第250話 お腹いっぱい

 新たな修行のテーマが魔法の力というのは、正直予想していなかったこともあって驚いたが、同時にワクワクもした。


「へぇ……魔法か~」


 これまでトレイナとのトレーニングで色々な技を会得し、そして開発してきた。

 拳闘術。ブレイクスルー。大魔螺旋。マジカルフットワーク。魔呼吸。アース・ミスディレクション・シャッフル。

 ただ、それは技ではあるが、技術みたいなもんだった。

 ガキの頃は魔法剣士を目指していたが、魔法使いというものにまったく憧れていなかったわけでもない。

 それこそ誰だって一度ぐらいは「皆が驚く大魔法を」みたいな野望を抱いたりするもんだ。

 そんな俺に対して、あの大魔王トレイナが魔法を教えてくれるというのだ。

 ワクワクしないはずがない。

 もし、すげー魔法を覚えたら……


――え? 信じられないって……俺の魔法が弱すぎて信じられないってことだよなぁ?


 表面クールで、心の中でどやぁ!


――これが……メガ級を超えたギガ級を……さらにもう一つ越えたテラ級だ!


 こういうのとか、そういうことができるってことだ!


『いや……そういうことをさせる魔法を教えるのではないぞ?』

「ッ!? え、違うの!?」 


 俺の密かな企みを、トレイナは呆れたように否定した。



『なぜなら……今の貴様は魔呼吸で魔法の連射はできるようになったが、今の貴様の魔力容量では……テラ級は『まだ』使えんしな』


「……あっ……」


『一応余もカクレテールで貴様にギガ級の魔法を教えようかとも思ったが、威力やこれまでの経験からも、ギガ級規模の力なら大魔螺旋を磨いた方が良いしな』


「………………」


『仮にギガ級を習得しても、今の貴様の感覚では『発動できても持て余す』ので、順序を経てからとしようと考えている』


 

 単純に俺の魔力が足りなかったり、今の俺の感覚では持て余すという、ちょっと意味深な言葉をトレイナは告げた。

 テラ級は無理でも、ギガ級なら今の俺でも発動はできる? でも、必要な感覚が無いっていうのは……



『まあしかし、貴様の妄想も気持ちが分からんでもないぞ? 余とて、かつてヒイロたち七勇者と初対決したときなど、奴らは余の魔法に度肝を抜かれて腰を抜かしおったからなぁ。そんな奴らに、『今のはただのビット級だ』みたいなことを言ってやり、奴らが顔面蒼白したときは快感だった』


「……そ、そんなにあんた、桁外れだったのか……」


『今度、夢の世界でスパーリングした時に余の魔法を見せてやろう』


「いや、それは、出会って最初の頃の方にいっぱい見せてもらったし!?」


『あの時と今ではまた違う。貴様は余の助力ありとはいえ、六覇を退けるほど強くなった。今の貴様なら……いや、今の貴様だからこそ、余の魔法の凄さがより具体的に分かるかもしれんしなぁ』



 言われてみて、確かに出会った頃の俺はトレイナとの実力差があり過ぎて「よく分かんねーけどすごい」としか言えなかった。

 でも、多少なりとも強くなった今の俺なら、トレイナのことを「どれぐらいすごい」かも分かるかもしれねーってことか。

 何だか遠回しで褒められているような気がして、ちょっと照れ臭かった。


『そして……魔法に対する感覚の向上で、もっとより深く理解できるようになる……』

「ぬっ、むぅ……」


 トレイナをもっと深く理解できるようなトレーニングとも言えるわけか。

 なるほどな。

 ちょっと面白そうだなと思い、俺も笑った。

 それに……


『それに……せっかく次の目的地は……かつて地上の魔道の聖地とも呼ばれた、シソノータミの跡地……だしな』

「あ……」


 あんまり俺から細かいことを聞こうとはしなかったけど、こいつの方から言ってきた。

 かつてトレイナが自らの手で滅ぼした都市。サディスの故郷。サディスが全てを失った地。

 でも、戦争で起こった時のことを、俺がとやかく言う資格もないし、そんなんでこいつと気まずくなりたくもないから話題を逸らしていたんだけどな……


「あ~、そういや……その土地の地下深くにある遺跡……だっけ? あんたが見たいのは」

『うむ。奥深くに果て無く続いた遺跡……最深部は余すらも入ることができなかったが……パリピがそこへと通ずる鍵を提供するとのことだしな……』

「…………何があるんだ?」

『分からん。それが気になるから見てみたい……それだけだ。ちょっと気になることもあるしな』

「気になること?」

『パリピもヤミディレも、余の死後は多少なりとも遺跡に足を踏み入れていたようだしな……余がかつて封印したものが……どうなっているかもな』


 どうしよう……自分から話題を振ってきてるんだし、深く聞いてもいいんだろうか……っていうか、そうやって俺が思った時点で……


『かまわんぞ』

「あっ……」


 筒抜けなわけで……


『聞いて構わん。どのみちこれから余が見るもの聞くもの全ては貴様と一緒なわけだからな』


 そう言って、トレイナは何でも聞けという様子で笑った。



「おーい、そこの兄ちゃん、何か釣れたかい?」


「つぉ……」



 と、話の最中だったが、ここは船の上だ。当然、他にも人が居る。

 朝からずっと片足立ちで釣りをして目立っていた俺に、釣り竿を貸してくれた巨漢の船乗りのおっさんたちが笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「あ、いや……釣れてねえっす……」


 これはあくまで修行の一環であり、釣れるか釣れないかは二の次である……みたいな言い訳しようにも、普通にガチで釣れなかったこともあったので、俺は素直に答えた。

 

「だはははは、朝からやってボウズは情けねーな~」

「ひょっとして、釣りは初めてか? よし、おっちゃんが教えてやろうか?」

「ほれ、竿を貸してみな」


 馴れ馴れしく俺の頭をポンポン叩いてくる船乗りのおっさんたち。正直、修行の最中なので放っておいて欲しいんだけど……だからって悪い態度を取るのも気が引けるし、とりあえず相槌して愛想笑いした。


『ぬぅ……余が童と話しているというのに邪魔をしおって……』


 トレイナもトレーニング邪魔されたと思ったのか、何だかむくれて拗ねた表情。

 ったく、この魔王はスゲーのに、たまに子供っぽい所があるというか……



「でよぉ、兄ちゃんは一人か? 若ぇのに一人で船旅とは逞しいじゃねえか」


「ん、あ、まあ、そうすか?」


「旅行かい? どこに行くんでい?」



 話の流れで聞かれた目的地。まぁ、別に隠すことでもないだろうから素直に……



「旧魔導都市……シソノータミってのに行ってみようと思ってな」


「「「ッッ!?」」」



 俺の言葉に船乗りのおっさんたちはちょっと反応を見せる。まぁ、シソノータミの名前自体は有名だしな。

 いや、それとも怪しまれたか?

 よくよく考えれば、既に十数年前に滅んだような土地に、俺みたいなガキが……


「あそこって今……」

「おお、だよな……」


 と、俺の言葉に対して何か気になることがあったようで、船乗りのおっさんたちが頷き合った。

 一体、何が?


「帝国のお偉いさんが、魔族のお偉いさんと合同調査のために訪問してるって話だ」

「……なに?」

「数日前に、そのお偉いさんが船でこの航路を通るから、遮ったりしないように気を付けろって勧告があったしな」

「そ、そうなのか……?」


 そんなイベントがあったなんて知らなかった。まぁ、この三か月間は外界と隔離されてたから俺も情報に少し疎くなっているんだけども……


「ああ、結構大きな話だったぜ? 今この船が通ってる航路を、帝国艦隊に護衛されて通ってたんだからな」

 

 しかも艦隊って……まぁ、相手が魔族のお偉いさんなら、昔のことを根に持ったどっかの輩が襲い掛かるとも分からんしな。

 つか、親父と母さんはその仕事をサボってたわけか……クビかな? 俺の所為なんだけど……



「それに、あの時は帝国側の責任者様が世界の誰もが知る英雄様だったもんな!」


「そう。なんてったって、あの七勇者の一人! 『大魔導士・ベンリナーフ』様なんだから、そりゃ大ごとさ!」



 ……ん?



「ぶぼっ!?」


『ぬぬ……』



 その、あまりにも聞いたことあり過ぎるというか、昔はよく会っていた名前に俺は思わず噴き出した。

 トレイナも眉を顰めた。


「お? 流石に兄ちゃんも知ってるかい?」

「兄ちゃんは戦争の後の生まれかい? まっ、それでも七勇者ぐらいは知ってるか」

「俺らの若いころは、そりゃーもう、ヒーローそのものだったからよ~」


 このおっさんたちに、俺を産んだ両親もそうなんだと言ったら驚くだろうな……つか、信じねえだろうな。

 そして、その大魔導士、俺の幼馴染の親父さんなんだけどな……


「へぇ、そうか……あの七勇者様が護衛で……」

「ああ。あの七勇者が数日前に通った航路を俺らも通るとか、よくよく考えると何だか嬉しいぜ!」


 そう言って、嬉しそうに指で鼻の下を擦るおっさんたち。

 しかし、まさかそんなことになってたとはな。

 まぁ、皇帝陛下みたいに会うと無駄に緊張したり、リヴァルの父ちゃんみたいに堅物じゃなくて、いつもニコニコした優しい兄ちゃんみたいな感じであの人は嫌いじゃないけど、最近は全然会ってね~からな~……つか、もし遭遇したらまずいんじゃねぇのか?


「あ~、つか、数日前にそんなことがあったんだな。とりあえず、問題はなかったんすか?」

「まぁな。つか、誰も襲うわけもねーし、トラブルなんて起こしたくねーもんさ。命がいくつあっても足りねえしな」

「はは、そりゃそうか」

「おうよ。なんせ大魔導士様だけじゃなく、そもそも護衛されてた魔族のお偉いさんが……」


 苦笑する俺と、それに頷くおっさん。

 しかし、そんなおっさんの口から続いて……



「なんせあの……六覇の『幼女闘将』だってんだからよ~」


『うなっ!?』


「ぼふっ?!」


 

 俺も再び噴き出すほど驚いたが、トレイナに至ってはもっとだろう……いや……え? ちょっと待てよ……



 のんびりゆっくりの二人旅をしながらの修行だったよな?



 なんで上陸する前から嫌な予感がするんだ?



 頼むから、もうお腹いっぱいだから……余計なことはしばらく起きないでくれ!!

 


「なぁ……トレイナ……」


『なぁ……童よ……』



 いや、もういっそのこと……



『「行くのやめるか?」』



 冗談交じりで、半分マジで俺たちは苦笑しながらそう口にした。

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