでやらなくちゃいけないことだったのにな!」


『漁師たちとの食事が終われば、この街の道具屋に行くぞ。どんなものがあるか見てみて、余が見繕ってやろう』


「へへ、冒険者やハンターではないけど……旅の準備か。それも面白そうだ」



 そして、自分の所持金を気にしながらも、これからの必要なものを、自分で稼いだ金で揃えていくというのも、何だかワクワクした。


  家出する前までは、毎月決まってお小遣い貰ってたから金に困らなかった。欲しいものはたいてい買えた。


 家出してからも山で少しだけサバイバルしたが、アカさんと出会い、温かい食事と寝床をタダで与えてもらった。


 そこから次の街への移動の間は野宿をしたが、食事に関しては陰からコッソリと俺を追跡していたシノブが、定期的にライスボールをくれた。


 そのあとはカンティーダンで乱闘し、そのままヤミディレに攫われて、カクレテールでは、毎日教会で朝昼晩と三食メシが何もしなくても出てきた。


 だから、こういうのは初めてだった。


 ……そうだ……つまり……



「なんか、今さらだが……旅が始まったって気がするぜ」


『ふふん、本当に今さらだな』



 そう、俺たちの旅はこれからだ!

 そんな爽やかな気分を……



『ヒハハハハハハハ~、お~い、ボス~! もすもーす♪ ボスの頼れる右腕でもあるオレだよオレ~!』



 ……そんな爽やかな気分を、俺の懐に念のため忍ばせていた魔水晶から聞こえてきた声が台無しにしやがった。


『…………童……』

「……無視しよう……」


 聞こえない。俺は何も聞こえなかったことに……


『んん~? 聞こえてるでしょ~? ヒハハハハ、聞こえてないフリ? 反応してくれるまでオレは喋ってるよ~?』


 くそ、爽やかに汗水垂らして労働を終えたってのに!



『ねーってば、今はどこなの~? まっ、ブロ君と待ち合わせをさせた港からだと……定期船の行き先は……ゲンカーン港町辺りかな?』



 そして、なぜ分かる。つか、だから六覇はお腹いっぱいなんだよ!

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